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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 43

2011.06.27  *Edit 

「若君……、人は誰しも仮面を被って生きているものですよ」
「……ふぅも、なの?」
 樹が顔を上げて、怪訝そうに文緒の顔を見つめた。
 問われて文緒は自身を顧みた。
 自分は自分自身の心に正直に生きて来たつもりだ。
だが時には仮面を被らざるを得ない時もある。
 文緒は黙って頷くと、「違う」と樹が否定した。
「ふぅは、違う。ふぅは仮面を被った事なんて、一度もないよ」
 真剣な顔をして強い口調でそう言う樹に、文緒の顔から
笑みがこぼれた。
「この世の中は、真っ正直には生きていけない仕組みに
なっています。現に、この戦時下で、正直になれますか?
みんな保身の為に言いたい事も言えず、仮面を被っているんです。
家族の出征を喜んでいる仮面を被りながら、心の中では
泣いているのです」
 そう言いながら、文緒は夫や兄達の事を思った。
夫と次兄は内地勤務だが、長兄の綱紀は南方に派遣された。
裕也から来る手紙の内容から推察するに、どうやら南方の
戦局は厳しいようだ。二人の兄は共に文緒を可愛がって
くれたが、上の兄である綱紀は次兄よりも情が濃く、
またよく気が合った事もあり、文緒にとって最も
頼りとなる存在だった。
 樹の乳母になってからは、どれだけ力になって貰った事か。
その頼りの綱紀が徴兵されて、戦地で生命の危険に晒されて
いると思うと、胸が潰れそうなほど、辛いのだった。
「ふぅ……、ごめんなさい。僕……」
 文緒の表情から、その内心を汲み取ったのだろうか。
「僕も……、藤村の小父上や秋月の小父上達の事は心配してる。
みんな、僕に良くしてくれて、感謝してるんだ。あの人達は、
仮面を被って無い。少なくとも僕に対しては……。
そして、ふぅも」
「若君は人の心がよくお解りになる……」
 この子は観察者だ。言葉がなかなか出ず、言いたい事が
あっても言えずに我慢してきた分、周囲の事をよく観察し
理解していた。幼少期から比べたら信じられない程
しゃべるようになったが、周囲の様子を素早く掴む習性が
既に身についているのだろう。だから、学校でもすぐに
自分の立場を理解し、保身の術を巡らせた。
「人の心なんて、わかりはしないよ。ただ、自分に対する
相手の心の内は、なんとなく察せられるんだ」
「そうですね。若君はとても繊細で敏感です。そして、
それでいながら、とてもお強い」
「強い?僕が?」
「ええ。繊細でとても傷つきやすいけれど、その反面、
悔しさを撥条にして、厳しい訓練や勉強を頑張って
こられたじゃないですか。普通の子供にはできない芸当ですよ」
「それは……」
 樹はそこで、口を噤んだ。
「それは?」
 暫くの間、逡巡するような様子だったが、やがて意を
決したように樹は言った。
「それは……、ふぅがいたからだよ」
「文緒がいたから?」
「そうだよ。ふぅの喜ぶ顔が見たかったから。ふぅは
いつも僕のせいで、父上に責められて……、おばあさまにも……。
僕はふぅの笑顔が好きなんだ。だから……」
 薄暗い中でも、恥ずかしがっている樹の様子が伝わって来た。
そんな樹を可愛らしく思いながらも、自分の来し方を
思い浮かべ、自分のやり方が本当に良かったのか、
自省の思いが胸を過った。
『本当の親じゃないから、そこまで厳しくできるんだ』と
佳香に言われた事を思い出した。こうして樹の言葉を聞いて、
矢張りそうだったのではないのだろうかとの思いが湧いてくる。
『喜ぶ顔が見たかった』
 確かにそうだろう。子供心からすれば当然だ。
厳しい顔より、喜ぶ顔の方を見たいに違いない。
「若君……。文緒は少し厳し過ぎましたね。いつも、
若君を追い立ててばかりでした。過酷な訓練を課すばかりで……」
「ふぅ!」
 樹は文緒の言葉を遮るように、ぎゅっと文緒の腕を握った。
「ふぅ、それは違うよ。僕は……ふぅの気持ち、
よくわかってるから。ふぅが僕に厳しかったのは、
僕の事を心の底から思ってくれてるからだって、幼いながらも、
ちゃんとわかってた。だってふぅは、訓練の時以外は、
とっても優しくて……、いっつも僕の事を、心配してくれて、
そして守ってくれた。だから……、僕は少しでも良くなって、
……ふぅを安心させてあげたかったんだ。僕が良くなる事が、
ふぅの一番の喜びでしょ?ふぅが……、好きだから……、
だから……」
「若君……、よくわかりました。文緒の勘違いでしたね。
若君がおっしゃる通り、若君が一人前になられる事が、
文緒の一番の喜びです。そうやって、若君が文緒の事を
思って下さって、とても嬉しいです。本当に、ご立派に
なられましたね」
 ずっと傍にいて、同じ時間を共有してきて、樹の事は
よく解っていると思っていたが、こうして心の内を本人の
口から聞かされると、自身の至らなさを反省させられるのだった。
 自分自身の存在が、樹の糧になっていた。そして、
自分の樹への想いもしっかり本人に伝わっていた事を
改めて知り、胸が熱くなるのだった。
「僕が安心できるのは、ここだけなんだ。文緒の懐の中だけ……。
ここだけは、周囲のどんな喧騒も全て打ち消して、
心穏やかでいられる場所なんだ……」
 樹はそう言うと、文緒の胸の中で静かに目を閉じた。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

樹も段々と大人に近づいてきました。
彼はとても複雑です。
生い立ち所以とも言えるのですが、
こうして表出している部分とは別の顔が
実は隠されているのですが……。

文緒との関係は、樹の人生に大きく影響していきます。

NoTitle 

賢くて、芯のしっかりしている樹。
でも、まだまだ文緒が頼りで、甘えたくて仕方ないんですね。
そんなアンバランスな部分が、これからどうなって行くのか。
一人の人間の成長を見て行くようで、興味深いです。
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