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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 41

2011.06.22  *Edit 

「僕、本当にびっくりしたよ」
 夕飯が終わって、樹が風呂に入っている時に、幸也は
学校での事を母に報告した。
 男子はすっかり樹の庇護者になり、女子は「樹さま」と呼んで、
樹の笑顔に遭遇する度に嬉しそうに騒いだ。
 葉山は華族や皇族の別荘が多い。だから、そう言った人種を
よく見かけるが、村の子供達にとっては遠い存在だ。
戦時下だけに、華美な服装はしていないものの、優雅な物腰や
顔つきには、どこか近寄りがたい雰囲気が漂っている。
 そんな高嶺の花が、自分達と共に机を並べ、しかも
華族様らしく威張り散らす事も無く、握り潰せそうなくらい
繊細な様で仲良くして欲しそうに遠慮がちに言う相手に、
低いながらも一応は持ち合わせている子供達のプライドが
くすぐられた。
「僕、あいつらの話しを若にした事なんて一度も無いんだよ?
それなのに若ったら『ユキから、いい人達ばかりだって聞いてる』
なんて言うんだもん。可笑しくて吹き出しそうになっちゃったよ。
あいつら、すっかり気を良くしちゃってさ」
 幸也の言葉に、文緒も笑った。
「あなたの株も、それで上がったんだから、いいでしょう?」
「それはそうだけどさぁ」
 学校が終わって帰る時、みんなが麓まで着いてきた。
「こんな山道を登って行くの、大丈夫なのか?なんなら、
俺達が運んでやろうか?」
 学校から椅子を持ってきて、それに樹を座らせて、何人かで
持って運ぶと言う。それには幸也も驚いた。そこまでしようと
思う程、好意を抱いたのか。
「大丈夫。足の為にも自分で歩いた方がいいんだ。
これも訓練だから」
 樹が無邪気な笑顔を見せてそう言うと、
「お前も大変なんだな。頑張れよ」と、言って、樹の姿が
見えなくなるまで皆で見送ったのだった。
 帰路の半ばまで来た頃、「あっはっはっ」といきなり樹が
大声で笑い出したかと思うと、木の切り株に座りこんだ。
 樹のその様子に、幸也はぎょっとした。
「若、どうしたんだよっ」
 一瞬、躓いて切り株の上に尻もちをついたのかと思った程、
素早い動作だった。幸也の問いかけには答えずに、
腹を抱えて笑っている。一体何がそんなに可笑しいのか。
「あいつら、単純だな」
 笑いを治めた後、涼しい顔で周囲の様子を眺めながら、
そう言った。
「ほら、見ろよ。海が綺麗だ」
 そう言われて振り返ると、西に傾いてきた太陽が、
柔らかく海を照らしていた。もうすぐ夕焼けで赤く染まるだろう。
だが今は、檸檬の飛沫のようにキラキラと光を反射させている。
「学校へ行く時は、足許ばかり見て歩いていたから、
海に気付かなかった」
 華陽院の家は木立に囲まれているので、高台であるのに
海は見えない。三人で散歩に出ると、木立の開けた場所で
いつも海を見ていた。幸也は大きな海が見せる様々な表情に
魅せられてきたが、樹は海を見て何を感じ、何を思って
きたのだろう。
 夏になると、幸也は学校の友達と毎日海で泳いでいたが、
樹は家で水浴びをする程度だった。学校でも、みんな元気に
外で体を動かしている。そんな中で、樹はただ見ている
事しかできない。
「あいつらは単純で扱い易いんだな。僕を哀れな小犬とでも
思ったのかもしれない。下手に出たらあの様さ。これで、
この先、少しは過ごしやすくなったかな」
 海を見る瞳が薄らと赤い。今日の事が、そんなに愉快なのか。
 その時の事を思い出しながら、幸也は母に問いかけた。
「若は彼らを欺いたって事なのかな?」
 文緒は口辺に薄い笑みを浮かべて、「幸也はそう思うの?」
と言った。
 幸也は思った。
 自分には分かっている筈だと。
 教室に登場し、席に着くまでの樹の矜持。入学式の時の
ようには絶対にならない。嘲笑などさせるものか。
そう思っていたに違いない。僅かな距離ではあったが、
それだけの距離であっても、全くふらつかずに美しく歩くなんて、
樹にとっては至難の業である事を、幸也は十分承知している。
 それなのに、なんて見事に優雅に歩いた事だろう。何でも
無いような顔をしていながらも、実際には相当辛かった筈だ。
 そして、休み時間になってから、自分の立場を必要以上に
低くして、自ら彼らの懐に飛び込んだ。誇り高い樹だから、
不本意な事だったろうと思う。だが、これから毎日学校で
過ごす以上、虚勢ばかり張ってはいられない。だから
自分の立場を利用して、居場所を作ったに過ぎない。
ただ、想像以上に、みんなが樹に好意を抱いたと言うだけだった。
「欺いたって言うのとは、ちょっと違う気もするけどね」
 幸也は母にそう答えた。
 そう。結果的には欺いたと言えるのかもしれないが、
欺こうとして欺いたわけではなく、保身から出た行為が
結果的にそうなっただけなのだ。だからこそ、思わぬ展開に
樹は大笑いをしたのかもしれない。
「幸也……」
 文緒が愛おしげに幸也を見た。
「あなたは正義感が強くて優しい子よね。そんなあなたを
お母さんは誇りに思ってるわ。だから、これからも若君の
陰日向となって支えてあげて頂戴ね」
 二人で共に手を携えて生きて行って欲しいと、その目は
訴えていた。母の強い願いを感じて、幸也は「当然だよ」と
笑って答えたが、この時の母の目をずっと忘れられなかった。
 母は何故、敢えてあんな事を言ったのかと、後年幸也は考えた。
 幸也の言葉が樹を批難しているように聞こえたからなのか。
それとも、既にその後の悲劇を予感していたからなのか。
 華樹グループの顧問弁護士を辞める前に、幸也は母の墓前に
報告に行った。自分なりに母との約束は守ってきたつもりだが、
十分役目は果たしたのだから、もう彼から解放されても
いいですよね、と許しを請うような気持ちで墓前に
手を合わせたのだった。
 だが今は、母に頼まれるまでもなく、自分はずっと
樹の味方だと思っている幸也だった。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

或る意味、謎だった樹のキャラクターが、これから
徐々に明らかになってくるのですが、全貌が分かるのは
物語もかなり進んでからになるかと思います。
そして、幸也と樹の関係も、微妙な変化はありつつも、
まだ暫くは大きな変化はありません。

さて、第一部の大きな山へ向けて、どう進んで着地するのか。
現在思案しながら執筆中でございます。
第一部が、こんな長丁場になるとは思っていなかった
作者は、収拾をつけるのに苦労している次第でございます……(^_^;)

NoTitle 

弱々しい印象だった樹の、別の顔が見えてきましたね。
いままで堪えてきたことが、いい意味でのしたたかさになって出てきたのかな。
これから、二人の関係も何か変化していくのでしょうか。
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