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小説・散 華
    〃     参 61~66


散 華  1.夢の通い路 65

2011.08.28  *Edit 

 文緒は樹と二人きりにして欲しいと訴えた。その言葉に
他の人間は隣室へと移動した。
 自分の命が儚い事を文緒は自覚していた。気を抜くと意識が
朦朧としてくる。出産後の出血が突然大量になった時、
自分は駄目かもしれないと思った。
幸也を出産した時は産後の出血も少量で、多少の疲れは
あったものの元気だった。だが今回は、出産後も腰が重く
腹部に違和感があった。あらゆる物資も人も不足した中での
お産だけに、無事に済まないかもしれないとの予感はあった。
「ふぅ……」
 涙声だ。
 元々白い顔が、血の気を失って更に白くなっている。
その中にある、印象的な双眸から涙がこぼれていた。
 敬愛するはとこの晴香によく似ながらも、きりりとした
男らしさが加わっている。この子をおいて逝くことだけが
何より辛い文緒だった。夫も息子も、自分の死を嘆き悲しむに
違いない。だが二人の傷はきっと時間と共に癒えるだろう。
けれども樹は……。
「ふぅ……。僕をおいて逝かないで。僕は、ふぅがいなかったら
生きていけないんだよ」
「わかぎみ……。ごめんなさい……。ふぅも……逝きたくは、
ないのです……。けれども、もう……。わたくしが、
いなくなっても……、あなたは……、生きて……」
 樹は何も受け付けないと言わんばかりに、思いきり首を横に振った。
「いやだ。ふぅがいなくて、僕が生きていけるわけが
ないじゃないか。僕は、ふぅがいたからここまで生きて来れたんだよ。
ふぅがいなくなったら、僕は……、天涯孤独だよ。
僕の心は、死んじゃうよ」
 樹の言葉が胸を刺す。
「愛してるんだよっ。僕の全てをかけて。だから、ずっと傍にいて。
これからは僕がふぅを守る。だから、逝くな!」
 逝きたくない。
 逝きたくはない。
 文緒は強くそう思う。
 初めてこの子を見た時、なんて可愛い赤ちゃんなんだろうと思った。
そして必死に自分の乳を吸って来る子供に愛情が湧いた。
育ちが悪く、周囲にも心を開かない中で、自分にだけ
心を許して来る幼子。
 色素の薄い、透明感のある宝石のようなその瞳は、いつも
文緒を信頼し、求めていた。その想いに文緒も応えて来た。
どんなに過酷な訓練の中でも、恨みや批難の色を浮かべた事は
微塵もなく、文緒の求める事なら何でも応えようとする姿に、
文緒は魂を吸い取られてきたように思う。
 だから。
 樹を置いて逝きたくない。
 これから先も、ずっと樹の成長を励まし、見続けていきたい。
「たてるさん……。わたくしも……愛して……ます、
……あなたを、愛してる……」
 堪えていた涙が目じりからこぼれ落ちた。
「ふぅ!」
 文緒の言葉に、樹の頬が僅かに桃色に染まった。
「きっと……初めて逢った……時から……愛してた……、
だから、逝きたくは……ないのです……。でも、
もう……お別れ、です……」
「ふぅ!嫌だよっ、嫌だ。逝っちゃ、嫌だ」
 遠のきそうになる意識を呼び戻そうと、文緒は力を込めて首を振った。
「たてる、さん……。澪を……、お願い……。あの子はきっと……、
あなたの、道しるべとなる、はず……。わたくし、は……、
死んでもずっと、……あなたの……そばに……います……。
あなたを……見守ってる……」
 文緒は布団から手を出した。その手を樹はすかさず握った。
(大きな手……)
 ずっと握って来た小さかった手は、いつのまにか文緒よりも
大きくなっていた。既に背丈も文緒を追い越している。
「ふぅ……、ごめんよ。今まで沢山、迷惑をかけてきた。
そして……貴女を……困らせて、深く傷つけてしまった……。
だから、僕を憎んでも構わない。その方が逆に、生きる力に
なるかもしれない。だから……、だから、お願いだから……」
 樹の手に力がこもった。ギュッと文緒の手を握りしめて来る。
その力強さを感じて、文緒は自分がまだ生きている事を自覚した。
 自分を憎んでもいいから生きて欲しい。そこまでの想いが
胸に沁みながらも、最早自分の力や意志ではどうにもできない。
そう言われる程に、悲しみが積もる。
 息が苦しい。息をする事すら苦痛になってきた。意識が
闇の底へと引きずられて行きそうだ。
 必死に縋りつき、止めども無く涙をこぼしている樹が哀れだった。
そして、そんな樹を愛し、生に執着しながら死んでいかなければ
ならない自分も哀れだった。
 そして、澪……。
「た、……たてる……さ、ん……。みお……を、……おねがい……。
あの子を……、しあわせ、に……、あの、こは……、あなたの……」
 いきなり全身から闇に吸い込まれるように力が抜けた。
 意識がどんどん遠のいてゆく。
 幼かった頃からの様々な場面や思いが駆け抜けるように巡り、
出会いと別れを繰り返し、最後に闇が来て、文緒の心に幸せだった
思いだけが一杯に満ちたのだった。

 昭和二十年、十二月四日未明。
 藤村文緒、産後の弛緩出血が原因で死亡。享年三十三歳。



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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

とうとう、と言いますか、やっと、と言いますか、
文緒が亡くなりました。ここまでの道筋、長かったですねぇ。。。

この先、遺された者たちの人生はどう展開していくのでしょうか。
特に気になるのが樹の行く末……。

この章は、あと1回で終わりです。
そして、新章へ……。
どう展開させていくか、ただ今思案中でございます。

NoTitle 

樹、大ダメージ・・・。
芯の強さを持ったように見える樹ですが、文緒の死は本当に痛かったですね。
これから彼は澪にどう接していくんでしょう。
愛情の対象になるのかな??
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