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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 60

2011.08.15  *Edit 

 米軍が沖縄に上陸し、上陸守備隊が全滅した。いよいよ本土上陸か、
と人々は戦々恐々とした思いだった。だがそれでも、戦争は終わる
気配が無い。上陸してきた米兵相手に竹槍の練習をやっている様を
見ると、滑稽すぎて何の言葉も出て来ない。
 信長が長篠の戦で鉄砲を活用して武田軍を滅亡させてから、既に
400年近くも経っている。鎖国してから日本の鉄砲技術は進歩
しないままだったが、御一新以来、富国強兵に努めて来た。
それなのに、竹槍なんて原始的な武器で立ち向かおうとするなんて、
既に頭がおかしくなっているのかもしれない。
 そんな風に思う幸也だった。実際、立ち向かうにも武器は無い。
金属も供出させられて無い。ただ殺されるよりは、竹槍でもなんでも、
突っ込んで一人でも米兵を殺して死んだ方が、坐して死すよりは
ましかもしれない。
 だが、自分は死にたくない。臆病者、非国民と言われても、
死にたくないものは死にたくない。そして、母と新しい命を守りたい。
 文緒は夏に入る頃には悪阻も治まり、落ち着いてきた。だが、
顔色は良くないし、その表情も冴えないのだった。新しい命を
授かった事に心から喜んでいる感じではない。明日をも知れない
ご時世だからなのかもしれない。それに、栄養不足で、
ちゃんと育つのかも不安だろう。
 八月に入って間もなく、広島の方で大きな爆弾が落とされた
との噂が入って来た。B29の空襲とは比べ物にならない程の
巨大な爆弾が落ち、巨大なキノコ雲が立ち上がり、街も人も
全てが消え去った。もう日本はお終いだ、と人々がしきりに
口にしている。そして、その三日後に同じような巨大爆弾が
長崎に落ち、ソ連が条約を破棄して参戦してきたのだった。
 完全に進退極っている。ここまで来たら、もう降伏するしか
ないだろう。そうなったら、この国はどうなるのか。漠然と
していた不安が、恐怖へと変わり、寄せる程に大きくなる
津波のように襲ってくるような気がした。
 そしてそれから間もなくの八月十五日正午。ラジオの玉音
放送で、陛下自らが終戦を告げた。七月二十六日に行われた
ポツダム会談時に発せられたポツダム宣言に則り、日本は
無条件降伏となった。
 ポツダム宣言が発せられた時、日本政府は戦争終結の為の
手段として受諾する方向で検討していたが、天皇の扱いに
関する項目が無かった事もあり、国体護持の為の徹底抗戦派と
揉めに揉め、戦局がどんどん悪化し、原爆投下にまで至ったのだった。
 やっと終わった。
幸也は、負けた事よりも、その思いの方が強かった。
体が軽くなってゆく。多くの人間が泣いていた。負けた事が
悔しいようだ。そして、米軍が上陸してきて国民は酷い目に
遭わされるに違いないと囁き合っていた。
「ユキはどう思う?」
 夕方、庭の草むしりを二人でしていた時に、樹がふいに
問いかけて来た。黙々と草を摘んでいる。四月になって
学校へ通わなくなってから、勤労の合間に共に畑仕事を
するようになって、幸也は樹があの足腰で農作業が出来る事に
驚いたのだった。
「どうって?」
「アメリカ兵が上陸してきたら、日本人は殺されると思うかい?」
「思わないよ」
 なんの躊躇いもなく即答した幸也に、樹は手を止めて顔を上げた。
「その根拠は?」
「殺す必要なんて無いからさ。降伏国へ上陸してきてその国民を
殺すなんて、大昔じゃあるまいし、馬鹿げてる。国際法に
照らし合わせてもね」
「それは僕も同感だ。馬鹿げてると思う。ただ、国際法と
言うのなら、空襲はどうなのだろう?非戦闘員への攻撃は
国際法に反するんじゃないのかな」
「若の言う通り、国際法に反する行為さ。原爆もだ。その事に
関しては、今後の戦後処理の中で取り沙汰されるとは思うけど、
何と言っても無条件降伏だけに、きっと文句も言えない気がするよ」
 幸也が言う通り、その後日本はアメリカに対する賠償請求を放棄した。
 九月二日、東京湾上に浮かぶ米戦艦ミズーリ艦上で、
日本政府は降伏文書に調印した。連合国司令部(GHQ)が
設置された。特高が廃止され、戦時教材も削除。治安維持法廃止、
教育民主化等、戦時下の体制は全て改められたのだった。
そして、財閥も解体された。
 十月には農地改革がなされ、小作制度が廃止。政府は農地を
地主から強制的に安値で買い上げ、小作人に売り渡された。
これにより、七割余りの農地が小作人の物に変わったのだった。
 これらの改革で、多くの資産家、財産家が財産を失った。
また税制改革により、持てる者は多大な税金を課せられ、
古くから広大な土地を持つ大名華族は先祖伝来の土地の多くを
手放す事になったのだった。公家華族は元々貧乏が多かったので、
更に減ると言う事は無かったが、華族制度はなくなり、国からの
報酬はゼロになった為、収入の手立てを考えねばならなくなった。
 そんな中にあって、華陽院家は難を逃れていた。こうなる事を
見越して手を打っていた藤村裕也の手柄である。
 元々、表面上は財産は少ないように装っている。公家華族と
言う名誉は持っていても、さほど貧乏では無い程度の
経済力しかない。全ての財産を分散し、当主の一存でそれらを
自由に使用できない仕組みに構築してある。
 終戦前からの物資の不足と敗戦により、国内の物価は一気に
上がり、すさまじい程のインフレとなった。こんな時に紙幣は
役に立たない。土地を失わないで済んだ事は何よりだった。
 あとは、出征した裕也達が戻って来るのを待つばかりだった。
南方へ配属された綱紀の安否が気になるが、戦死の公報は
来ていない。時間はかかるかもしれないが、きっと生きて
帰って来るだろう。
 世の中は変わる。
 GHQの存在は気にかかるが、これまでの軍事政権では
無くなったと言う事が、幸也には何より嬉しいのだった。
 そして、新しい命ももうすぐ生まれる。


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