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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 54

2011.07.30  *Edit 

 外は風が強かった。辺りを見回したが母の姿は見えない。
だが大体の道乗りは想像がつく。幸也は足早に山道に踏み込んだ。
山の樹木は定期的に伐採している為、見通しが悪い程混みあって
はいない。その代わり、切り株があちこちにある為、
気を付けないと躓く。
 用意した懐中電灯で足許を照らしながら上へ向かってゆく。
時々上へ灯りを移動するが、母らしき姿は見えないのだった。
随分と速足のようだ。幸也は速度を上げた。
 爆弾の音が遠くから聞こえる。間断が無い。気付いて目が覚め、
ここへ来るまでの間に、ゆうに三十分は経過してるだろう。
それなのに、未だに音は絶え間ない。一体、どういう事なのか。
 気持ちが急いて、更に歩調が速まる。
 やがて上の方の視界が開けて来た。もうすぐてっぺんだ。
だが、てっぺんは僅かに明るさを孕んでいた。夜明け前ではない。
真夜中だ。それなのに、その輪郭がくっきりとしていた。
そして、その中にはっきりとした人影が見えた。文緒だ。
文緒が頂上を前にして歩を進めている。
「おかぁ―さーん」
 幸也は大声で叫んだ。だが文緒は気付いた様子も無い。
爆音に掻き消され、また強風により声が流されてしまったのかも
しれない。
 だが取り敢えず、母の無事な姿を認めて安堵した。
そして更に歩が速まる。とにかく気になって仕方が無い。
この間断なく続く爆音、そして空気を伝わって来る振動。
どう考えても尋常じゃ無い。東京はどうなっているのか?
 こんなにも速足で山を登るのは初めてだった。流石に息が
上がって来たが、それでも休む気にもならずに一気に登り切って、
幸也は目の前の光景に凝然とした。
 三浦半島の上から東向かいを望むと、東京湾を挟んで
房総半島が見える。その左側に首都・東京がある。
その東京が燃えていた。
 ヒュ~、ドン!とした音と衝撃が、屋敷にいた時よりも
遥かにハッキリと聞こえ、感じられた。東京の上空に沢山の
B29が低い高度で飛んでいて、バラバラと爆弾を落として
いるのが遠いながらに垣間見えた。
 煙が上空に舞い上がり、風に吹かれて目の前の東京湾を
渡って行く。今夜の風は北西から吹いている為、硝煙はみな
房総半島の方へと流れていた。その為、火薬や火事の臭いは
僅かにしか感じられなかった。
 東京湾は燃え上がる紅蓮の炎火を映して真っ赤に染まっている。
信じられない光景だ。こんなにも燃えていると言うのに、
まだ爆撃を続けている。首都とは言っても、最早残されて
いるのは戦えない者達ばかりだ。
 軍需工場への爆撃なら、まだ理解できる。だがこれは何だ。
東京の東側約半分が、物凄い勢いで燃え盛っていた。
しかもまだ、これでもかと言わんばかりに爆弾を
投下し続けている。
 こんな事が許されるのか。幾ら戦争とは言っても、
ここまでするのか。
「幸也……」
 ハッとした。幸也は自分の隣に立つ母に顔を向けた。
母の顔は紅く染まり、その瞳から涙の筋が流れ光っていた。
そして自分の頬も濡れている事に気付いた。
「東京が……、燃えてる……」
 呟くような母の声に、幸也は黙って頷いた。
「お父さんとお兄様が……、あの炎の中にいたら……、
どうしましょう。どうしたら、いいの?あの中にいたら……、
とても生きては……、何よりあそこは紅蓮地獄よ。
熱と煙と爆撃で……、今この時、あそこで逃げ回り、
苦しんでいるかもしれないと思ったら……、あぁ、
気が狂いそうだわ……。幸也、どうしましょう?
どうしたらいいの?」
 文緒は取り乱していた。自分の言葉が更に自分の精神を
追いこんでいる。興奮が興奮を呼んでいた。
 幸也は、頭を抱えて激しく振りながら呟きが叫びへと
変わりつるある母の肩を、がっしりと掴んだ。
「お母さん、落ち着いて!落ち着くんだ」
「いや、いやー!」
 文緒は激しく全身を震わせた。
「お母さん!落ち着いて。そんなに興奮しちゃ駄目だ」
 文緒は不思議な者でも見るような目をして、
「どうしてあなたは、落ち着いてるの?」と言った。
母のその言葉を幸也は棘のように感じた。
 落ち着いてなんていない。落ち着けるものか。目の前に
繰り広げられている光景を、どうして冷静に見る事などできようか。
幸也だって辛かった。父と叔父の事を思えば、胸が潰れる思いだ。
だがここで騒いだ所で、事態は何も変わらない。
助けに行きたくても行く事もできない。
「お母さん」
 幸也は燃える東京へ目をやって、ふと思った事を口にした。
「お母さん、よく見て。東京は確かに燃えている。
でも、よく見て見ると、炎が燃え盛っているのは東側だ。
お父さんも叔父さんも参謀本部付きなんだから、
あそこにはいないんじゃないのかな」
 そうだ。自分で言って自分で頷く。お父さんはあそこには
いない。いる筈が無い。
 文緒は幸也の言葉に虚を衝かれたような顔をしてから、
黙って首を燃え盛る炎の方へと向けた。
「お父さんもお兄様も……、あそこにはいない……?」
「そうだよ。二人ともあそこにはいないよ。だからお母さん。
気をしっかり持って!」
 北西の偏西風が無情にも吹き荒れていた。黒々とした
大量の硝煙が上空の闇に吸い込まれるようにして渦を巻いて
上がっていた。その中を、敵機が房総半島の奥へと飛び去って
いくのを見た。やっと爆撃は終了したか。思わず腕の時計に
目をやると、午前2時半を少し回ったところだった。
 だが、炎の勢いは治まる様子も無い。あの中に、父と叔父は
いなくても、数多くの人達が逃げまどい苦しんでいるに違いない。
それを思うと胸が締め付けられる。
 あれだけの低空飛行でありながら、防戦している様子は
全く見られなかった。まるでやられっぱなしだ。
憤怒の感情が湧きあがる。
「幸也……」
 自分を呼ぶ母の声はさっきよりも落ち着いていた。
「お母さん……、酷いよ……、酷過ぎるよ……、軍人は
あらかたいないのに、女と子供と年寄りばかりなのに、
……何でなんだよ。何で、こんな事をするんだよ。
これは……ただの空襲じゃないよ……。どうして……、
こんな事ができるのか……」
 感情が溢れて来て、幸也は声を上げて泣いた。
これが戦争と言うものなのか。戦争とはこうも非情なものなのか。
戦争と言う名の大義名分の元に大量殺人が堂々と行われている。
 世の中、間違っている。こんなにも人の命が軽々しく
扱われてたまるものか。
 幸也は跪き、慟哭した。


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