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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 50

2011.07.18  *Edit 

「どうして、お母さんは若にだけ教えたの?」
「逞しくて強い君には必要ないからじゃないか」
 その言葉に口を噤む。樹の前にいると、頑強な自分が
申し訳無く思えてくるのだった。
「ふぅには、本当に驚くよね。女性なのに、文武両方に長けてる。
柔術を基本に教わった。それから、秋月の綱紀小父上から
合気武術とか言うのも教わったんだ」
「合気武術?」
 大正時代に起こり、小柄な体躯から特異な技を繰り出す事で
話題を呼び、昭和に入ってからは多くの門人が集まり、
次第に名声を博し、軍人や華族、実業家などの有力者達の
支持を集めるようになった。後の「合気道」である。
 綱紀は東京の道場に知り合いの紹介で少しだけ通った事があった。
綱紀自身も柔道と空手の有段者であり、また医者の見地からも、
合理的な体の動きを用いて相手を制する技に感心していた。
「寝技とかも教わったよ。足腰の定まらない僕でも、
相手を倒す事はできるんだ。二人は僕に自信を与えてくれた。
いずれ独り立ちしなきゃならないんだ。いつでも誰かが
守ってくれるとは限らない。そういう先を見越しての訓練さ」
「そ、それは分かったよ。だけど今はまだ、僕が傍にいるんだし……」
「試してみたくなったのさ。自分の力がどこまで通用するか」
「だけど若……」
「いつまでも、子供じゃないんだよ、僕達は」
 そう言う樹の瞳は、どこか大人びていた。
「こんなご時世だ。いつも二人一緒にいられるとは限らない。
いつまでも君を頼っていたら、君がいない時に僕はどうすれば
いいんだ?今日の事はいい機会だったのさ。僕が弱くないって事を
知らしめたかった」
「だ、だけど、あんな事をして逆効果じゃないの?
複数で囲まれたら君一人じゃ……」
 そうだ。それが心配だ。今日の事を根に持って、
仲間を誘って仕返しをしないとは限らない。足が弱いだけに、
逃げるのは難しい筈だ。
「多分、それは大丈夫だと思うよ。今日までの間に十分
根回しはしてあるからね」
「根回し?」
「そうさ。そのせいで、君に寂しい思いをさせてしまったかも
しれないけど、学校中の殆どの生徒は僕の味方なんだ」
 樹は自分の魅力を逆手にとって、殆どの生徒を虜にしていた。
特に、上級生の有力者は皆、樹を崇拝していると言う。
「君は、僕が男を好きなんじゃないか、なんて心配してたけど、
僕は全く、そういう気は無い。ただ、ああいう集団の中では、
崇拝される存在になっておいた方が得だからね。飴と鞭を
上手い事使い分けて、駆け引きを駆使して相手を言いなりにさせる。
こんなに面白い事はないね」
 愉快そうな笑顔に、幸也は二の句が継げなかった。
 自分の知らない一面を見せつけられたような思いだ。
「それならそれで……、僕に教えておいて欲しかった。
今日の事は、僕にはとてもショックだった」
 膝の上の拳をギュッと握りしめる。
「凄く悔しくて……、惨めだった。自分のこれまでを全部、
否定されたような気がした……」
「それについては、済まなかったと思ってる。ユキがここまで
打ちのめされるとは思ってなかった。ただ……、ユキは
性格が真っすぐだから、僕が策を弄して周囲を取りこむ方法に
嫌悪を抱くんじゃないかって思ったんだ。潔癖だしね」
「武術の事は?それもどうして教えてくれなかった?
自分の身を守る術は身につけてるって言った時に、
教えてくれても良かったじゃなか」
 思わず責め口調になる。
「気恥ずかしかっただけだよ。どうせ、いずれは分かる事だと
思ったし。今日見られたのは都合が良かった反面、本当は
あんな場面を君には見せたくなった。男に迫られてる様なんて、
格好悪いしね」
 幸也の姿を認めた時の樹の冷たい瞳。あんな眼を
向けられたのは初めてだった。見られたくない相手に
見られてしまった事に、嫌悪や怒りの感情が湧いたのかもしれない。
「若……、僕は……、君を追い掛けてあそこへ行ったんじゃ
ないんだ。教室で嫌な事を言われて、悔しくて泣けてきて……、
そんな姿、誰にも見られたくないじゃないか。だから、
玄関まで行ったんだ。そしたら……、君がいた……」
 自分が情けなくて、幸也は樹から目を逸らせた。
「君が悔し泣きするなんて、相当だったんだな。その原因は
僕にある、……って言ったら自惚れてる事になるのかな」
 幸也は首を横に振った。
「僕は、ユキが好きだ。物心ついた時から、ずっと僕のそばにいて、
ずっと僕を励まし力づけてくれた。君がそばにいてくれたお陰で、
僕は色んな事に興味を持ち、明るくて自由な君が羨ましくて、
追いつきたくて頑張ってきたんだ。感謝してる。これからも、
ずっと、兄として、そして友として、そばにいて欲しいと
思ってる。だから、……だから、もっと自信を持って欲しい。
誰に何を言われようと、僕が他の人間と親しくしてても、
一番近しい存在なのはユキなんだから」
「若……」
 樹の言葉が幸也の心に深く響いた。こんな風に、
自分の気持ちを語ってくれたのは初めての事だった。
発達が遅かった事もあって、話すのが上手になってからも、
どちらかと言うと寡黙な方だった。
 周囲の様子をよく観察し、人々の心の内を推し量り、
慎重に言葉を選び行動する。一本気な幸也とは違う。
だからこそ、その複雑な内面は理解しきれない部分が
あっても当然なのかもしれない。
『いつまでも子供じゃないんだ』との樹の言葉が浮かんだ。
樹の言う通りだ。幸也は自分がいつまでも子供であった事を
悟った。自分たちを取り巻く周囲は、成長するのに
比例するように複雑になっていく。
 その変化を樹は敏感に感じ取り、その時その時に応じて
自分の身の処し方を決めていた。それは、小学校の時も
同じだったではないか。
 いつまでも子供ではいられない。樹をこれからも
守ろうと思うのなら、もっと大人にならなければいけないんだ。
幸也は樹の言葉から、そう決意した。そして、樹が、
自分を最も近しい存在だと言ってくれた事に、
胸を熱くしたのだった。

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