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小説・月と星の間<完>
1.帰国


月と星の間 1.帰国 ➂

2014.11.03  *Edit 

 蕗子が勤めるαT設計事務所は非常に忙しかった。幾つかの個人の邸宅の設計を
請け負う一方で、公共施設のコンペに参加しているからだ。青山通りに面したビルの
二階に事務所を構えている。賃料の高いこの場所に事務所を構えられるのは、
所長である財前幸人にそれだけ力があるからだろう。
 応募するコンペティションは、神奈川のA市に新しく設立するコミュニティホールだ。
水と緑と過去から未来へと続く時間と空間をテーマにし、文化事業と行政窓口と
市民のコミュニティの場の総合施設となる。抽象的なテーマの元に要求される
施設の内容が多く、限られたスペースの中に埋め込むのが難しい。
 コンペティションの募集には色々あって、広く一般から受け付けるケースも最近は
増えているが、今回の場合は五つの会社が応募する。その締め切りが四月末日と
あって、残すところ一か月。ほぼ完成はしているが、細かい詰めとプレゼンテーションの
作成とで慌ただしい。今回のコンペは主に蕗子と所長が中心となってやってきていた。
コンペで採用されることになれば、三年後の落成に向け細かい設計や施工に
携わる事になるので、今よりも更に忙しくなる事は必然だろう。
「妹さん、帰国したんだよね。御主人、どんな人だった?」
 ひと段落ついて自分のデスクでコーヒーを飲んでいたら、隣に座っていた吉田が
椅子を寄せて来た。
「ん~、どんな人だったと聞かれてもね……。そうね。優しそうな人だったわよ」
「いい男だった?」
 何故かにやけている。
「まぁそうね。いい男って言えるかしらね」
 蕗子は整った顔立ちをした晴明の事を思い浮かべた。
「やっぱ、そうだよね。妹さん、美人だし」
 吉田の方に顔を向ける。
「そういうの、関係あるの?」
 美人にはイケメンがお似合いなのだと言う事なのか。
 蕗子に真剣な目で問われて、吉田の顔が焦る。
「あ、いや、分かんないけどさ。単純にそうなのかな?って思っただけって言うか」
 しどろもどろになっている。
「ほら。画家だって言ってたじゃん。蕗ちゃん、ちょっと心配してたからさ。
気になったって訳よ。『色男、金と力は無かりけり』って言うじゃんか」
「そうよね」
 蕗子は相槌を打った。
 蘇芳からの突然の電話で知らされた結婚。その時は、相手の事は簡単にしか
教えて来なかったから両親と共に心配した。だが実際に会ってみると、
大した心配でも無かったと皆が胸を撫で下ろした。勿論、蕗子も。
 だが、それとは違った種類の何かが蕗子の中にわだかまっている。
その正体が何なのかはわからない。ただ胸がざわつく。
「どうなの、その辺は。画家でしょ。画家ってヒモ的なのが多くない?」
「ヒモって、蘇芳は稼ぎが無いんだしヒモになりようもないじゃない」
 蕗子は苦笑した。それに、仮に稼ぎがあったとしてもヒモタイプではないと思う。
「身なりはきちんとしてたし、この四月から大学勤務だし、絵も売れてるんですってよ。
それに実家はそれなりに資産家みたいだし」
「へぇ、そうなんだ。じゃぁ、妹さん、いい男を掴んだって事だね。画家の妻って、
ちょっとカッコ良くないか?」
 へらへらと笑っている。吉田は普段からヒョウキンな男だが、これほどミーハーだとは
思わなかった。黙っていれば、この人もそれなりにいい男なのに。
「さて、仕事仕事」
 カップを洗いに立ち上がると、吉田が顔を近づけて来た。
「今夜、久しぶりに飲みに行かないか」
「あ、ごめん。今夜は所長と約束してて……」
「えー、またぁ?ガッカリだな」
 近くに来た事務兼アシスタントの前田波絵が慰めるような顔で口を挟んだ。
「吉田さん、潔く諦めないと。所長と張り合っちゃ駄目ですよ」
「波絵ちゃーん、そんな事言わないでよ。じゃぁ、代わりに相手してくれる?」
「あー無理です~。私も先約があるんですぅ~」
 容赦なく切り捨てられて、吉田は思いきり肩を落とした。その様子が情けなさ過ぎて
笑いを誘う。
「何か、飲みたい事情とか、あるの?」
 吉田のあまりの落ち込みように、思わず訊ねた。顧客や役所の役人相手に、
色々とストレスの溜まることが多い職場ではあるので、時々ガス抜きして
やらないとやっていけない。
「いや……、そういう訳じゃ無くて」
 チラッと波絵に視線を飛ばした。彼女がいるから言えないように受け取れた。
だが、その波絵は容赦なく口を挟む。
「吉田さんは、単に個人的に蕗子さんと二人で飲みに行きたいだけなんですよ」
 波絵の顔がにやけている。どうやら冷やかしているようだ。吉田は少し顔を
赤くすると言葉も無く自分のデスクに向かってCADを操作し始めた。
 蕗子は溜息をついた。波絵はふふふと笑って、蕗子のデスクに書類を置いて囁いた。
「どうなってるんですか?吉田さんと」
「どうもこうもないの。人の事より、自分の仕事しなさいね」
 笑顔を作って軽く波絵の腕をポンポンする。波絵は肩を少し竦めて、
「はい、わかりました」と去っていった。
 αT設計事務所は、二年前に設立されたばかりの事務所だ。大手建設会社に
勤めていた財前が、若くして役付きになったのを切っ掛けに独立した。彼自身、
ずっと第一線で仕事をしていたかったかららしい。それに多くの仕事で実績を上げ、
業界内ではそれなりに名を挙げていた。独立しても仕事を取れる自信もあった。
こういう未来も予想して、人脈作りにも抜かりがなかった。
 蕗子はその、財前のすぐ下で仕事をしていた。大学の建築学科で学び、
卒業後は財前のいる建設会社に就職。間もなく二級建築士の資格を取り、
めきめきと実力を付け、実務経験を積んでいよいよ一級建築士の試験を
受験すると言う段階になって、財前の退職を知った。
 ショックだった。財前はとても厳しい上司だったが、その仕事ぶりは楽しい
ものだった。彼の仕事を手伝う事で多くの事を学べた。まだまだ教わりたい。
一緒に仕事をしたい。
「私も連れて行って下さい」
 思わず出た言葉だった。だが財前はその要望を却下した。
「君は、まだここでやるべき事があるだろう」
 そう言われても納得できなかった。
「でも、吉田さんは連れて行くじゃありませんか」
 吉田剣は蕗子の二年先輩だった。彼も財前の元で一緒に仕事をしてきた仲間だった。
「彼は既に一級建築士の資格を持っている」
「私だって、もうすぐ取れます。必ず合格します」
 自信はあった。少しでも多くの仕事をする為に、また幅広い仕事をしたくて
猛勉強してきたのだ。一級建築士になれば、大きな建物も扱える。だが蕗子は女だ。
企業の中で、どれだけ仕事をさせてもらえるか分からない。これまでだって、
蕗子を使う事に会社側は難色を示す事が多々だった。それを説得して仕事を
させてくれたのは財前だった。
「君はまだ若い。ここにいた方が色んな経験ができると思う。その方が君の為だ」
「本当に、そう思っているんですか?」
 蕗子は上司を睨みつけた。
 頑張って一級建築士に合格しても、それに見合った仕事を財前がいなくなった
会社がさせてくれるとは思えなかった。財前が関わらない仕事の時には、
自分よりも明らかに劣ると思われる同僚や後輩の男子が抜擢される事の方が
圧倒的に多かったのだ。
 自分の年代で一級建築士になっている人間は少ない。だから大きな仕事は
年配者が担当する事が多い。みんな男性だ。女性で一級建築士の資格を取るのは、
この会社では蕗子が初めてでは無いが、過去の先輩達は皆、独立した。
会社での待遇が悪かったからだ。
 蕗子の睨みが効いたのか、財前は折れた。
「分かった。じゃぁ、合格したらうちで雇おう。だが落ちたら無しだ」
 そうして、無事に合格して、蕗子は財前の事務所に入ったのだった。
 設立してまだ二年。最初の一年は、とにかく受けれるだけの仕事を受けて、
足固めをする時期だった。目の回るような忙しさだった。二年目に入って、
少し余裕が生まれたが、頼まれる仕事は極力受けるスタンスだった。そして、
今回のコンペを勝ち取れば、事務所初の大仕事となる。
 一級建築士は、財前、吉田、蕗子の三人。二級建築士に原田涼と言う
蕗子より二歳下の男子が一人。そして事務兼アシスタントの前田波絵。
彼女は二級建築士の受験勉強中である。この五人所帯の事務所で多くの
仕事を切り盛りしていた。
 所長以外は皆若い。本来なら、この若さで担当できる仕事は高が知れているが、
次から次へと仕事が舞い込んでくるのは、所長の存在あってのことだ。それだけに、
所長御指名の仕事が圧倒的に多いのだが、財前はなるべく個々人の能力に
見合う仕事を依頼主に説得して回すのだった。一人で全てをこなすのは不可能だから、
当たり前と言えば当たり前の事だが、こういう人物はなかなかいないと蕗子は思う。
 財前と共に事務所を出たのは、夜の八時半を回ったところだった。財前は、
余程の事が無い限り、遅くとも八時までには皆の仕事を終えさせる。自身はもっと
遅くまで残っている事も多々あるが、所員には決して無理はさせない。
 皆が帰った後雑務整理をし、戸締り等をして、共に通りに出た。場所柄、
通りは賑やかだ。連れて行かれたのは表参道にある、フレンチレストランだった。

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