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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 52

2011.07.24  *Edit 

 母の様子がおかしい。
 最近そう感じる。
 子供達の事を心配してはいても、いつもどこか毅然とした態度と、
何かにつけて優しく微笑むような眼差しを向けて来るのに、
ここ最近、どこか虚ろだ。そして、ごく稀に、ふとした瞬間に
頬が僅かに赤らむ。
 朝食の時には、どこか気だるそうな表情を浮かべ、視線を
合わせない。学校から戻って来ると、幾らか落ち着いた様子に
見えるものの、食事中も話し掛けてはこない。
 樹は元々寡黙な方なので、幸也一人が話してばかりいて、
いつもなら瞳を輝かせて聞いてくれているのに、ぼんやりして
満足に聞いていない様子に幸也は首を傾げるばかりだった。
「最近、お母さんの様子がいつもと違う気がするんだけど……」
 朝、家を出てバス停まで向かう道乗りで、幸也は樹に
自分の感じている事を話した。
 樹は暫く考えるような顔をして、それから「そうだね」と答えた。
その後の言葉を待ってみたものの、返って来る様子がない。
幸也はそれを不思議に思った。
 ふと足許に目をやると、樹の力強い足取りが目に付いた。
毎日の事で気付かなかったが、いつの間にかしっかりした
足取りになっている。左右のブレも少ない。横を向くと、
そこには変わらず俯いて足許を見ている樹の姿があった。
 これだけ、しっかりした足取りになってはいても、
空襲警報で車外へ走り出る時の足取りは不安定だった。
徒歩は大分しっかりしてきても、走る事はまだまだのようだ。
「君は……周囲の様子には敏感だろ。だから、とっくに気付いて
心配しているものと思ってたんだけど……」
 樹の綺麗な横顔を見ながら、幸也はそう言った。
「気付いてたさ。本人にも聞いたよ。でも、何も言って
くれないんだ。藤村の小父上から最近よく手紙が来てるようだから、
その内容に何か心配の種があるのかもしれない」
 樹は無表情にそう言った。
 樹が人一倍、母の文緒を慕っている事は知っている。
その相手に対する言動にしては、どこか冷めている感が否めない。
自分の気のせいだろうか。
「本人が何も言わないって言うけど……」と幸也が
言いかけた所で、樹が不意と幸也の方へ厳しい視線を向けて
「言わないものは仕方ない」とややきつい口調で
幸也の言葉を遮った。
「君は……、何だい?しつこく無理やり聞き出すべきだとでも
言うのかい?ふぅにだって、誰にも言えない事、
言いたくない事くらいあるだろう。言ってどうにかなる事なら、
言ってると思う。きっと、余計な心配をかけたく無いと
思ってるんじゃないのかな。あれこれ詮索して、
鬱陶しがられるのは、僕は嫌だ」
 怒気を含んだ顔を見て、幸也は「ごめん……」と謝った。
そんな幸也に、樹は笑顔になる。
「いや、いいさ。息子の君が心配するのも当たり前だもの」
 その話しはそれで終わったが、それでも幸也はどこか
納得できなかった。樹の言う事も尤もだ。だが、あの母は、
きっと心配事があっても決して顔には出さない性分だ。
特に子供らには心配かけまいと、いつも心がけているのを
感じていた。
 そんな母が、子供ながらにいじらしく思え、そして
尊敬していた。だからこそ、あのようにあからさまな様子に
疑問を感じずにはいられないのだった。あの様子を見るにつけ、
余程の事があったのではないか、と思うのも自然では
ないのだろうか。
 だが、そんな幸也の心配を感じたのか、その翌日辺りから、
母は普段の母に戻っていた。まるで何事も無かったかのように。
 この時の母の異変について、幸也は結局母に訊く事が
できなかった。
「お母さん、なんだかいつもと様子が違う気がするんだけど」と、
何故、気軽に言えなかったのか。樹は本人に問うたと
言っていたが、自分は問えなかった。なんだかどこか、
訊いてはいけないような、そんな気がしたからだ。
理由はわからない。
 後年になってこの時の経緯を知った時、幸也は愕然とし、
大きな衝撃を受けた。そして、あの時、訊かなくて
良かったと思った。訊いた所で、教えてくれはしなかった
だろうし、きっと訊かれた事に困惑したに違いない。
 だが、この時幸也は、納得できずに心の底に疑問を
抱えたまま、その真実を知るまでの間、
ずっと忘れずにいたのだった。


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