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小説・散 華
2.あまりてなどか 壱 1~


散 華  2.あまりてなどか 16

2012.01.16  *Edit 

 リチャードの姿が見えなくなると、樹は手をスカートに
こすり付けた。接吻された手だ。気色が悪くてしかたがない。
浮気はしないとは言っても、映画などで見る限り、手の甲に
接吻したり頬に接吻したりするのは親愛の証しとして日常的に
行っているようだ。
 まさか、帰る時には頬に接吻されるのではないか?
 ふと浮かんだ考えに、急に寒くなって震えた。
 改めて部屋の中を見まわし、赤々と燃えている暖炉の傍へ行った。
ぱちぱちと薪がはぜる音がする。
 葉山は森林地帯でもあるから薪にはそれ程不自由は無いが、
戦時中、燃料不足で薪を利用して車が動いていた事を思うと、
落ちぶれた国家が勝てる訳がないのだと、改めて思う。
 進駐軍の様子を見るにつけ、その物量の圧倒的な差を
思い知らされる。子供の自分でさえ勝ち目のない戦争と分かるのに、
大人たちは何故?と思うばかりだ。
寒いのかい?」
 ふいに声をかけられて、ビクリとした。日常的に使用している
言語ではない。気を抜くと、何を言っているのかすぐには
頭に入って来ない。
 樹は黙ったまま笑みを作って首を振った。
今、こんな物しかないんだが……」
 リチャードは持ってきたカゴを置いた。その中を覗いてみると、
小麦粉、バター、チーズ、ハム、そしてチョコレートが入っていた。
「日本人は米を食べるんだったね。生憎それはうちには無いんだ。
あと残念な事に、砂糖を切らしてた。申し訳無い」
 そう言って頭を下げるリチャードに、樹は胸を打たれた。
 どの品も、日本で売っていた物よりもサイズが大きい。
そして保存もきく。野菜中心でたんぱく質が不足している
食生活の中で、これ程ありがたい物はない。
これでもまだ、友禅の価値には足りないと思う。それでも、
何とかあるだけかき集めて来た。少しは君の力になりたいと
思ってね

「リチャード……」
 樹は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。人から
これ程の善意を示されたのは初めての事だった。商売であるなら、
もっと要求しただろう。だが、人の善意の行為には金銭に
変え難い価値がある。そもそも、闇市などの取引であったなら、
樹は最初から反物を二つ出しはしなかった。自分自身でも
不思議だが、きっと彼の善良さを最初から汲み取っていたのかも
しれない。
ありがとうございます
 樹は深々と頭を下げた。新年の挨拶を父親にする時以外で
深々とお辞儀をしたのは生まれて初めての事だった。
礼には及ばないよ。これは取引だ。そうだろう?」
 リチャードの言葉が胸に沁みる。思いやりのある男だ。
 樹は静かに微笑むと、「あなたの真心を忘れません」と言った。
その言葉にリチャードは嬉しそうに笑った。とてもチャーミングな
笑顔だった。

「それから僕は急いで家へ戻ってきたってわけさ」
「だけど……」
 幸也は疑問に思った。何故なら戻ってきた樹はワンピース
一枚の姿で、しかもスカートの裾はボロボロだったし、足許は
汚れた素足だったからだ。季節は冬だ。一体どうして、
そんな姿だったのか。
「コートは着てたんだよ。けれど、途中で野犬に襲われてね」
「野犬に?」
 樹は苦虫を潰したような顔をしている。
 そう言えば彼は、山から下りて来た。
「トンネルを通らなかったの?」
 横須賀と葉山を結ぶトンネルの事だ。
「あそこの方が危険じゃないか。あそこは進駐軍のジープが
頻繁に通ってる。途中で見とがめられて、それこそ襲われ兼ねない」
 樹は、家まで送ると言ったリチャードの申し出を断った。
家を知られたくない。それに、近くまで送って貰うにしても、
誰に見られるとも分からない。用心に越した事は無いのだった。
「それで、山を越えて来たの?」
 黙って頷く樹に、幸也は大きな溜息を吐いた。
「無茶な事をする……」
 樹の足の事を思うと、どれだけ大変だった事だろう。しかも、
途中で野犬に襲われただなんて。背中の背嚢も重かった。
 幸也は黙って立ち上がると、驚いて自分を見上げている樹に
一瞥をくれて部屋を出た。
「おい、ユキっ、どうしたの?」
 背後からの声を無視し、黙って別室へ行くと急いで救急箱を
持って部屋に戻った。何がなんだから分からないと言った顔を
している樹に微笑むと、樹の足許に座って布団をめくった。
「何するんだよ!」
 樹は突然の出来事に慌てた。
「ごめん。気付かなくて。突然の事で僕も動転してた。山を
越えて来た君の足は、傷ついてるよね」
 幸也は樹の寝巻の裾をそっと開いた。現れた真っ白い足の
あちこちに、擦り傷と打撲の痕があり、痛々しい。
「ユキ……」
「少しの間、じっとしてて。今薬を塗るから」
 幸也は救急箱のふたを開けて、消毒の用意をしながら樹の足を
見渡した。どうやら犬に噛まれた形跡は無く、まずは安心した。
 それにしても傷の痕が多い。どれも小さなモノで大きな怪我を
していないのは何よりだったが、普通の人間でも重たい荷物を
背負っての山越えは楽なものではない。
「……つっ!」
 幸也が消毒薬を当てると、樹が僅かに声を上げて顔を歪めた。
「こんなに傷だらけじゃ、風呂も沁みたんじゃないの?」
「まぁ、少しはね。それより、疲れの方が大きくて、傷の方は
あまり気にならなかったよ」
 確かに相当疲れた事だろう。
「だけどユキ……。こんな僕でも、山越え、できたぜ。
……東京大空襲の時にふぅを追おうとした僕を、君は足手
まといだって言ったけど、それは違っただろう?」
 樹の言葉に驚いて幸也が顔を上げると、樹は挑戦的な目を
していた。あの時の幸也の言葉に、予想以上に傷ついていたのか。


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