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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 56

2011.08.04  *Edit 

 裕也は三日しかいられなかった。戻って来たのは、
自分や寛、文博の無事を知らせる事と、今後の一族と
藤村の家の為の対策を講じる為だった。徴兵されてから
殆ど休みもなく働いてきた事もあり、元首相の近衛の
口添えで、一時帰宅を許可して貰ったのだった。
 裕也は参謀本部の主計部にいる。中央に近い為、
あらゆる情報が入って来る。勿論全て極秘事項である。
外部に洩れたらとんでもない事になる。国庫は火の車だ。
にもかかわらず、軍部は一億玉砕と称して徹底抗戦を主張している。
 東京の半分が焼け野原になり、それから数日の間に、
名古屋、大阪、神戸が次々に大空襲に遭い、その被害は甚大だった。
死者の数も十万を超えていると思われる。
 徹底抗戦を主張している軍部とは別に、戦争終結を目指すべく、
近衛文麿は前月の二月七日に天皇陛下に上奏文を秘密裏に提出した。
ソ連と共産主義革命への警戒と共に、国体護持の為に英米との
戦争の早期和平を主張したものだ。だが、この上奏文は
用いられなかった。
 近衛はその後も、和平を望んでいる有力者らと共に、
秘密裏に工作し続けていた。
 裕也はそれらの動きを見て、この戦争は遅くとも年内には
終結するだろうと思った。
 だが、それまでにどれだけの被害が及ぶかは想像できない。
軍部内部も強硬派と穏便派が睨みあい、強硬派は粛清も
厭わない程の激しさだった。こんな中にあっては、
自分の身を守るのは自分しかないと痛感する。
 日本は負ける。それは必須だ。問題は、どうやって負けるかだ。
ここまでくると、早期和平は難しいだろう。和平が成ったとしても、
日本にとって不利な条件が付される事は必定である。
全面降伏となれば、独立国としての存在すら危ぶまれる。
 裕也はあらゆる事態を想定して、少しでも損害が少なくて
済むように、手を尽くした。そして、今後の情勢の変化に
よって急な処置が必要になった時、藤村家に伝わる独特の暗号を
用いた手紙や電報で知らせる旨を、政也と文緒、
そして幸也に伝えた。
 幸也は今時そんな暗号があるなんてと、驚いた。
「暗号は重要だ。国家機密や軍司令部の情報は皆暗号を
使って伝達している。だが、我が国の暗号は、みなアメリカに
解読されてしまってるみたいだな」
「じゃぁ、藤村家の暗号も解読されちゃうんじゃ……」
 この世に解読されない暗号なんてあるんだろうかと、
幸也は思った。
「簡単に解読されるなら、暗号なんて必要ない。だから
誰も使わないさ。どんな組織も、解読されない為に
工夫を施している」
 主な国家で使われているのはアルゴリズムに従った置換、
転換方式が主流であるが、藤村家においては、藤村本家のみ
相伝の隠語を使った方法だった。
 ごく普通の日常を語ったにしか過ぎない文章の中に、
あらゆる隠語が散りばめられている。この、隠語を散りばめた
普通の日常文を作るのには、その才能が必要なのではないかと
思わせる程、難しい作業だった。
 藤村の当主になる人間は、幼少からその素養を学ばせられる。
幸也はそれを聞いて、「自分は習った覚えはない」と訴えた。
息子の言葉に、裕也と文緒は楽しそうに微笑んだ。
 訝しがる幸也に、裕也はその場で文章をしたためて、
息子の前に差し出した。
「これを読んでみろ」
 差し出された文章に目を通すと、葉山へ戻って来た裕也の
感慨らしき文章が書かれていた。不審な点は微塵も無い。
 幸也は意味が分からず、父へ顔を向けた。それを見た裕也は、
あるヒントを与えた。その意味を考えながら、天候や自然の情景、
執筆者の感情に留意して読むように言った。
 父に言われて、再び手許の紙に目をやった。言われた事に
注意して読んだが、矢張りよく分からなかった。だが、何度も
注意して読むうちに、その何気ない文章の意味が別の意味を
持っている事に気付いたのだった。
 明確には分からない。だが父は、その文章で国家の行く末の
危うさ、今後の顛末の予想などを語っているようだった。
「分かったようだな」
 裕也は息子の顔色の変化を見て、そう言った。
「具体的な隠語を教えてはいないけれど、言葉が持つ深い意味、
そして古くから伝わる藤村家独特の解釈方法を、お母さんは
あなたに教えて来たつもりよ。そしてあなたは、ちゃんと
吸収してくれていたようで、ほっとしたわ」
 文緒は嬉しそうに微笑んだ。
「さすがは、儂の孫だ。賢い奴だ」
 政也が相好を崩した。
 裕也は二人に笑顔を向けた後、すぐに厳しい顔つきになった。
「ですが、まだ分かりませんよ。問題はこれからです」
 その言葉に二人の顔つきも厳しくなる。
「幸也。これから、我が家の隠語を伝授する。自分で文章を
作れるようになるまでには相当な時間を要するが、まずは
解読できるようになって欲しい。お爺様やお母さんに何かあった時、
お前が代わりにならなければ我が家は滅びる。そして、
これは他人に知られてはならない事だから、書記は禁止だ。
全て自分の頭の中に少しも違えずに記憶しろ」
 それから三日の間、就寝時間を除いた全ての時間を、
それに費やされた。場所は勿論、藤村家である。僅か三日と言えど、
華陽院の家を離れるのはこれが初めてだった。
文緒も藤村の家に詰めていた。
 戻って来ない二人を心配して樹が何度も訪ねて来たが、
政也が丁重に応対して帰らせた。
「お家にとって大事な勉強をしているところなのです。
僅かの間ですから、お願い致します。若君も、もう小さな
子供ではありません。いずれは華陽院の当主となるお方。
幸也は藤村家の未来の当主です。藤村家は華陽院家の為にある。
だから、若の為でもあるのです」
 政也に毅然とそう言われて、樹は帰るしか無かった。
寂しそうな顔をしていたと聞いて、幸也の胸は僅かに痛んだ。
いくら小さい子供では無いと言っても、ずっと傍にいたのである。
文緒と幸也、二人同時に何日も傍にいないのは、物心ついてから
初めての事だ。心細い思いをしているに違いない。
「幸也の心配は分かるが、若君にとっても良い機会だ。
いずれはお家を継がれる身。お爺様がおっしゃるように、
若君のお為でもある。お家の大事な時なんだ。少しくらいは
我慢して頂かないと」
 父の言葉に、幸也の中でふとした疑問が湧きあがった。
それを裕也は敏感に感じ取り、「どうした」と問うた。
幸也は言い淀む。口にして良いのだろうか。
「幸也……。お父さんにお話ししなさい。自分の思った事を素直に」
 母の言葉に、幸也は躊躇いながら言った。
「若は……、華陽院家を継ぐ事ができるんだろうか……」
 もう早くから思っていた疑問だった。

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