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小説・散 華
    〃     参 61~66


散 華  1.夢の通い路 66

2011.08.31  *Edit 

 澪の口からそこまで語られた時、空は既に白み始めていた。
「ちょうど……、このくらいの時間だったんじゃないかしら。
お母様が亡くなられたのは……」
 窓の外へ目をやった澪は、まだ暗さの方が増す空をじっと見た。
相模湾の上空には、落ちかけた秋の星座が弱々しく瞬いていた。
それは、静かな冬へと移行してゆく、季節の狭間のゆらぎを
感じさせた。
 長い物語だった。
 時計の針が真夜中を回ろうとした頃、澪は一端話しを中断した。
樹の父親が再婚し、弟の茂が生まれた所だった。
「ごめんなさい。こんな時間になってしまったわね。航平さん、
帰らなくて大丈夫なの?なんなら続きは日を改めるけれど……」
 澪の言葉に航平は頭(かぶり)を振った。
「僕はしがない、一人暮らしのフリーライターさ。
家に帰らなきゃならない理由なんて無いんだ」
 航平の言葉に、澪は僅かに目を見開いた。
「……ご結婚は?」
 その言葉は航平の心を傷つけた。例えようのないモノで
胸の中を引っかかれて、鈍い痛みでムズムズするような
苛立ちを覚えた。
「しているわけがない」
 そう憮然とした態度で言った。
 澪が失踪してから、澪を探す為に職を捨てた。そんな人間が
結婚なんてしている訳がないじゃないか。兄の幸也から
聞いているんじゃなかったのか。
「ごめんなさい……」
 澪は俯いた。白い頬の上に、長い睫毛が濃い影を落としている。
憮然とした航平の態度に、叱られて困っている少女のように
萎れた様子がいじらしく、また愛しく感じた。
 時間が大きく遡ったような感覚が押し寄せる。
 彼女が失踪する前も、こうして二人で向きあって話している時に、
直情な傾向にある航平の言動に、澪は時々同じように萎れていた。
そして、今の自分と同じように、当時の自分もそんな澪を
愛しく思ったものだった。
「あなたは、全てを話すって言ってくれたけど、樹さんの
誕生から始まるとは思って無かった……」
 航平は、湧いてきたノスタルジックな感情を遮断するように、
最初に思った疑問を口にした。『本当の事を知られるのが一番辛い』
と彼女は言った。その、失踪した本当の理由とは一体何なのか。
それを話す為に、何故、樹の誕生まで時が遡るのか。
 澪は伏せていた瞳を見開いた。濡れた黒曜石の瞳が、
少しだけ困惑気な色を含んでいた。
「ごめんなさいね。……一言で済むなら、その方が楽で
いいのだけれど……。ううん……。本当は一言で済む事なの。
でも……、25年もの間、私を探し続けてくれた貴方だからこそ、
全てを知った上で判断して欲しいって思ったのよ。
そしてその為には、あの人の誕生から話すべきだと思ったの。
あの人の生い立ち……。そして、私との出会い……」
 澪は寂しげな笑みを浮かべた。
 この笑みを、航平はかつて何度か目にしてきた。
大輪の薔薇のように輝いている彼女が、時々見せる寂しげな笑み。
美しい容姿に明晰な頭脳。戦後のキャリアウーマンの代表の
ように社会で活躍しながらも、決して出しゃばらず、
控えめな様子は全女性の憧れの的でもあった。
 何不自由なく、自身の人生を存分に謳歌しているような女性が
見せる憂いを帯びた笑みを、航平はずっと疑問に思ってきた。
そして、その笑みの陰に華陽院樹の存在があると感じるように
なってから、航平の取材は加熱した。
 そして、その取材によってわかった事は、樹が澪の人生を
支配していると言う事だけだった。
 幼くして母を亡くした樹が、同じように幼くして母を亡くした
澪を必死に育てた。澪にとって、樹は親同然だ。そして
長じてからは愛し合うようになり、澪と樹は精神の深いところで
強く繋がっている。それなのに樹は、別の女性と結婚した。
 裏切られて傷ついたのだろうか。寂しげな笑みは、それが理由か。
そう思ったが、澪を知るにつけ、それだけではない何かが
あるような気がしてきた。だが結局、それ以上の事は分からなかった。
 それに、当時やっきになって華陽院樹や澪の事を調べたのにも
関わらず、樹が幼少の頃、障害を抱えていたと言う事すら
掴めなかった。体が弱かった、そう伝え聞いていただけだった。
だから、澪の口から樹の話しを聞いて、航平は酷く驚いたのだった。
「わかった。あなたさえ良ければ、話しを続けてくれないか?」
 航平は、彼女が語ろうとしている事が何なのかは分からないが、
とにかく全てを聞こうと改めて思った。
 そうして暫し休憩を取った後、澪は再び語り始め、
終わるころには夜が白みかけて来ていたのだった。
「あなたが生まれた翌日に、お母さんは亡くなったんだね」
 航平の言葉に、空を見ていた澪が視線を航平へと戻した。
「そうなの。私の誕生日の翌日がお母様の命日。複雑な気分だわ。
同じ日で無かったって事だけが救いかしら」
「ひとつ、訊いてもいいかな」
「なぁに?」
「あなたの産まれる前の事なのに、随分と詳しいんだね。
僕は散々、樹さんの事を調べたけれど、彼に障害があったなんて
分からなかった」
「樹さんが生まれてから母が亡くなるまでの話しは、樹さん自身や
お兄様、お父様やおじい様、その他の関係した人達から聞いた
話しを総合したの。だから、私の話した事だけが全てではないと
思うわ。でも、樹さんにとってのお母様の存在は特別だった。
樹さんの人生も、そして私の人生も、全てお母様の存在に
支配されてきたと言っても過言では無いかもしれない」
 そこで澪は再び寂しげな笑みを浮かべた。
「あなたのお母さんは、素晴らしい女性だったんだね」
 濡れた黒曜石の瞳は、母譲りなのか。それだけではない。
話しを聞いていると、まるで澪の分身のようだ。才色兼備で
強くて優しくて、そして謙虚で。
「そうね。素晴らし過ぎたのかもしれない。出来過ぎた
親を持つと、子供は苦労するでしょ?」
 澪は可笑しそうに笑った。
「航平さん……。話しは、これからよ?これからが本題と
言ってもいいかもしれない」
「あなたが生まれたね」
「ええ。私が生まれた。みんな喜んでくれていたのに、
一気に深い悲しみへと落とされて……。もう、夜明けに近いわ。
私も疲れたし、一端、休まない?」
 澪の言葉に、航平の中で不安な気持ちが浮かんだ。
「ここまでの話しの長さを考えると、この先はもっと
時間がかかりそうだね」
「ええ。そうね。どうなさる?」
「あなたと、幸也さんのお孫さんさえ良ければ、ここに
滞在させて欲しい」
 今ここで澪と離れたら、それきりになってしまいそうで
嫌だった。きっと彼女は、最後まで話しきるまでは
去らないだろうとは思う。それでも、離れるのは怖かった。
 そんな航平の不安を吹き飛ばすような笑みを澪は浮かべて、
「わかったわ」と答えた。
「ここは、あなたの気が済むまで居て構わないわ。種明かしを
すると、ここはお兄様が私に残してくれた物なの。一応、
経営者なのよ。ただ、隠棲している身だし、私には子供も
いないから、死後はあの娘に相続させようと思って、
普段からここを任せてるの」
 航平は目を剥いた。なんだかいきなり頭を殴られたような
気がした。そんな航平を見て澪は可笑しそうにクスクスと笑った。
「とりあえず、シャワーでも浴びてひと眠りして、それから
ブランチにしましょうよ。話しの続きは、その後で」
 澪はそう言いながら、固まった体をほぐすように伸びをした。
航平はその様子にやっと安堵して、大きな欠伸をひとつしたのだった。



                (1.夢の通い路  了)

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~ Comment ~

Re: NoTitle>秋沙様 

秋沙さん♪

お久しぶりですね。
難しい時代なので、書くのには苦労しました。
本編ではないので、あまり背景を書きこみ過ぎるのもなぁ……、
と、悩みながら書いてました。
色々書き過ぎて予定より長くなってしまって。。。(^_^;)

樹ったら「愛してる」ってはっきり言ってましたものねぇ。
どうなんでしょうねぇ。
まぁ、その辺の想いに関しては、近日中に分かるかと思います。
多感な時期に大事な人を失くした少年二人。
そして、まだ赤ちゃんの澪。
どうなっていくのでしょうか。

続き、楽しみにしてもらえて嬉しいです。
頑張って書きますね。

NoTitle 

narinariさんご無沙汰してしまって本当にごめんなさい。

散華、あらためてゆっくりコツコツ読んで行こう・・・と思いながらも31話くらいからここまで一気に読んでしまいました・・・!
いや~~~、すごいです!
お話の面白さはもちろんですが、太平洋戦争についての細かな記述、narinariさんの知識の深さに感動してしまいました。
葉山から見た東京大空襲・・・恐ろしい眺めだったのだろうなぁ・・・と胸が潰れそうな気持ちになりました。
そうかぁ、希望が丘高校は一中だったのかぁ。
あ、ちなみに私の出身校は「第二高女」だったみたいです(^^)

第一章、長かったですね・・・
それでもぐいぐい引きこまれてしまいました。
あぁ・・・それでもまだ謎は謎のままで・・・
でも、もしかして、もしかすると・・・樹は本当に乳母であるふうの事を愛してしまったの・・・・?いやいやいや、まだそんなことを予測してはダメですね。
まずはお疲れ様でした。

続きも楽しみにしています。

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

長い第一章でした。もう少しスッキリまとめたかったのですが、
樹と言う人物を描くのは大変でした。
澪の語りではありますが、語りとしての文体は取らずに進めました。
それぞれの思いが複雑に絡んでくるからなのですが、
敢えて描いて無い部分も多いのです。
この過去には謎が含まれています。
それらは、追々明かされて行く予定です。

暫く時間を置いてから、第二章を開始したいと思います。
まだ煮詰まって無くて全然書いてないってのもあるのですが(^_^;)

NoTitle 

ここまでは澪の語りだったわけですね。
最初と今とでは、樹の印象が全く違います。
最初は見知らぬ老人の死でしかなかったのに。

ここからまだ、長い話が続くんですね。
どんな展開になるのか。
澪と樹の間には、やはり愛が・・。そして幸也は? 楽しみだなあ。

第一章、お疲れ様でした^^
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