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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 53

2011.07.27  *Edit 

 昭和二十年、三月九日の晩、いつになく上空を米軍機が
飛びまわっていた。最初に空襲警報が発令され、皆で慌てて
防空壕へ批難したが、それはすぐに解除された。
防空壕を出て空を見上げた幸也は、敵機が東京方面に向かって
飛んでいるのを見た。
 東京は去年の秋ごろから何度も空襲に遭っているが、
それらは殆どが軍需工場や飛行場だった。それが、今年の
一月二十四日に有楽町・銀座地区が襲撃され、有楽町駅では
中央改札口が大破し、駅員九名、旅客八十七名が死亡したのだった。
 とうとう、首都への攻撃が始まった。迎え撃つ日本軍の
航空機は、米軍の最新鋭の戦闘機よりも遥かに劣り、
迎撃しても僅かしか落とせない。多くの民間人の死傷者が出た事で、
滅びへの足音が聞こえてくるような気がした。
 幸也は頭上の敵機を見て、不吉な予感がした。
「東京の方へ向かってるみたいね」
 隣にいる文緒がそう言った。母も食い入るようにして
星の瞬く濃紺の空を見上げていた。そんな二人に同調するように、
大殿も佳香も樹も女中たちも、暫く東京の方角へと目をやっていた。
 東京には父がいる。伯父がいる。息子がいる。甥がいる。
其々が其々の身内を心配し、東京の上空を窺っていた。
 やがて樹が、「寒いから、もう中へ入ろう」と言った。
みんな寝巻の上に綿入れを羽織っただけである。
裸足に草履で、土の冷気が足から浸み込んで下半身を凍らせていた。
三月とは言っても、まだまだ冷える。しかもこの晩は、
とても強い北西の風が吹きつけていた。気付けば頬も
冷たくなっていた。
樹の一声で、皆我に返ったように家の中へと入って行った。
暫く火鉢を囲んで暖を取ってから、各自部屋へ戻って床へ就いた。
 明けて十日。
 遠くの方で何か音がする。何かが落下するような音が
ごく僅かにし、やがてそれはドンとした音へと変化した。
何度も何度も音は続いて絶え間が無い。夢を見ているのだろうか?
幸也は最初そう思った。だが、何となく自分を包む空気が
小さく震えているように感じた。
(何か変だ)
 そう思って幸也は慌てて飛び起きた。そして暗闇の中で
耳を澄ます。北の方で爆弾の音がする。音は小さいが絶え間ない。
どこかで空襲が発生している。生活圏内では無い事は
空襲警報が鳴っていない事から分かるが、絶え間無い音に
尋常でないものを感じた。
 北の方角……。東京か?
 幸也は急いで起きて身支度を整えた。様子を知りたい。
そう思って部屋を飛び出すと玄関の手前の広間に母と樹がいた。
争っている。
「何してるのっ」
 強い口調で問いかける。この二人が争っているなんて
珍しい。初めて見る光景だ。
「あっ、ユキ。丁度良かった。ふぅを止めてくれ。
山の上まで様子を見に行くと言ってきかないんだ」
 樹の言葉に、幸也は初めて母の扮装に気がついた。
戦時服の上に防寒具を着こみ、頭には防災頭巾が乗っていた。
「東京が……、東京が空襲に遭ってるみたいなのよ。
それも、尋常じゃないの。さっきからずっと、爆音が
鳴り止まないの。心配なのよ、裕也さんやお兄様の事が……」
「だからと言って、見に行ってどうにかなる事なの?
こんな夜更けに、わざわざ山頂まで行って。今日は
いつになく風が強くて寒い晩だし。何かあったらどうするの」
 真っ青な顔をして山頂へ行くと主張している文緒を、
樹が必死に止めていた。
「お母さん、若の言う通りだよ。こんな夜更けに危険だ。
僕が行くから。僕が代わりに山頂まで様子を見に行ってくる。
だから、お母さんはここにいて」
 幸也の言葉に、二人は同時に幸也の方を見た。
樹は強い味方を得てホッとしたような顔をした。
「そうだよ。ユキに行って貰うのがいい。ユキなら大丈夫だ」
 だが、樹の言葉に文緒は首を横に振った。
「いいえ。私が行きます。自分の目で確かめたいのよ」
 文緒は思い詰めたような顔をして樹の手を振り払うと、
敢然として玄関の三和土(たたき)まで行き、靴を履きだした。
「ふぅ!ふぅ、駄目だ。行っちゃ駄目だ。危ないよ。駄目だっ!」
 樹が追いかけて来て文緒に縋りついたが、文緒はそんな樹を
思いきり突き飛ばして出て行った。
 幸也は茫然とした。あれ程大切にし、可愛がってきた
足の悪い樹を、あんな風に突き飛ばすなんて信じられない
光景だった。尻もちをついた樹も唖然としていた。
 だが、母の気持ちも分からないではない。幸也も胸騒ぎがして
確かめずにはいられなかったからだ。見た所で、どうにも
出来ない事は分かっている。それでも、確かめずには
いられないのだ。
 幸也も三和土へ降りると靴を履いた。
「ユキ……」
「僕も行く。お母さん一人で行かすのは危険だしね」
「それなら、僕も行くよ」
「いや、駄目だ」
「どうして?」
「危険だからさ。夜道は暗い。その中を登って行くんだ。
君には無理だ」
「いや、僕だって山くらい登れる。ずっと訓練してきたんだ」
「夜は登った事は無いだろう?」
「だけど、僕一人でここで待てって言うのかい?」
 幸也は靴ひもを結び終えて振り返った。
「君の支度ができるまで待てないよ。寝巻のままじゃ、
風邪をひく。その間にもお母さんはどんどん先へ進んでる。
それに……、傷つかないで欲しいんだけど、君は足手まといなんだ。
僕一人で、お母さんと君の介助はできない。だから、分かってくれ」
「ユキ……」
 樹の寂しそうな表情を見て、幸也の胸は痛んだ。
だが仕方が無い。冷え込む夜の山道を、樹のペースで
登っている暇は無い。下山にだって時間がかかるだろう。
明かりも何も無い中で、怪我でもしたら最悪だ。
「ごめん、若。君はここで僕達を待っていて。それが君に
出来る事なんだ。お母さんの事は大丈夫だから」
 幸也はそう言うと、急いで外へ飛び出して母の後を追いかけた。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

戦争もいよいよ佳境ですね。
正直な所、この戦争そのものは、
あまり物語には関係ないと申しましょうか。
あはははは……(^_^;)
たまたま、そういう時代背景になってしまった為に、
作者は非常に苦労しております。
ですので、どこまで描くか悩みながらの
執筆だったので、少々中途半端な描き方に
なってしまいました。そこに比重を置き過ぎると
話が一向に進みませんし、かと言って、すっとばす、
ってわけにもいかず……。

もうすぐ、この章も終わりです。
やっと終わるのですが、それからが本題って感じで。
尻すぼみにだけはならないよう、頑張りますね。

文緒がここまで乱れるには、実はもっと深い
事情があるのですが、それが分かるのは、
もっとずっと先となります。

NoTitle 

どんどん忍び寄って来る戦火に、普段冷静な文緒まで心を乱してきてることが、悲しいですね。
この戦いが、文緒や、樹、幸也の運命を左右するんでしょうか。
なんとも怖いです・・・。
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