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雑 記
雑記02


ちょっと障害の話

2011.07.16  *Edit 

本来、重たい話しは苦手です。

例えば自分ちの息子は障害児ですが、だからなんなの?
と思っています。

だから自分は、それ中心のブログにはしないのですが、
障害児の親御さんのブログって、子育て奮闘記みたいなの、
多いですよね。でもって、理解を広めたいとの思いからですが、
障害の説明や勉強的な事まで書かれてあったりします。

極めつけは、本の出版。
「自閉症の子供を育てて」とか、そう言った感じのタイトル本。
自分ちが障害児なもんですから、障害については沢山、
勉強しました。学術書や研究書や療育に関する本ですね。

有名な先生の講習会にも参加しました。
先輩お母さんの子育て本も読みました。
子育て本に関しては、正直な所、内容に優劣があると感じます。
自分にとって参考になりそうな本は読みましたが、2,3冊で
もう、お腹一杯。それ以後は、殆ど読んでませんし、
障害児の子育て中心ブログも殆ど行きません。

何て言うか、暗かったり、大変さを凄い主張されてたり。
勿論、家族は大変な思いをされてますから、当然と言えば
当然なんですが、あまり強く主張されると押し売り的に
私は感じてしまって駄目なのです。

世間の障害児・者に対するイメージが悪いせいか、
子供に障害があると知って親は相当ショックを受けるわけです。
特に発達障害の場合、少し育ってこないと分からないだけに、
親は最初は自分の子供を普通だと思ってるわけで。

しかも、手に負えない部分もあるけれど、妙に賢い部分も
あったりするから、余計です。
中には、ウチの子、天才?なんて思っている場合も……。

そんな子供の様子が、どうも変。集団に馴染めない。
コミュニケーションが上手くいってないみたい。
言葉の理解が悪い。頓珍漢な事を口にする。。。。
等、長い時間を一緒に過ごしている母親がまず最初に
どこかおかしいと思いだし、そのうちに医者へ行く事を
勧められ、訝しげに行ったら障害を宣告され……。
お先真っ暗になる方も多いようで。

ウチの場合は、もう乳児の時から周囲との違いが
明確だったせいか、診断の時には、やっぱりね、と
思ってショックはありませんでしたが。

以前書きましたが、自分の父は身体障害者です。
終戦時に、畑に落ちてた不発弾にやられて、左前腕部損傷。
その時点では、腕はちぎれかかった状態だったそうですが、
当時の医療じゃどうしようもなく、ノコギリでギコキゴと
切断されたそうです。まぁ、恐ろしい……。
その時父は14歳。。。。可哀想ですねぇ。

なので、私にとっては、父は最初から片手の無い人で、
それが当たり前だったので、何とも思わず育ちました。
障害を乗り越えた人を家族に持ってると、障害者だなんて事、
すっかり忘れちゃうんですよ。
大抵の事はできるから尚更です。

だから、自分の感覚としては、父は「障害者」じゃなくて、
片手でちょっと不便のある人。その不便な部分だけ
手助けしてあげればいい人、そういう感覚なのです。
親が障害者だから、地元の障害者との関わりも日常です。

運動会とかあって、一緒に行ってましたし。
日常的に関わっていれば、彼らを特別視する事なんて
無いんですよね。みんな、それぞれに苦手な部分を
持ちながらも、一生懸命生きてるし、得意な部分で
力を発揮している普通の人なのです。

個性なんですよ。
ただ、「個性」と言う言葉は便利です。
「個性」と括ってしまう事で、「個性なんだから平気でしょ」
と、その苦手な部分への思いやりまでも切り捨てられる
可能性が高い。

誰だって、苦手な事の1つや2つあるでしょう。
病気や怪我をした時に、普通の健康な時では分からなかった
世間の不親切を実感するかと思います。
障害児・者に対しても同じだと思うんですね。
苦手な部分、できない事だけ手助けしてあげればいいんです。
過度の手助けは不要です。

呑み込みの悪い子にゆっくり丁寧に教えてあげる。
それは普通に行われて然るべき事でしょう。
でも世間は冷たいです。制度も冷たいです。学校も冷たいです。
でもって、必要ではない事に無駄な時間を割かせます。
すでに習得している事なのに、馬鹿にしてるのか!って
思う内容を平気でやらせます。

読み書きを習得している人間に、あいうえおから勉強させている、
みたいな現状です。
子供は18歳で社会へ出て行かねばならないと言うのに、
いつまでも、雑巾の絞り方、トイレットペーパーの
取り替え方、などを授業でやってたりします。
そんなもん、小学校低学年のうちに習得しとるわ!!

こんなんだから、行政の手当てを貰わねばならない該当者が
増える一方で、財政を圧迫させるんですよね。
ちゃんと教えれば、立派な納税者に成長するのに。
そう思うから、我が家では先行投資で、子供の療育の為に
随分とお金を使って来ました。

療育と習い事、全て合わせて月10万円時代が数年……。
私が住む所は、就学前の療育施設はありますが、就学後は
学校生活=療育と言う考えの許、療育施設がありません。
でも学校は、子供にあった事をしてくれないので、
学校にお任せはできず、利用料の高い民間を利用するしかなく。
そして、それは市内には無いわけなので、遠いのです。
車で毎日送迎です。

金額的にも精神的にも肉体的にも大負担。
週に6日、車で出たり入ったり。
なんせ、学校も送迎ですから。
毎週、ガソリンを給油してました。相当走ってましたね。

でも、疲れましたけど、気持ちは暗くないですよ。
将来の、親亡き後の事を考えると憂鬱にはなってきますが、
それを考えてウジウジしてても仕方ありません。
だって、別れは必ず来るんだから。

そんな事より、その日の為に、今何を成すべきなのか、
それを常に念頭に置いていたので、嘆いている暇はありません。
学校の対応の悪さには怒りまくりですけど(^_^;)
制度にも怒りまくりです。

ただ、怒ってばかりいても、これまた仕方ない。
変えていかなきゃならない事だけど、変わるまでには
時間がかかります。でも子供は待っててくれません。
だから、そういう制度の中でも、どうしたら子供が少しでも
生きやすくなるのか、それを考えてやってきました。

障害がある事も、恥だと思ってません。
蔑視する人はすればいい。誰だって、障害を負う可能性は
等しくあるんですから。

「障害」と言う言葉がイメージ悪いから、この表記が
嫌だって人、多いですけど、私は何も感じません。
そういう表記になっちゃってるんだから仕方ない。
その文字に対してどういうイメージを持つかは個人の問題。
最近は「障害」じゃなく「障がい」だとか「障碍」だとかの
表記をするようになってきていますが。
「しょうがい」には変わりない。

「障害者」と言うと、社会にとってその存在が障害だと
言っているように感じられるとか。
いやいや、違うでしょう。「障害のある人」を縮めて
「障害者」になったんでしょう。
前者のように感じられるのは、それだけ障害者が社会から
隔絶されてるからじゃないのかな。

障害者が普通に、社会の中で当たり前のように健常者と
共生していれば、そんな発想自体が生まれないと思うし。
何かとレッテルを貼りたがるんですよね。
そうして、自分より劣る者と定義して優越感を得たいが
為なんでしょうね。

生きとし生けるもの全てにとって必要な事とは何か。
それは生きる力だと思います。
障害のある人は、自力で生きる力が少し弱いのです。
でも、ちょっと助けてあげれば、生きていけるのです。

自分の子に障害が無かったら、必要最低限の事しか
手をかけなかったと思います。
困難な状況にあっても自分で乗り越える力を身につけて
欲しいからです。
だから、どんなに出来る事が増えても、ちょっとした
手助けがないとそれを発揮できない息子を不憫に思います。

こんな風に産んでしまってごめんねと、自身を責めている
お母さんは少なくないでしょう。私も今でも時々思います。
お母さんのせいじゃないのにね。

普通に生まれて来ていたら、他の子と同じように、
普通に遊んで普通に勉強して、普通に好きな事ができて、
普通に好きな学校へ進学できたんだろうに、
早くから身辺自立、生活自立、社会自立と、
色んな事に取り組まされて、周囲から口うるさく
学ばされ、ハメを外すと叱られて。。。
そんな風に時々思うのです。

今回の進学だって、普通だったら、普通に地元の中学へ行って、
普通に勉強して、好きなクラブや部活動に励み、
好きな女の子ができたりなんかして、辛い事もあるだろうけど
楽しい事もいっぱい待ってたんだろうに、
障害があるばっかりに、そういう子達向けの学校へ
進学して、勉強もそこそこに、自立の為に訓練の日々。。。

普通の中学生らしい生活を送れないんだ……。
なんて思うと、ちょっと切なくなるのです。
でも昔は、生きる事に必死で、こんな現代のお気楽な
十代じゃなかったんだから、こっちの姿こそが、本来の
在り方なんだ、と自分に言い聞かせたり。

社会での生きにくささえ解消されれば、うちの息子は
個性的な愉快で優しい男の子でしかありません。
人が大好きで、お喋りで、親切で、明るくて楽しくて。

一家に一人、ウチの息子♪ 面白くて退屈しませんよ~。
頼まれごとは嫌とは言わずに喜んでやってくれます。
おだてに乗り易いので、何でもやってくれます。
人の悪意を知らず、また理解できない所が少々心配?
でも行く先々でムードメーカーとして有難がられます。
言語理解能力に劣るけど、理解できれば驚くほど
よくできます。

それだけに、知らない人からは過大評価されがちなのですが。
小さい時に周囲の年配者によく言われて、
快く思わなかったのが、
「どこも悪くなんかないわよ。普通よ~」とか、
「昔の子供らしくていいじゃない~」とか。

全然、普通じゃないよ!昔の子供じゃなくていいから、
今の子供でいいから!と内心で思ってました。
その人達が今の息子を見て
「随分、立派になったわねぇ。昔は酷かったのに」
殴ってやろうかと思いました。

やっぱり、酷いって思ってたんじゃない。
「□揮くんは普通よ。どこも悪くなんか無いわよ。
 だから、療育なんか行かせる必要ないわよ」
と、声高に言われた事もありました。
その助言に従っていたら、今の姿は無かったでしょうね。

無責任な他人ですが、だからと言って、身内は理解が
あるかと言うと、そうでもなく。
「あたしの孫が障害児なわけない!」と、障害の診断を
受けた時に、自分の母に言われました。
旦那の両親は、個性だと捉えてました。

誰も大変さを分かってくれない中で、唯一、子供がいない
友人だけが、分かってくれたのでした。
遊びに来て、数時間一緒にいただけで、全てを理解
してくれました。祖父母ですら普通と思ってたのに。

まぁそんな事も、今となっては昔話。
こんな事もあったよね~と笑ってお喋りしています。

障害児がいて、障害の話しとなると、こういう問題は
デリケートと思われて発言を控える方が多いですが、
そんな心配は私に関しては御無用です。

生まれた時から障害者と一緒に暮らしてますから、
障害者や障害者のいる家庭を可哀想とか思う感覚、
無いですから。だから自分の子供の事も、育てにくい
息子がいるって感覚です。

可哀想とか、同情するよりも、大変さを理解して
あげるのが一番かと思います。共感し励ましてあげるのが
当人たちの励みになると思います。

どう見ても普通じゃないのに「普通よ」と言われるのは
逆に傷つきます。何の慰めにもなっていません。
大変さを分かってくれないと悲しくなってきます。

特に男の子の場合、「男の子は言葉が遅いから」とか
激しいパニックも「やんちゃなだけよ」とか言われてもね。
別に、慰めの言葉なんていらないんですよ。
大変さを分かってくれるだけで。
そして、社会や制度の不備に一緒に怒ってくれたら、
なお嬉しいかな。

偏見が無くて、助けてくれる誰かが必ずいる状況であるならば、
深刻に思い悩んで自殺したり心中したりする手段を
選ぶ人もいなくなるのではないかと思うのです。
障害を持つ子供を恥ずかしいと思う人も。

色んな人が当たり前に生きられる、優しい社会に
なって欲しいものです。

さて。春から中学生になった息子。
たいした問題も無く、前期が終了し、昨日、成績表を
持って帰りました。

あまり、よろしくない内容に、母はちょっと怒り気味。
凄く悪いわけではないのですが、勉強レベル低いのに、
この成績には納得できず。
特に英語は、テストは満点だと思ってたのに93点だったし、
成績評価も4。
5じゃない事にショック!

各教科、それぞれに詳細判定と教科教師の所感が
書いてあるのですが、全体的に共通しているのが、
集中力の欠如と、話をちゃんと聞いてないって事。
もう、昔からの課題。
聞いてないから出来ないって状況が評価に及んでる。
本人にも言ってるんですけどねぇ。

折角、できる事が、話聞いてないから発揮できないの。
すっごい損ですよね。
しかも、聞いてないって事で、態度が悪いって
更に評価を低くする。

得意の体育なんて、3ですよ。
詳細見ると、全項目の半分がC(できない)評価。
話聞いてない、自分勝手な行動、協調性がない。

低い評価に親が落ち込んでます。
ただ思うのは、そういう子供に、どういう指導を
先生は試みているのかなぁ~って事。
ただ出来ないって評価だけ下すなら、普通の学校と
変わらないわけで、自己を過小評価しかねないし。

そもそも、普通の小学校で、そうやって否定されて
きた子供が、自己回復する事も、この学校の
教育目標の中にあるわけなので、今後どうなっていくのか、
少々不安だったりします。

小学校は支援級だったので、成績表は細かい項目に対して
○が付いて行くだけの評価で、いつも殆ど良い評価
だっただけに、中学の評価結果、なかなか重たいです。
文書処理なんて、詳細の方ではまぁまぁな内容なのに、
数値評価は2。
唯一の2でしたが、驚きました。

何をもって2になったのか、ちょっと納得いかず。。。
細かい事が気になって、入力に集中できないとか、
姿勢・態度の評価と100文字の文章を10分以内入力、
の項目がCなだけで、あとは全部Aなのに、
何故、数値評価が2になるのか……。
Bが多いなら、まだ分かるんだけど、2つのC以外、
残りの7つ全部Aなのに……。

さ来週に保護者面談があるので、聞いてもいいのかなぁ。。。
ちょっと納得いかなくて。
本人も、あまり納得いかないって言ってるし。
成績の事って、聞いていいのか、悩んじゃいます。

でも、いいよね?聞くくらいは……。。。

小学校とは違うし、私立だし、特殊な学校だし。
でも、評価の基準を聞くのは、今後の子供への
対応の為にもいいよね???

前途多難な感じのスタートっすね……(^_^;)
偉そうなことを言っても、まだまだな親でございます。。。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

確かに、ちょっと難しいですよね。
まぁ、人さまざまで、色んな方がいらっしゃって、
酷く神経質な方なんかですと、キレられる場合もあるので、
触らぬ神に祟りなし的な接し方になっちゃいますよね。

よく知らない人に対しては、触れない方が良いのかもしれません。
ただ、身近な人に対して、あまり神経質にならなくても
いいのかな、と思います。
やっぱりね。特別視されたくないと思います。
だけど大変さは分かって欲しい。そんな感じでしょうか。
別に障害に対する知識なんて無くてもいいんです。
その子自身を見てあげて、大変そうだと思ったら、大変だねと
共感してあげて、助けを求められたら助けてあげれば。
暖かく見守ってあげて、困った時はいつでも手助けするよ、
愚痴聞いてあげるよ、そういうスタンスが伝われば、
きっと、ホッとすると思います。

中にはね。
「甘やかしてるからこうなる」とか、
「躾が悪い」「子育て失敗」とか言う人がいるんですよ。
何さま?って感じです。
思いきり甘やかしている家庭や、ろくな躾もしない放任の
家庭でも、障害がなければ、それなりに育ってる所が
わんさか、なんです。
放っておいても、普通の子なら、それなりに育つんです。
もちろん、まともな大人になるかどうかは別問題ですが。

発達障害の場合、見た目は普通なだけに、
なかなか分かって貰えない。
教えなくても身に付く事でも、教えてもなかなか身に付かない。
タイプも千差万別。
人の性格が、なかなか自分で思うように変えられない以上に、
発達障害の個性は強く、大変なのです。

障害児の生まれる確率は、おっしゃる通り、誰にでもあるんです。
たまたま、それに該当しなかっただけ。
子供は違っても、孫や甥・姪で生まれるかもしれないし。
事故等で高次脳機能障害や身体障害になる可能性だってあります。

ただ、何て言うか、日本は臭い物には蓋をしろ、的で隔離してますよね。
身近にいないのだから、理解のしようもない。
縁も無く、何も知らない人から見たら、自閉症の方のパニック
なんかは、恐く感じて当たり前だと思うんですよね。
でも、小さい時から当たり前のように一緒に育てば、
感じ方捉え方も随分と変わって来ます。
常に医療処置が必要な重度の障害を持った人や
感覚過敏などの特殊なケース以外では、基本、一緒に育ち
学んで欲しいものと思います。

育ちが遅いからそれに合わせての支援級ではなくて、
現実は、みんなに付いていけない余計者は支援級、
みたいな感じなんですもん。
これじゃぁ、いつまで経っても理解は広がらないですよね。

まぁ、何はともあれ、障害のある無しにかかわらず、
その人自身、その子供自身に寄りそってあげれば
それでOKだと思います。^^

Re: NoTitle>kouchan様 

kouchanさん♪

言われてみれば最近は「迷子」って言ってないですよね~。
何でなんでしょう?どうしてそこまで気を使うのか
ちょっと理解できないかも。
こういう場合はハッキリ「迷子」と言った方が分かりやすいのに。。。。

何て言うか、日本はハッキリ言う事に抵抗があるのか、
妙な気遣いなのか、言葉の持つイメージに負を感じると
取りあえず、当たり障りのない言葉でって所がありますよね。
それで誤魔化して本質を見ようとしない。
思いやりと掃きちがえてる気が。
うちの行政では「障がい」って表記です。東京都は多分、
基本そうだったかな。
障害者自身が言葉に神経質になってる部分もあるんですよね。
だから、「障害」と診断されると地獄を付き落とされたような
気持ちになったり。。。。診断されようがされまいが、
目の前の子供の状態は変わらないのに。
それは、手帳取得にも言えて、本人の為に取得する親もいれば、
取得することで「障害児」とレッテル貼られるみたいで
嫌だとか言って取得しない親もいます。
そんな瑣末な事にこだわらず、子供の為に何が必要かを
まず考えるべきなのにね。
診断は、それの1つの目安に過ぎないのに。。。。

くみちゃんの数学ね。
100分で時間余りまくったんでしょう?
出来たって事なんじゃないのぉ~?
確か、理系得意って言ってなかったっけ。
集中力を維持するのって大変よね。
だから、間にちょっと息抜きしてまた復活するならいいんだけど、
ずっと息抜いちゃうもんだから、困っちゃうのよね~。
でも自分も同じタイプだから、子供の気持ちも分からないではないの。
ただ私は、話はちゃんと聴いてるけどね~^^

NoTitle 

narinariさんのように語ってくれる人が、もっと沢山いるといいですね。
とかく、障害児をもつ親御さんに不快な思いをさせやしないかと、妙に気遣って、
話題にしない人って多いはず。(私もそういうところ、あります)
気を遣いすぎる社会。日本人の美徳は、最近どうも的がずれてしまっているような。

私は、障害をもつ子供さん本人や、親御さんを、可哀想だと思ったことはないのですが、
大変だな、少しでも楽に生活できないかなと感じます。
人よりも、時間を取られてしまったり、神経を使ってしまったり、睡眠が取れなかったり、
本当に大変だと思います。
もう4年もネット上で仲良くしている友達も、自閉症ですぐに熱を出してしまう双子ちゃんを育てていますが、壮絶です。
夜も寝てくれず、お母さんは不眠でダウンして・・・。
でも、とっても子供を愛してて、前向きにがんばってらっしゃいます。

そこにはいっぱい愛情があって、何ら普通の親子とかわりなくて。
ただ、大変なんですよね、生活が。体力が。
なんとか、そんな人たちがもっと暮らしやすい社会になっていって欲しいですね。

よく、体の弱い子供を産んだお母さんが「ごめんなさい」と泣くドキュメントを見ますが、
あれは違いますよ。普通に健全に生活してたのなら、まったくお母さんのせいじゃない。

遺伝子の勉強をしていたときに、知ったんですが、
例えばダウン症は1000人に一人くらいの割合で、必ず生まれてくるそうです。
親の遺伝子とは、まったく関係なく、世界中で同じ割合で。
きっと、割り当てなのだと、その遺伝子博士は書いていました。
ただ、その子が自分の家に生まれて来るか、そうじゃないか、それだけの差なんだと。
だから私たちは、たまたま自分の家に生まれてこなかった、その子を産んだ親に、
「その子はかけがえのない命ですが、少しばかり余分に労力を掛けてしまいますね。でも、協力しますね」という気持ちで、
その子と親に感謝と労りと愛情を持たなければならないと。
それを読んで、ああ、そうなんだ・・・と感じました。
その愛情が、障害を持つ人への施設や、制度で無ければならないと思ったんです。

まあ、私は思うだけでなにも貢献は出来ていないんですが、やはり意識は持っていたいなと思います。
長々と、ごめんなさいね。
勉強不足の私が言うのも、へんなんですが。
narinariさんの、さっぱりした子育て感が聞けて、とても良かったです^^

NoTitle 

以前、とあるショッピングセンターで買い物をしてたときに「5歳の○○さんがお連れ様を探しています」というアナウンスが流れたことがありました。5歳の子供にお連れ様も午前様もあるかい!…と思いましたが、要は「迷子」という単語を使いたくなかったみたいです。「障害者」を「障碍者」って書けば何もかも解決したかのようになってるみたいです。問題はそこじゃないと思うのですが。。。
集中力の欠如といえば、この前の模試でくみちゃんが数学100分で悶絶してたらしいです。僕なんて大学入試のときに数学なんて120分もあったのに…。ましゃの妄想に走るのも良いですが、もうちょっとお勉強に集中して欲しいです^^;
因みに、僕は勤務中にくみちゃんのことばかり考えているダメエンジニアですorz
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