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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 46

2011.07.04  *Edit 

 その日から、幸也は樹と距離を置くようになった。距離を
置くと言っても傍を離れるわけではなく、気持ちの上での事だった。
見た目はいつもと変わらない。
 他人からは、分からないだろう。だが、敏感な樹は気付いて
いる筈だ。それなのに、素知らぬ顔だった。それが幸也には
何となく気に入らない。少しは寂しそうな顔でも見せると
期待していたのか。
 自身の中に、自分でも分からない感情が複雑に渦を巻いていた。
幼少の頃から、足取りの覚束ない、言葉も上手く発せない樹の傍で、
ずっと励まし、手助けをしながら生きて来た。
 必死に自分に追い付こうと頑張っていた樹はとても健気で、
少女のような顔貌は愛らしくて可愛くて、常に傍で自分が守って
やらなければと思ってきた。
 足腰の不安定さは残るものの、こうして人並み以上に
成長した樹を誇らしく思う一方で、心も体も常に寄り添ってきた
自分を突き放すような言葉を突きつけられて、なんだか悔しくて、
また寂しいのだった。
 自分が大切に思っている程に、樹は幸也を大事に思っては
いないのか?そんな疑問が湧いてくる。そして、そんな事を
考えている自分が情けなかった。
 複雑な思いを抱えながら一カ月が過ぎた頃、学徒勤労動員で
近くの軍需工場で働く事になった。週に二日ばかりだったが
その間は勉強は無い。二年程前から中学生も勤労奉仕を
課されていたが、いよいよ戦局が厳しいのだろう、成人男性の
多くが出征している為、どこの工場も人手不足で工場生産が
追いつかず、学生の勤労時間も増えていた。
 特に優秀だった二人は、工場の中でも肉体労働ではなく
事務職を当てられた。主に経理である。同じ部署に配属された事に
幸也はほっとしたが、常に行動を共にするわけにはいかなくなり、
自分の目の届かない時の樹の様子が気になって仕方なく、
気付くと計算を間違えていたりする。
 まさか工場の中で間違いは起こるまい。この軍事色一色の
真っただ中で、そんな事があれば逮捕されるに違いない。
そう思う一方で、不届きな輩の無鉄砲な行為に巻き込ま
れるんじゃないか、そんな思いも湧いてくる。
 少し離れた場所に座って仕事をしている樹の方へちらりと
目をやると、涼しい顔で算盤を弾いていた。そう言えば、
運動失調とか言う障害は、手先の微調整なども苦手な筈だった。
それなのに、いつの間にあんなに上手に弾けるようになったのだろう。
 知らなかった。全てを知っていると思っていたのに、
今目の前で起きている事を知らなかった。他にも知らない事が
あるのだろうか。そう思うと、樹が発した言葉は
真実だったと言う事だ。
 日を追う毎に、学校でも幸也が樹の傍から離れる機会が
増えていった。勿論、幸也が故意にそうしている訳では無く、
所用を頼まれる事が増えただけだった。その度に幸也の胸は痛む。
離れている間は心配でたまらない。
 急いで用事を済ませて教室へ戻ると、樹は周囲と楽しそうに
談笑していた。上品な笑みに周囲はどこかうっとりとした瞳で
見つめている。その様を見て、何故かカッと来て、間へ
割り込むようにして樹の隣に腰掛ける。そんな幸也に周囲は
訝しげな視線を送るのだった。
 ある日の昼休み、共に用事を頼まれた級友と教室へ戻る時に
言われた。
「幸也って、もしかして樹の事が好きなのか?」
 その言葉にギョッとし、次の瞬間、顔から体から湯気が
出そうな程、熱くなってきたのを感じた。
「な、な、何馬鹿な事、言ってるんだよっ」
 うろたえている。
「真っ赤だぜ」
 相手はにやりと笑った。
「だ、だって、男同士じゃないか。なんで、そんな……」
 思いもかけない事だったが、何故か心臓の鼓動が恐ろしい程の
速さで鳴っていた。
「いっつも一緒にいるからさ。乳兄弟で一緒に住んでるからだって、
樹から聞いたけど、それにしてもべったりな感じだからさ。
そう言う噂も立ってるしな」
 噂になっていると聞いて、驚いた。従者だのなんだのと
言われているのは知っていたが、そこまでとは思わなかった。
「た、樹は、小さい時から体が弱くて……、今だって
足が少し悪いし。ずっと助けて来たから、だから……
今もそうしてるだけさ」
「随分と律儀なんだな。でもまぁ、樹相手じゃ、当然か」
「なんだよ。相手が樹じゃなかったら、そこまでしないとでも
言うのか?」
 幸也は憮然となった。幸也の怒りを含んだ顔に臆したように、
相手は「すまん」と謝った。
「要はさ。みんな、幸也が羨ましいだけさ」
「羨ましい?」
「そう。男とは思えない程、綺麗な樹といつも一緒にいる幸也が、
羨ましいのさ」
「僕にはわからない」
「だろうな。滑稽なほど、律儀だもんな、お前は」
 『滑稽なほど』と言う言葉に、なんだかカチンときたものの、
矢張り相手の言う事が良く理解できなかった。
 いくら樹が綺麗だからと言って、所詮は男じゃないか。
 戦時下の人手不足の中で、非生産的な行為である男色は
厳しく罰せられていた。幸也にとっては、男色など元から
理解のできない嗜好・行為だと思っているだけに、
男でありながら男をチヤホヤする心理もまた理解できない事だった。
 その一方で、樹の綺麗な顔を見る度に胸を弾ませている
自身の心中には、まるで気付いていない。
 教室へ戻ったら、樹の姿が見えなかった。幸也は慌てた。



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