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小説・散 華
    〃     参 61~66


散 華  1.夢の通い路 62

2011.08.20  *Edit 

 幸也は祖母の顔を知らない。
「最初も二人目も早くに亡くした事もあって、松子は子供を
死なせてしまった事を酷く嘆き、自分を責めていた。だから
裕也を授かった時には、今度こそ丈夫な子供を産んで、立派に
育ててみせると意気込んでおった」
 松子とは、幸也の祖母の名である。
 名家の出で、気品の高い、少々男勝りな性格ではあったが、
誰に対しても分け隔てなく優しい、気立てのよい女だった。
「初産の時も難産で大変だった。だから裕也の時も心配したんだが、
生まれて来た子供はでかくてねぇ」
 政也は緊張した顔を緩めた。思い出したら自然と笑みが
こぼれたのだろう。
「これじゃぁ、出てくるのに苦労するわけだと思ったよ」
 政也の口調に、幸也も思わず微笑む。
「裕也は元気な子じゃった。育てたのは松子だから、人知れない
苦労もあったかもしれないが、儂から見たら何の心配も無い
子だったよ。儂に心配かけまいと彼女が配慮していたのかも
しれないがな」
 祖母の松子は、裕也が結婚する前に亡くなったと言う。
「文緒との婚約が調って間もなく、流行病でぽっくり逝って
しまった。あいつは文緒をいたく気に入っていたから、きっと
安心したんだろう。裕也を一人前に育てる事が彼女の生き甲斐
だったのかもしれない。だがまだ、儂がおるのにのぉ」
 政也が寂しそうに呟いた。それを見て、樹が「じじ様」と
声を掛けた。
 樹は実の祖父である大殿の事は「おじい様」と呼び、
幸也の祖父である政也の事を「じじ様」と呼んでいる。
 政也は、文緒に連れられて頻繁に藤村の家へやってくる若君に、
「じじですよ」と本当の孫のように話し掛けてはあやしていた。
だからか、「父上、母上」とたどたどしいながらも言えるように
なった頃に、政也の事を「じじ」と呼ぶようになった。
それが「じじ様」となったのは、小学校へ入って暫くしてからだ。
「若君……、『様』なんて付けんでよろしい。今まで通り
『じじ』で良いのです。『じじ』とお呼び下され」
驚いてそう言う政也に、樹は首を横に振った。そして、
そばにいる文緒にしきりと何かを訴えていた。それを聞いていた
文緒はにっこりと微笑んだ。
「若君は、お舅さまの事をとても尊敬されてるんですって。
凄く立派な方だって。だから、『じじ』なんて無礼な呼び方は
できないっておっしゃってますわ」
 それを聞いて、政也は大粒の涙をこぼして感激した。
「若君……、なんて勿体ない……」
 その手を恭しく掲げ持ちながら、泣き伏したのだった。
その光景を見ていた幸也は、常々母から聞かされていた立場の
違いの一端を見せられた気がした。それまでは、弟として
守るべき存在でしかなかった樹だったが、「若君」と呼ばれる者と
自分との立場の違いが明確になった気がした。
「じじ様……。松子刀自もきっとじじ様を置いて逝きたくは
なかったと思います。だからこそ、ずっとあちらで見守って
下さっている気がするんです。だから、じじ様……」
 樹はそっと、政也の腕に手をやった。長い睫毛が白い頬に
影を落とし、慈愛に満ちた弥勒菩薩が僅かに眉間に力を入れて
哀切を漂わせているようで、神々しく感じられた。
 政也は、その手の上に自分の手を重ね合わせて樹の顔を見ると、
僅かに頬を染めてから顔を皺苦茶にさせて笑った。その目元は
微かに潤んでいる。
「若君……、ありがとう……、ありがとう」
 しきりに頷いていた。
 幸也はと言えば、自分が祖父を励ますところを、先に樹に
取られてしまった感があった。写真でしか見た事のない
祖母の話しを聞き、祖母を想う祖父の姿に感動していた。
父の裕也と言い、二人とも妻を敬慕して止まない親子であり、
自分もいずれは同じように敬愛する妻を得る事ができるのか、
と言う事まで思いを馳せたりしたのだった。
 なんだかしらないが、お株を取られてしまった気がした。
 そして、そんな風に思う自分を滑稽に思えたりもしたのだった。
 襖の向こうでは、まだ苦しそうな声が上がっている。
 一体、いつまでかかるのだろう。
 こんなに苦しんで、こんな事が何時間も続いたら、母は
どうなるのだろう。産まれてくる子供の事も心配だが、矢張り
何より母が心配になる。お願いだから、早く産まれてきてくれと
祈らずにはいられない。
 産まれそうで産まれない。
 そんな状況が、産婆が来てから1時間半ほど続いた。
「既に破水しておるからの。長くかかるのは危険だ」
 祖父の言葉が、鉛のように重たく感じられた。樹を見ると、
唇を強く噛みしめたのだろう。血が滲んでいた。こめかみの
血管が浮いている。
「奥さん!もう少しだよ。もう少しだから、頑張りなされっ」
 産婆が叫ぶように言っている。
 その声に応えるように、文緒が何度もいきむ声が聞こえて来た。
 襖の前で気をもんでいる男三人も、思わず息を飲んだ。
 やがて、「出て来た、出て来た……、もうちょっとだ、
もうちょっと」との産婆の声の後で、弱々しいながらも赤ん坊の
泣き声が聞こえて来た。襖の向こうから、安堵のため息と
喜びの声が次々と湧く。
 その様子に、政也が襖を開けた。
 幸也の目の前に、汗だくで髪がべっとりと顔に貼りつき、
ひと仕事終えた達成感に満ちた母の顔が飛び込んだ。汗まみれ
だったが、その顔は美しかった。文緒は幸也を見て、にっこりと
笑った。幸也の胸は熱くなった。そして、そばで産湯に浸
かっている赤子に目をやる。
 想像以上に小さかった。真っ赤でお猿の子のようだ。
「女の子ですよ」
 佳香がそう言った。
 (女の子!)
 幸也の胸が、喜びとときめきで一杯になった。念願の妹が
できた。こんなに嬉しい事は無い。きっと母に似て、美しく
優しい女性に育つに違いない。自分はたくさんの愛情をかけて
可愛がってやるんだ。そう思うだけで胸が躍って来るのだった。

 昭和二十年十二月三日。こうしてここに、藤村澪が誕生した。



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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

とうとう、澪が誕生致しました。
やっと、出てきましたね^^
長い道のりでした。。。

ですが。いえ、だから、と言った方が
良いのでしょうか。
第一章もそろそろ終焉を迎えます。

どう展開していくのか、お楽しみに♪

NoTitle 

おお~、ここで澪の誕生なんですね。
なんか、感動的です。
これが長編の醍醐味ですよね。
澪、幸也、そして樹のこれからが、楽しみです。
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