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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 55

2011.08.02  *Edit 

 夜が白んで来た頃に、幸也と文緒は下山した。屋敷の玄関口に、
心配げな顔をした樹と、大殿、佳香、政也が立っていた。
「どうだった?」
 大殿が詰め寄るように二人に問いかけた。
 文緒は蒼ざめたままで何も言わない。幸也が見た事を
そのまま伝えた。空襲に遭ったのが東京の東側らしいと知って
一同の緊張は緩んだが、それでも一抹の不安は拭えないようだった。
 その日から、文緒は寝込んだ。精神的なダメージを
かなり受けて起き上がれないのだった。幸也には母の気持ちが
よくわかる。多分、あそこに父と叔父はいない。そうは思っても、
あの惨事を見た衝撃は癒えない。
 その後、当時の情報が伝わって来た。前日の夜十時半ごろに
一度鳴った空襲警報だったが、敵機はすぐに飛び去ったので
解除された。人々は安心して休んだらしい。そして日付が変わって
間もない時刻に爆撃が開始されたのだった。
 深川を皮切りに、城東地区へ次々と焼夷弾が投下され、
強い冬型の気圧配置で北西の強風が吹き荒れて、あっと言う間に
火の手が広がったらしい。東京の東半分は焦土と化し、
逃げ遅れて焼け焦げた死体が山のように転がり、荒川は火を避けて
逃げた人々の溺死体で埋まっていると言う。
 聞くにもおぞましい光景である。
 それを聞き、大殿まで寝込んでしまった。裕也や叔父の
文博は参謀本部にいる為、その生存の確率は高いと思われるが、
寛は違う。華陽院の屋敷は神田の近くにある為、多分
大丈夫だろうとは思われるものの、浅草や深川で
放蕩していないとも限らない。
 こんな戦時下の厳しい状況ではあるが、妻子を疎開させて
一人でいる息子が鬼のいぬ間に羽を伸ばしている可能性もある。
立ちまわりの上手い、或る意味ずる賢い息子だけに、
要領よく遊んでいる気がするのだった。
 それから約二週間が経ったある日、思いもかけない人物が
屋敷の玄関に立った。
 藤村裕也だった。
 応対に出た幸也は驚愕した。
「お父さん?」
 足が震える。幻では無いだろうか?まさか亡くなった霊が
会いにやって来たのではないかとの思いが湧いてきた。
「幸也……。大きくなったな」
 キリリとした理知的な顔が、この世の宝にでも遭遇したように
嬉しそうな笑顔になった。焼けた顔に真っ白い歯が目立ち、
生身の存在を感じさせる。
「お父さん!」
 幸也は叫び、駆け寄り、抱きついた。そして泣いた。
 その騒動に何事かと人々が玄関まで出てきて、皆一様に
驚き立ちすくんだのだった。
「裕也……、無事だったのか」
 父の呼びかけに、裕也は顔を上げた。
「お父さん、無事に戻って参りました」
 政也は久しぶりに見る息子の姿に思わず涙した。
あの東京大空襲の後である。どれだけ心配した事か。
「ゆ、裕也君、……、寛は、寛はどうしてるんだ。寛は無事なのか」
 大殿が玄関まで這うようにしてやって来て、裕也に縋りついた。
その傍では佳香が不安げな面持ちで佇んでいた。
「寛君は無事です。議会が紛糾しているので東京を離れる事が
できませんが、無事を伝えてくれと頼まれました」
 裕也の返事に、大殿はその場で泣き崩れた。
「ところで……文緒は……?」
 裕也が不思議そうに辺りを見回した。
 一番に出迎えてくれるであろうと思っていた文緒の姿が見えない。
「おおっ、そうだ。文緒―、文緒―」
 と、政也が大声で叫んだ。
「お母さんは、この間の東京の空襲の様子を山の上から見て、
ショックで寝込んでしまったんだよ」
 幸也の言葉に、裕也は眉をひそめた。そして「失礼します」と
言うと、靴を脱いで上がり、東の対屋へ足を向けた。
 文緒の部屋の前に立ち、襖を開けた。
 文緒は布団の中で横になっていた。その傍に、樹が座っていた。
心配して看病していたのだろう。二人は突然開いた襖に驚き、
目を向けて更に驚いたのだった。
「あ、あなた!」
 文緒はがばりと身を起こした。
「文緒……。今戻った……」
「あ……、あ……あなた……、裕也さん……!」
 文緒の瞳から大きな涙の粒がこぼれ落ちた。
 裕也は文緒の傍へ行くと、布団の上で立ち上がれないまま
泣いている彼女を抱きしめた。
「心配かけて、済まなかった。僕は、無事だ。文博君も無事だから、
もう心配しなくていい」
「裕也さん……、よくぞご無事で……。本当に……」
 夫にしがみついて泣いている母の姿に、幸也の瞳も再び
潤んで来た。父が徴集されてから一年。一度も戻って来なかった
父である。ただでさえ懐かしいのに、あの惨事の後だ。
その身をどれだけ心配したか知れやしない。
 幸也は、両親が互いに尊敬し、愛し合っている事を
幼少の頃からよく知っている。一つ屋根の下に共に暮らしては
いなくても、深い愛情で結ばれている事がはっきりと
伝わって来る夫婦だった。だからこそ、母の心配と嘆きは、
幸也には十分理解できた。
 幸也は二人の傍で呆然と座っている樹の肩に手を掛けた。
びくっとして顔を上げた樹の顔を見て、幸也は怪訝に思った。
酷く残念そうな表情をしていたからだ。そしてその瞳には、
緑がかった青みが射していたのだった。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

本当に気になりますね。
感情が瞳の色に出る樹。
この色が、一体どんな感情を示しているのか。
いずれ分かる時が来ます。
それまでに忘れちゃうかな……(^_^;)

少しネタバレになりますが、この章、後半は幸也視点で
話が進んでいます。
それまで文緒視点で進んで来た物語ですが、
そうでなくなった事には意味があります。
何を示しているのか、は先々までお預けです。
お楽しみに。

NoTitle 

惨劇の後、ほっとするシーンだったのに・・・。

樹の表情が気になりますね。
残念そうだということは・・・?

感情によって色が変わる瞳が、すごく良いですね。
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