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小説・散 華
2.あまりてなどか 壱 1~


散 華  2.あまりてなどか 17

2012.01.22  *Edit 

「あの時は、悪かったよ。だけどあの時は、君がここまで出来るとは
思ってなかったし、君に気を使う余裕も無かったんだ」
 樹はフッと笑って「わかってる」と言った。
「僕の方こそ、済まない。今更あの時の事を持ちだしても、
君が困るだけなのに。あの時の君の判断は正しかったと思うよ。
実際、山越えは出来はしたけど、それは大変だったからね」
 大変なのは分かっている。学校へ通う時も工場へ通う時も、
樹の視線はいつだって足許にあった。僅かな路面の変化も
見逃せない。そんな状態なのに、夜の山を歩いてきたのだ。
 樹の足は筋肉質だった。色白で華奢な印象だが、以前見た
上半身よりも、足は更に逞しい。綺麗に真っすぐに伸びた足は
一見ほっそりしているように見えるが、よく見ると引締っていて
筋肉の塊のようだ。
 幼少の時からの訓練の賜物だろう。幸也よりも遥かに鍛え
抜かれている。それなのに、常人と同じように機能しないのだ。
「ごめん……」
 幸也は呟くように言った。熱いものが込み上げてくるのを感じる。
「なんだよ、ごめんって……」
 怪訝そうに樹は問うた。
「僕は……、部屋に閉じこもったままの君を責めてた。
自分ばかりが澪の為に働いてるって思ったんだ。しまいには、
澪の存在を疎ましく思うようになってきて……。君が
いなくなった時、逃げたんだって思ったよ。ずるいってね。
君の思いも知らずに……。分かろうともせずに……」
 目の前にある足の痛々しさに、幸也は胸が痛くなった。
来し方の樹の苦労が目に浮かんでくるからだ。そして、
その傍に必ずあった母の姿。
「ユキ……、頼むからそんなに気落ちしないでくれないか。
君の思いは当然の事さ。僕は実際、澪の事を放ったまま、
自室に閉じこもって誰とも会おうとしなかったんだからね。
哀しい思いをしているのは僕だけではないのに。母を亡くした
君の方こそ辛かっただろうって思うのに、自分の事しか考えて
無かったんだ。だから、謝らなきゃならないのは僕の方だ」
「若……」
 樹の言葉に顔を上げると、樹は優しい瞳で幸也を迎えた。
これまで見た事も無いような、暖かい色をしていた。そして、
その奥に深い水底のような悲しみが横たわっている。
 その瞳を見て、幸也は堪えていた物の全てが溢れてくるように
涙が出てくるのを止められなくなった。
そして、樹に抱きついたのだった。
「若ぁ……」
 しなやかな樹の肩を抱きしめて、幸也は号泣した。
 母が死んでから、幸也はずっと泣いてばかりいた。だがそれは
悔し泣きだった。遺された者のやり場のない心が悔しくて
たまらなかった。だが今は違う。大きなものを失って、
寄るべない思いを抱えて、幼子への責任からへこたれる事も
許されず、泣くに泣けなかった大きな悲しみが、ただただ母を
失ったと言う純粋な悲しみだけが、溢れてきているのだった。
 そして樹も、抱きついてきた幸也を強く抱きしめながら、
同じように泣いていたのだった。

 年が明けた昭和二十一年元旦。
 新聞各紙に天皇陛下の年頭詔書が掲載された。年頭詔書自体は
毎年恒例の事であるが、その内容に日本中に激震が走った。
『年頭、国運振興の詔書渙発(かんぱつ)。天皇、
現御神(あきつみかみ)にあらず。君民信頼と敬愛に結ぶ』
 朝日新聞の見出しを見て、幸也は絶句した。
(現御神にあらず?どういう事?)
 急いで本文に目を走らす。

『茲(ここ)ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初(はじめ)
国是トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ』

 詔勅は明治天皇が即位の時に出された五箇条の御誓文から
始まっていた。だがその記事の半ば辺りに記された内容に目を見張る。

『朕ト爾等(なんじら)国民トノ間ノ紐帯(ちゅうたい)ハ、
終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ
依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且(かつ)
日本国民ヲ以テ他の民族ニ優越セル民族ニシテ、延(ひい)テ
世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ』

 天皇陛下は、この詔書の中で、自身は神話伝説から生じた
ものではなく、現御神とする事は架空なる観念に基づくものである、
と宣言されているのだった。そして、天皇の名において「聖戦」と
呼ばれていた戦争を否定する意味合いも含まれていた。
 確かにあの戦争は間違っていたと思う。最初から勝ち目なんて
無かったのだ。だが、統帥権を持った天皇自身からこんな言葉を
聞かされるとは思ってもみなかった。国の為に散って逝った
多くの命の事を思うと、やり切れない思いが湧いてくるのを
否めなかった。
 何故今更、こんな内容の詔書を出すのか?
 天皇陛下を現御神とする教育を施されてはきていたが、一部の
右翼や国粋主義者以外は、天皇を神だと信じてなどいなかった。
だが、二千年以上続く皇統は神聖なものだとは思っていたし、
国家元首として敬うに値するとも思っていた。
 この新聞の記事に、大殿や祖父の政也は怒りに打ち震えた。
「何故、こんな詔書を新聞に掲載するっ!そもそも、こんな事を
本当に陛下自身が述べられたのか?信じがたい事だ。
侍従達は何をしてるのか!」
 そんな騒ぎの中、何の前触れも無く、藤村裕也が突然帰宅した。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

二人にとってかけがえのない人を失った。本当の母子兄弟でないにしろ、
共に育ってきた間柄でもあり、唯一悲しみを共有できる二人でもあるんでしょう。
それぞれがそれぞれの想いを抱えて苦しんでいたわけですが、
ここへきて、やっと想いを共有する事ができ、その事で
互いの辛さも緩和されればいいですよね。

さて。
遅々とした歩みですが、この辺りから少し速足で
時間が進んで行く事になると思います。
世情の動きも激動ですが、まだ子供の二人にとっては、
そんなに大きな影響は与えないかと。。。
お楽しみに(^^)

NoTitle 

ここにきて、すこしすれ違い気味だった2人の気持ちが、
またひとつになった感じがしますね。

幸也にとっては、やっぱり樹はかけがえのない、兄弟以上の友なんですよね。
樹も、強がってはいても、きっとそうなんでしょう。

そして、時代も動こうとしてますね。
終戦の世のうねりが、彼らにどう影響するんでしょうか。
物語は、まだまだこれから・・・なのですね?
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