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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 42

2011.06.25  *Edit 

 その晩、左隣に寝る幸也の静かな寝息が聞こえ出してから
間もなく、「ふぅ……」と樹が小さな声を掛けて来た。
 文緒が顔を右に向けると、樹が薄暗い中でじっと自分を
見つめている。
「そっちへ行ってもいい?」
「いいえ、いけません」
「どうして?」
「若君は、来年には中学生におなりあそばします。もう、
小さいお子ではないのです」
「僕はまだ、小学生だよ。中学生になったらしないけど、
まだいいでしょう?」
「いいえ。いけません」
 寂しげな表情で文緒を見る様に、情がほだされそうに
なるのだったが、
もうすぐ文緒を追い越しそうな程に背が伸びてきた樹を、
いつまでも自分の布団の中へ入る事を許すわけにはいかないだろう。
 そろそろ潮時だと、文緒は思った。
 だが樹は文緒の言葉を無視して、文緒の布団に滑り込んできた。
「若君っ!」
 小さい声で諌めたものの、樹は構わず文緒にしがみついてきた。
「ふぅ、お願いだから、今夜だけだから……」
 成長が遅くて長い間小さかった樹だったが、急に
ニョキニョキと伸びだした。それに伴うように、知能の方の
発達も著しく、大人のような事を口にするようになったが、
その心は繊細なままのようだ。
「僕、今日は、疲れたんだ……、とっても……。
体も疲れたけれど、それよりも心の方はもっと疲れた……」
 樹の体が小さく震えていた。幼い時から、精神的ダメージを
受ける度に文緒に抱きついて、その胸に顔を埋めて精神の
安定を図っていた。その頻度は長じるに連れて減ってゆき、
近頃では滅多にない。それだけに、本人が言う通り、
今日はかなり疲れたのだろう。
「しょうがありませんね。若君、今夜だけですよ」
 文緒は軽くため息をつくと、腕を回してそっと抱きしめた。
背中を軽くとんとんする。
「今日の学校での事……、ユキから聞いたんでしょ?」
「ええ。聞きましたよ。すっかり人気者になって
しまったんですってね」
「人気者……、なのかな?」
 僅かに眉を顰める。
「人気者です。だって、若君はチャーミングですもの」
 文緒の言葉に、樹は照れくさそうに笑った。
「やだな、チャーミングなんて。敵性言語じゃないの?」
 米国と開戦して以来、外来語を発するのは禁止されていた。
「ここだけの話しですもの。大丈夫ですよ」
「だけど、女の子みたいな形容詞じゃない?幾ら母上に
よく似てるからと言って、チャーミングは無いと思う」
「若君……、チャーミングとは魅力的って意味ですよ?
女の子みたいと感じるのは、日本人的感覚からくる発想です。
改めないといけませんね」
 樹は黙って笑って頷いた。
 ここだけは、欧米諸国を敵に回して時代が逆行している
日本とは違う世界だ。こんな時代がいつまでも続くわけが無い。
文緒はそう思っていた。だから家では英語は勿論、
外国の歴史の勉強も子供達にさせていた。
「僕、本当は……、彼らに頭を下げたくなんか、なかったんだ」
 樹がぼそりとそう言った。
 文緒は返事の代わりに頭を優しく撫でた。細くて密度を
増してきた髪が、手に心地良い。
「最初は、舐められないように、そして入学式の時の屈辱を
思い出して、奴らを見返してやるつもりで、必死によろけずに
歩いたんだ。みんな、唖然としてた。ざまぁみろ、って思った。
でも……」
 先生が度々、樹を指名する。答える事には何も問題は無い。
いずれも樹にとっては簡単な問題だった。だが、起立と
着席の連続は辛かった。立つ度にふらつきそうになり、
座る度に尻もちをつきそうになる。
 香山教諭の人間性は、家へ訪問して来た時の雰囲気や言葉で
凡その見当はついていた。今日の行為はそれを裏付けた結果だと
樹は理解した。そして、今後の学校生活を考えた末、
休み時間にああいう態度に出たのだった。
「あいつらは、根はいい奴ばかりなのかもしれない。だけど、
軽薄で単純で、状況に流されやすくて……、善良な事も残酷な事も、
深く考えずに簡単にやっちゃうんだ……。だから僕は、彼らに
どんなに親切にされても、彼らを信用できないし、これからずっと、
仮面を被って生きてくんだ……、自分の身を守る為に……」
 最後の言葉を口にすると同時に、樹は身震いをした。

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