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小説・散 華
    〃     参 61~66


散 華  1.夢の通い路 61

2011.08.18  *Edit 

 動乱の世間などに全く動じないように山々は美しく色づき、
朝晩の冷え込みが増してきてその美しさに衰えが見え始めた十二月初旬。
 文緒がいきなり産気づいた。
 予定よりもひと月も早い。
 終戦後の食糧事情は、終戦前よりも過酷だった。配給だけでは、
とてもじゃないが賄えない。
 裕也は戦後処理の為に、未だに帰宅できずにいた。
寛も同様である。戦争が終わったと言うのに、働き盛りの男手はなく、
ただ空襲で命を落とす心配が無くなったと言うだけだった。
 貧しい食糧事情の為、文緒のお腹は月が進んでも目立つ程に
大きくはならず、ちゃんと育っているのかと心配だったが、
先月辺りから目立って大きくなってきていた。
 もう、身内の誰も命を落とす心配は無くなった。まだまだ
不安定な世情ではあるが、復興に向かっている。なんとか家も
安泰だ。不安要素は大分減ったから、その分精神的負担も
軽くなったのだろう。それに比例して胎児も育ってきたのだと
幸也は思い、この分なら、なんとか予定通りに元気な子を
出産できるだろうと思っていた矢先である。
 朝食の支度の為に、かまどの火を起こしていた時だった。
共に支度をしていた女中たちの騒ぎで、幸也と樹は異変を知った。
「ふぅ!」
 足の悪い事など微塵も感じさせない程、樹は素早く走り寄った。
「お腹が……」
 そう言って苦痛に歪んだ顔は、まるで血の気がなく真っ青だった。
 女中たちは誰も出産経験が無い。おろおろしていると、
騒ぎを聞きつけた佳香がやってきた。
「どうしたの?」
 お腹を抱えてしゃがみ込んでいる文緒のそばに寄り、
苦しげな口から症状を聞きだした。
「陣痛だわ。お産が、始まりかけてる……」
 佳香は女中達に、お産の準備を具体的に指示し、幸也には産婆を
呼んで来るように言いつけた。その言葉を聞いて、幸也はすぐさま
家を飛び出した。
産婆はここから二里近く離れた場所に住んでいる。戦争が
厳しくなる前までは、村内に一人いて、その住まいは
すぐ近くだった。その産婆の他にも一里以内に数人はいた。
だが、みな疎開したまま戻ってきていないのだった。
 一体、産気づいてから実際に産まれるまで、どれくらいの
時間がかかるのだろうか。幸也には皆目見当がつかない。
だが、一刻も早い方が良いに決まっている。それに、何と言っても
早産だ。何の問題もなく産めるとも思えない。
 幸也は二里の道をひたすら走った。この位の距離を走るのは
どうって事は無い。だが問題は、帰りだ。高年齢の産婆連れである。
以前、逗子の医者をおぶった時のように、今度も幸也は産婆を
おぶった。この産婆は、戦時中でも食に困らなかったのかと
疑問に思う程、体格が良かった。
 おまけに、幸也の背中から「急げ、急げ」とせっつくのだった。
そんな事は言われなくても分かっているし、十分急いでいる。
それを尚も急がせるのは、それだけ危険なのか、との思いが
生じてくる。
 産婆が喚くたびに、その重みが腰にズシリと響いてくる。
医者の時には体が堅くて、落とすんじゃないかとの心配があったが、
こっちは必死にしがみついてくる為、一層重みが増しているように
感じられ、またしがみつく腕が首を圧迫し息苦しい。
 屋敷の麓から上り坂になると、なお一層、落ちないようにと
しがみついて来るので、さすがの幸也も息が切れ切れになった。
「破水はあったかね」
 耳元で怒鳴るような産婆の言葉に、幸也は意味が分からず
聞き返した。
「破水だよ。水が出てたか出て無かったか」
「そ、それなら、出て無かったです」
 幸也にはさっぱり分からない。
 何とか華陽院の屋敷に辿りついた時、家を出てから既に
二時間近く経っていた。行きは早かったが、矢張り重たい産婆を
おぶっての帰りには、随分と時間を要したようだ。
 奥から文緒の唸り声と、励ます複数の声が聞こえて来た。
産婆は案内ももどかしいように声のする方へ早足で進んで行く。
その後を追うように幸也も奥へ行くと、広間の前で中の様子を
心配げに窺う祖父政也と樹が立っていた。
「破水したようだね」
 産婆が部屋へ一歩足を踏み入れるのと同時に、そう言った。
そして、目の前でピシャリと襖を閉められて、幸也は戸惑った。
「男は入っちゃいかんのだ。神聖な場所だからな」
 政也がそう言った。
「お母さんの様子はどうなの?大丈夫なの?」
 何よりそれが一番の気がかりだ。
「一時間ほど前に、破水した。そのまま産まれてくるのかと
思ったが出て来ん。産婆を待って子供も気を使ったか……」
 良く分からないが、母は無事のようだ。だが、中から
苦しそうなうめき声が断続的に聞えて来て、胸が締め付けられる。
ふと樹を見ると、こちらも真っ青な顔をして不安げだ。
「おじい様……、お産って、こんなに大変なの?こんなに
時間のかかるものなの?」
「そうだな。人によりけりだが、時間はそれなりにかかる」
「僕は……、どうだったの?やっぱり凄く時間がかかったの?」
「お前の時は、安産だった。驚くほど早く産まれたよ。
じゃが、裕也の時は難産だった……」
「難産って……?」
「一晩、かかりよった」
「一晩も?」
 祖父の言葉に幸也は目を剥いた。こんな苦しみが一晩もかかるのか。


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