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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 59

2011.08.12  *Edit 

「多分、ご懐妊でしょう」
 診察を終えた医者の口から出て来た言葉に、幸也はぽかんとした。
「ご懐妊……?」
 幸也の隣に座っている樹が、まるで知らない言葉でも聞くような
問い方をした。医者もそう感じたのだろう。
「妊娠されています」と言った。
「出産予定日は、まぁ……年末年始前後といった所でしょうかね。
こんなご時世だから、流産や早産の危険性が高いので、
あまり無理をさせずに、なるべく栄養のある物をね……。
と言っても難しいが……」
 医者は眉間に縦皺を刻んだ。
 医者は三浦に近い場所にいるらしい産婆の事を告げ、
一人で帰れると言って華陽院を後にした。
 疲労と栄養不足と悪阻のせいで少し弱ってはいるが、
これと言った病気は見当たらないと言われた事に、幸也はホッとした。
「ふぅが……、妊娠?」
 樹はまだ呆然としていた。無理もない。幸也だって想像も
していなかった事だ。この十三年もの間、一度も無かった事だけに、
あまりに唐突過ぎて実感が湧かない。
 幸也は、ずっと妹が欲しいと思っていた。何故なら樹がいたからだ。
幸也にとって樹は弟のような存在だった。だから、もう弟はいらない。
母の文緒が兄である伯父たちを慕っている姿を見る度に、
妹っていいな、僕も妹から、あんな風に慕われたいなと
心の中で思っていた。
 だが一向にその気配もなく、この年齢まできてしまうと既に
弟妹の事なんて全く頭に浮かばなくなった。今更と言った
気持ちだ。だから、まさかここへ来て、母が妊娠するなんて
信じられない思いだ。きっと樹も同じだろう。
 ずっと樹の傍にあって、その養育に全力を尽くしてきた
文緒である。それでも、乳母に上がったのは二十歳かそこらの
年齢だったから、いつ妊娠してもおかしくは無かったのだ。
だがそんな事も無く、子供は樹と幸也だけで十分と思って
いるのではないかと感じられるほど、二人の子育てに熱心だった。
 実際のところ、母がどう思っていたのかは分からない。
他にも子供が欲しいと願っていたかもしれない。けれども、
そんな事など微塵も感じさせない母だったから、二人とも、
これまでの形態を当たり前のように思っていたのだった。
 それでも幸也は、ふと過去の願望が蘇って来て、
「産まれてくる子は、男児かな?それとも女児かな?」と
気恥ずかしげに樹に声をかけた。問いかけられた樹は、
肩を震わせていたので幸也は驚いた。
「若……?」
「君は……、随分と呑気なんだな」
 暗く低い声が責めるように発せられた。
「えっ?」
 思いもよらない樹の言葉に、幸也は戸惑う。
「こんな時に妊娠なんかして……、君はふぅの体が心配じゃ
ないのか?」
 怒りを含んだ顔が、幸也に向けられた。瞳が色濃くなって
紺味がかっている。不機嫌な証拠だ。
「食料の事だけ考えたって、ろくな物を食せないんだ。
おまけに、いつ来るかわからない空襲。流産でもしたら、
一層憔悴するだろうし、だからと言って、子供がちゃんと
育つ保障はどこにも無い。何とか育った所で、出産に体が
耐え得るんだろうか。僕はそれが心配でならないんだ」
 樹はそう言って、膝の上で拳を握りしめた。
 幸也は、いきなり頭を思いきり殴られたような衝撃を感じた。
 そうだ。樹の言う通りだ。自分は単純過ぎた。
国は「産めよ育てよ」と出産を奨励しているが、現実問題、
産むのも育てるのも大変な時局になっている。
 あらゆる物資が窮乏し、衰弱した体で妊娠した所で健康に
胎児が育つにはあまりに過酷な現状なのである。母体への
負担の方が大きいに違いない。幸也は、そういう事まで
思いが至らなかった自分を恥じた。だが、その後、更に考え、
現状を受け止めた上で前へ進むしかないと結論した。
「若の言う事はよく分かるよ。僕だってそれは心配さ。だけど、
だからどうだって言うんだい?お母さんは妊娠したんだ。
妊娠した以上、子供が育ち元気に出産できるよう、僕達で
出来る限りの事をしてあげるしか無いじゃないか。心配ばかり
してたって仕方が無い。いや、心配だからこそ、それを
払拭すべく、全力を尽くそうよ。お母さんの為に」
 そうだ。それしかない。そうする事が一番なんだと、
喋っているうちに幸也は活気づいてきた。新しい生命が無事に
誕生できるように、できるだけの事をしよう。こんな
ご時世だからこそ、新しい生命の誕生を祝うべきなのだ。
きっと自分達の許に幸福を運んで来てくれるに違いない。
「済まない。暫く一人にして欲しい」
 嬉々として語る幸也を尻目に、樹は暗い顔でそう言うと
自室へと引きあげてしまった。
 その様子を少し離れた所で見ていた女中のミネが、
「若君はきっと、寂しいのです」と呟くように言った。
「文緒さまは……、ずっと若君だけのお方でしたから。
だから、きっと……、赤さまに取られてしまうとお思いに
なられたんでしょう」
 同情するようなその言葉に、幸也は僅かながらに不愉快なった。
「若君だけのお方って、なんだよ、それは。お母さんは
僕の母上なんだ。若のものじゃない。そりゃぁ、産まれた時から
ずっと傍にいて養育してきたけれど、本当の母親じゃないんだ。
小さいうちならともかく、もうすぐ十四になるって言うのに……」
 憤っている自分を滑稽に思いながらも、ミネの言い草には
納得できなかった。いつの間にか自分よりも大人ぶった態度が
身に着いてきていた最近の樹だったが、結局それは表面的な事で、
内面ではまだまだネンネだったと言う事か。
 寂しく思うのは分からないでもない。樹の生い立ちを思えば、
本当の母親同然の存在だ。しかも、その愛を独占してきたと
言っても過言ではない。だから、寂しいと言えば、幸也の方が
余程寂しかった。
 今更この年齢になってまで、まだその愛を独占したがって
いるのかと思うと、なんだか無性に腹が立ってくるのだった。
 ミネはそんな幸也を見て、憐れむような表情を浮かべた。
 同情された。自分の心を見透かされてしまったのか。
幸也は顔が赤くなってくるのを感じた。
「幸也坊ちゃま……。若君のお心は……、あなた様が思う以上に
深いのです。だからこそ、ショックも大きいのかと……」
 ミネはそれだけ言って、奥へと姿を消した。
 残された幸也は憮然とした。
 ミネに今更言われなくても、樹の心は分かっている。
天涯孤独よりも寂しく辛いこの華陽院の中で、樹は文緒だけを
頼りに生きて来たのだ。文緒がいなかったら、今の彼は
ないだろう。だから、文緒の体を真っ先に心配したのも当然だ。
 だが、もう小さな子供ではない。これは、親離れする
良い機会なのではないか。今まで受けて来た恩義を今度は
返す番がきたのだ。こんな大変な時だからこそ、十分力に
なってやる事が最大の親孝行だと幸也は思う。
 とは言っても、樹は繊細だ。
 本人が納得するまでは、暫く一人にしてやろうと自分に
言い聞かせ、母が休んでいる部屋へと笑顔で入って行った。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

帰ってこられたんですね。おかえりなさ~い(^^)

そうなんです。
赤ちゃんができてしまったのです。
大変なご時世にねぇ。

樹も心中、複雑ですね。
矢張り嫉妬でしょうか。
これまで独占してきましたからねぇ。

幸也と樹は、対照的な性格で、
そのせいで分かりあえない部分と、
違うから安心する部分と、その時々で
色々です。

話はこれから、この章の終盤へと
突き進んでいきます。
お楽しみに。

NoTitle 

おおお~~。そういう事だったんですか。
赤ちゃん・・・。なぜか、まったく想像していませんでした。

樹、心中穏やかでない感じが、じわじわ伝わってきます。
これは・・・やっぱり嫉妬?
そうだとしたら、またいろんな葛藤が生まれてきそうですね。

幸也は、どれほど樹の本心を理解できるのか。
いや、しない方がいいのか。

この先がますます楽しみです。
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