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小説・散 華
2.あまりてなどか 壱 1~


散 華  2.あまりてなどか 03

2011.10.13  *Edit 

 樹が失踪した。家出か。
 樹の姿が見えなくなった晩、幸也は樹の部屋の箪笥や机、
押し入れなどを探索した。普段、そのような場所を見た事は
無いから正確には分からないが、きちんと整理整頓された
それら収納場所は全く乱れがなく、また物が持ち出された
形跡も感じられなかった。
 家出であるならば、多少なりとも身の回りの物を持ち
出している筈だから、そうではないと言う事になるのか。
だがその晩、樹は帰って来なかった。
 まさか、神隠しに遭ったわけではあるまい。身ひとつで
失踪したのか。
 翌日の晩も、戻っては来なかった。
 幸也は、矢張り樹は逃げたんだ、との思いを強くした。
何もかもが嫌になって、ふらっと出て行ってしまったのかも
しれない。
「幸也ぼっちゃま……。まさか、若君は……自ら命を……」
 ミネの言葉に、幸也は目を剥いた。
「何を馬鹿な事を」
 言下に否定したが、果たして否定しきれるのか。
不安が襲ってきた。
 そうだ。何故、それを考えられなかったのだろう。
何も持たずに姿を消したと言う事は、その可能性を
示唆していると言えるじゃないか。
 樹はこの家では孤独だった。
 実の父親からは存在を否定され、祖父母でさえ、
どこか距離があった。そんな中で唯一の寄るべが
文緒だったのだ。乳を飲まない樹に乳を与え、慈しんで
育てて来た彼女の存在が、樹にとってどれだけ大きかったか。
生きるよすがを失くし、絶望の淵に立たされて、
彼女の後を追おうとしているのかもしれない。
 幸也の顔は強張った。ミネの方へ目をやると、
蒼ざめた顔の瞳は、恐怖に彩られていた。
 二人は同時に立ち上がり、屋敷内を再び探しまわり、
次には広い庭園内もくまなく探した。だが、樹の姿は
見当たらない。そんな二人の様子を訝しく思った
幸也の祖父政也が声を掛けて来た。
「一体、何事か」
 政也は藤村家の使用人が出征や疎開で全ていなく
なってから、ずっと華陽院家に身を寄せていた。
「もしかしたら、若が……」
 幸也の言葉に、政也は血相を変えた。
「大殿や叔母様には、どう伝えたらいいのかな」
 幸也が問うと、政也は首を横に振った。
「お二人には、確かな事が分かるまでは、何も伝えない
方が良いじゃろう」
 政也はミネの懐から澪を預かると、幸也には山を、
そしてミネには海の方を探すように指示し、自分は屋敷
周辺を探索した。だが矢張り、樹の姿はどこにも無かった。
 誰にも見つからない場所で、自らの命を断ったのか……。
 焦燥が募る。
 そして、怒りが湧いてくる。
 樹の境遇には深く同情する。だが、ここで命を断つなんて
許せない。自分だけ逃げるなんて狡い。
 一通り探しても見つからず、幸也は一端屋敷へ戻った。
「若は……ずるいよ……」
 幸也は拳を握りしめ、祖父を前にして思わずそう呟いた。
目尻が僅かに滲む。
「ずるいとは、どういう事だ」
 政也が訝しげに言った。その腕の中で、珍しく澪が
静かな寝息を立てていた。泣き疲れたのだろうか。
「若の気持ちは……、痛い程わかるよ。でも……
後追いなんて、許せない」
 幸也の胸は錐で揉まれるように痛んだ。
「儂は、若君は生きてらっしゃると思う」
 静かだが、確信に満ちたような言い様に幸也は顔を
上げて祖父を見た。厳しい顔つきではあったが、深い
鳶色の瞳には悲哀の色が浮かんでいた。
「若君は、赤子の時に死ぬかもしれない状況だった。
だが生かされた。文緒によってな。謂わば、若君の命は
文緒から貰ったものだ。その事は、若君自身が一番よく
分かっていると思う。幾ら心から敬愛する文緒が
亡くなったとは言っても、彼女の後を追う事は、
折角もらった命を捨てる事だ。そんな事をして文緒が
喜ぶわけがない。文緒を深く思えば、そんな事は
できやしない」
 祖父の言葉は尤もだ。だが、そんな風に思える程の
冷静さを失っていたらどうなのか。以前読んだ本には、
自殺の誘惑は突発的に起こるように書いてあった。
「おじいさまの言う事は分かるよ。でもそれは、普通の
考えじゃないのかな。そんな道理も通らない程、
思い詰めてたらどうなの?」
 深刻な顔をして訴える孫に、祖父は柔らかな笑みを
浮かべた。
「お前は……、若君に近すぎて逆によく見えないのかも
しれないな」
 そう言われて、幸也は言葉に詰まった。
「若君は、お前が思う以上に脆く、そして強いお方だ。
逆境の中にあってここまで育たれたのは、文緒の力も
あるが、若君自身の心根の在り方も大きいんだよ。
……文緒との絆は、多分他人が計りしれない程、太く
強いものだと思う。だからこそ、今度の事は若君の心を
深くえぐる程の傷だろうし、それだけの傷を負っても、
文緒からもらった命を粗末にする事は絶対にないんだよ」
 政也はそう言って、澄み渡る冬の青空へ視線をやった。
自殺は絶対に無いと否定しながらも、今にも泣きそうな
深い悲しみに覆われていた。


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