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小説・散 華
2.あまりてなどか 壱 1~


散 華  2.あまりてなどか 18

2012.01.28  *Edit 

 痩せて憔悴しきった姿に、誰もが絶句した。
 去年の一時帰宅した頃とは別人のように面変わりしている。
「ただいま戻りました……」
 裕也は深々と頭を下げた。
 そんな息子に父の政也は「良く戻って来てくれた」と言いながら、
その肩にそっと手を置いた。二人は万感の想いで見つめ合う。
そこには言葉にできないあらゆる感情が含まれていた。
 幸也は二人の様子を黙って見ていた。久しぶりに戻ってきた父の
酷い変わり様に驚き、抱きつきたかったのに何だかそうしては
いけないような思いが湧いて来て、自身の体を縛り付けていた。
「裕也君……」
 躊躇いがちに大殿が呼びかけた。
 裕也は虚ろな瞳で視線を映した。心配そうな大殿の顔が
その瞳に映った。
「留守中、家族がお世話になりました。ありがとうございます」
 裕也はそう言って頭を垂れた。口調は淡々としている。感情を
どこかへ置き忘れてきてしまったような印象を受けた。
 裕也は顔を上げると、懐から手紙を出した。
「若殿は、まだ東京を離れる事ができません。議会も紛糾してますし」
「そうか、そうか。すまないな、君にも何かと世話をかけて」
「とんでもありません。華陽院家を盛りたてるのが僕の仕事でも
ありますから」
 どことなく自嘲気味な印象を受けるのは錯覚だろうか……。
 寛は東京の屋敷を離れる訳にはいかないと、大御所への手紙に
書いてきていた。GHQが来てから、次々と占領政策が出され
議会は揺れている。これまでの日本の価値観を根底から覆すような
政策に、まるでついていけないのである。
 それと、屋敷の扱いに関して、進駐軍との間で色々あるらしい。
旧華族の大きな屋敷は進駐軍の将校たちが使用する為に接収されている。
華陽院の東京の屋敷はさほど大きくはないが、留守にするとなれば
接収され兼ねない。
「小父上……」
 裕也はハッとして声の方へと顔を向けた。
 そこには複雑な表情をした樹が赤子を抱いて立っていた。
「若ぎみ……」
 裕也の顔が歪んだ。その顔を見て幸也の胸は酷く痛んだ。
こんな顔の父を見たのは初めてだった。悲しみとも怒りとも言えない、
言葉では尽くせない深い感情を湛えていた。
 樹は神妙な面持ちで、そんな裕也に近づいた。
「澪です……」
「澪……?」
 問うような瞳で唇を震わせて、恐る恐ると言った態で裕也は
澪を見た。周囲はそんな二人を固唾を飲んで見つめていた。何も
言葉を掛けられない。何をどう話したら良いのか分からない。
 裕也は震える手を伸ばして、樹から澪を抱き取った。そして、
一筋の涙が頬を濡らした。暗く虚ろだった瞳が僅かながらに生気を
宿しているように見えるのは、涙に濡れたせいなのだろうか。

 裕也は文緒の部屋へ足を踏み入れた瞬間、まだ文緒が生きて
いるような印象を受けた。部屋の様子は何も変わってはなく、
生前のままだ。そこかしこに、文緒の魂が息づいているような
気がしてくる。
 まだひと月経っていないのだから、当然と言えば当然かもしれない。
四十九日までは旅立ってはいないのだ。
 ただ、ひとつだけ以前とは違う箇所があった。
 文机の上だ。文緒の写真が置いてあった。
 裕也は最初、広間に通された。そこに文緒の写真とまだ白木の
内位牌、そして骨箱が置かれ、線香が焚かれていた。文緒は藤村の
人間だから、本来なら藤村家に置かれていて良い筈だが、現在
藤村家には誰もいない。大殿の計らいで、広間の一角に小さな
祭壇が作られたのだった。
 広間へ入った途端、充満した線香の匂いに胸がドキリと大きく
動いた。目の前の光景が信じられない思いだ。遺影の文緒は
微笑んでいる。幸也が小学校へ入学する時に家族で記念に撮った
写真だと、すぐに分かった。
 裕也は合掌して瞑目した後、そそくさと広間を後にしたのだった。
煙が目に沁みて痛く、またいつまでもそこにいるのが耐えられなかった。
現実を受け入れ難いのだ。
 そして、文緒の部屋へ行った。
 文机にある写真は遺影とは違った。息子の入学を祝う晴れ晴れとした
清々しい笑顔ではなく、深い慈愛に満ちたような微笑みを浮かべている。
裕也には見覚えのない写真だった。着ている物を見ても、
ここ数年のうちに撮ったものと思われる。自分が留守中に
撮影したものなのだろうか。
「文緒……」
 裕也は写真を手に取った。そして、その美しい妻の顔を見て胸に
強い痛みを覚えた。内腑を絞られているような痛みだ。
やり切れない思いが充満する。
 最後に逢った時、妻は自分の胸の中で打ち震えていた。
久しぶりに逢えた妻と身体を重ね、必ず生きて妻の元へ戻って
来ると誓った。それなのに、妻は死んでしまった。しかもそれは、
戦火の為では無く出産でだ。自分の子を産んで死んだのだ。
(あの時に抱かなければ……)
 後悔の念が湧いてくる。
 愛しい妻と別れて暫くしてから、妻の妊娠を知った。
 ずっと欲しかった二人目の子供。
 華陽院の家から戻る度に抱いていたのに、ずっと妊娠する事は
無かった。それなのに、今頃妊娠するとは皮肉なものだ。
この厳しいご時世の時に。
 やっとできた二人目だから嬉しい気持ちはあるものの、同時に
不安でもあった。何と言っても物資が不足している。男手も無く、
医者や産婆も不足している。
 そんな中で、子供達が頑張ってくれていた。父や幸也、そして
文緒本人からの手紙を見て、とにかく無事に出産してくれと
祈るしかなかった。
 戦争も終結し、じきに家へ戻って出産に立ち合えると思って
いたのに、戦後の残務処理に追われ、その身は解放されなかった。
軍の重要機密とも言える軍費を扱っていたからだ。
 陸軍の経理は基本的に陸軍経理学校を卒業した者が主計となる
仕組みになっているが、徴兵に伴い、帝大出で優秀だった裕也と
文緒の兄の文博は陸軍経理部へ配属された。
 国家の金は大蔵省が管理しているが、軍の金は経理部で管理
運営されている。そして、無いと言われていたにも関わらず、
実は巨額な裏金が存在していたのだった。



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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

裕也は自分の留守中に妻が亡くなり、尚且つ葬儀にも
出席できなかった事で、酷く胸を痛めています。
本人のせいでは無いのですが、夫婦として共に過ごした
時間が少なかった事もあり、想いは複雑なんでしょう。

これからは国の復興と共に人間復興の時代になりますね。
でも人間そのものは復興できたのか?現在の日本の姿を
見ていると、色々考えさせられてしまいます。

NoTitle 

裕也の胸中は、複雑ですね。
澪を、どんな気持ちで抱いたのでしょう。
まったく、裕也に責任はないのに、苦しいですね。

さらに、国家に使われる身としての苦悩が、その身を憔悴させているのでしょうか。
とにかく、時代(国)に翻弄されて、・・・彼らに安息の日々が来るのは、まだ遠いんでしょうね・・・。
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