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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 57

2011.08.07  *Edit 

 当主である父親に疎まれ、まるでいないが如き扱いを受けている。
しかも、腹違いの弟・茂は溺愛されている。現在の樹は、
昔を想像できないほど優秀だが、寛は依然その存在を認めて
いないように見える。
「若君は立派なご当主になられますよ。私はその為に
お仕えしてきたのだから」
 文緒がそう言った。真剣な眼差しである。
「若君は、敬愛するお姉さまのお子。何があっても立派に
お育てすると、お姉さまが亡くなった時に誓ったのです。
あの方には、私の持てる全てをお教えしました。帝王学も
学ばせたわ。それら全てをあの方は吸収された。これからも、
まだまだ多くの事を吸収されるでしょう。だから幸也。
あなたは若君の傍で支えてあげて。あなたがいれば大丈夫。
お母さんはそう思ってるわ」
「そうだ幸也。こう言ってはなんだが、今のご当主の力量では、
今後の動乱期を乗り切る事はできない。これからは、華族なんて
身分は通用しない、実力社会になっていくだろう。若君は
障害のせいで愚鈍のように思われていたが、実際はそうでは
無かった。それは文緒も私も早くから感じていた事だ。
例え廃嫡されたとしても、必ず自分の力で身を起こすに違いない。
だから我々は、そんな若君を盛りたてていくんだ。
それが我々の使命でもある」
 裕也は、寛の器は当主の器では無いと早くから見切りを
つけていた。子供の頃から何かと含みのある感情を
ぶつけられてきた。寛自身、家の為と自身の思いを抑えて
接してきている事は重々承知している。優秀では無いが
馬鹿でも無い。だが器量は狭い。
 それでも、裕也は藤村家の息子として自分の務めに徹してきた。
寛も裕也も、互いに相手を良く思わない感情に左右される事はない。
長い年月を持って培われてきた家同士の関係を、くだらない
好悪の感情で破綻させるわけにはいかないのだった。
 きっとこれまでにも、馬の合わない主従は存在したに違いない。
それでも、連綿と続いてきたのである。家の為、それは御先祖の
為ではなく、未来の自分達の子孫の為でもあるのだ。
 そして現在。
 客観的に判断すれば、藤村家の方が優位な立場にある。
藤村家が顧問として財政と法に関する事を手掛け、華陽院を
守って来た。華陽院は藤村の力無くしては最早存在しえない状況だ。
 敗戦し、占領されるにせよ、されないにせよ、新しい
世の中にとって華族などと言う存在は必要ない。元々、
必要無い存在ではあったのだ。選挙によって選ばれない
華族議員には、政治上の責任を負う義務も無い。そんな議員が
政治に参加しているのである。
 しかも、華族の多くは貧乏で、その身分を新興の実業家に
金で売ったりしている。華陽院が豊でいられるのは、
全て藤村家のお陰なのだ。力関係は既に逆転している。
それでも政也や裕也が忠誠にも似た思いで仕えているのは、
長く培われた歴史と藤村の血のせいだけではない。
 文緒が樹に仕えているからだった。
 いけすかない寛からの無理な頼みに憤った裕也だった。
政也も表面では主家の為と言ってはいたが、その内心では、
貰ったばかりの嫁、しかも初子を授かったばかりだと言うのに
乳母に要求された事に納得できない思いだったのだ。
 だが、文緒のそばで樹を見ているうちに情が移った。そして、
樹に冷たい寛を見る度に、樹への思いは深まっていった。
育ちの遅い子ではあったが、その瞳の輝きを見ると、
内に秘めたものの大きさを感じた。
 もしかしたら、大成するかもしれない。いや、大成させてやろう。
そう思って文緒に協力してきた裕也だった。そして共に
育っている幸也も、樹と共に大成するだろう。
「若君はどうやら、経済に明るいようだ。お前よりも
出来るそうじゃないか。我が家は経済と法律の両方に長けて
いなくてはならない。だから今後もそれに励むんだ。その事は、
華陽院の為だけではなく、お前自身の為でもあるのだからな」
 裕也は万感の思いを込めて、息子に熱い視線を注いだ。
時局は益々困難になって行く事は必須である。それを
乗り越えて行く為にも力をつけねばならない。二人で
切磋琢磨しあい、共に大成して欲しい。
 幸也は、そんな父の思いが通じたように力強く頷いた。

「文緒……。僕は絶対に死なないから、気に病まないでくれ」
 裕也は床の中で文緒の髪を撫でた。文緒は夫の腕の中で
打ち震えていた。一年ぶりの交わりに、裕也は燃えた。
最初文緒は抵抗した。久しぶりの夫との交わりに
何故抵抗するのか、裕也は理解できなかった。
「だって……、汚れているから……」
 物資は窮乏し、燃料もままならない。頻繁に風呂に
入れないのに、畑仕事や工場の仕事で清潔を保てない。
そんな体で抱かれる事に抵抗を感じているようだった。
「そんな事は……構わない」
 裕也はそう言って、文緒を組み敷いた。
 初めて逢ったその時から、裕也を捉えて離さない濡れた
黒曜石のような瞳。優美で知的で、深い憂いを含んでいる。
乳母に上がって離れて暮らすようになっても、藤村へ
帰ってくる度に愛していた。二人の子供をもっと欲しかった。
だが案に反して、文緒は懐妊しなかった。
「空襲の時、わざわざ山の上まで様子を見に行ったんだそうだね。
幸也から聞いたよ。さぞや、ショックな事だっただろう。
すぐにも無事を知らせたかったが、生憎その時間さえ無いくらい
大変だったんだ」
 文緒は小さく頷いた。
「幸也が、燃えているのは東側だから、きっとあなたは
大丈夫だって言ってくれて、少し安心はしたのですけれど……」
「わかってる。あの様を見れば、身内が無事とは分かっても
衝撃を受けるのも当たり前だ。……思うに、首都への攻撃は
まだ続くだろう。各地の都市部への空襲も激しくなるに違いない。
だが、心配はいらない。僕は必ず生きて帰る」
「あなた……、死なないで」
 黒曜石の瞳から、美しい雫が零れ落ちた。裕也は吸い寄せ
られるように、その雫を唇で受けた。
「死にやしない。必ずここへ戻って来る。だから君も元気に
待っていてくれ。父と子供たちを頼む」
 裕也はしがみついてきた文緒を強く抱きしめた。何があろうと、
この妻の許に戻って来るんだと、固く自身に誓い、
その思いのたけを込めて再び艶めく肌を抱いたのだった。



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