ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・クロスステッチ第1部 <完>
第9章 染まる染まらない~第15章 許されざる者許す者


クロスステッチ 第1部第14章 雨 第3回

2010.03.31  *Edit 

 翌日、理子は熱を出して学校を休んだ。昨日は、帰宅するとすぐに
風呂に入って、体を念入りに洗った。まだ渕田の感触が残っている
ような気がして気持ち悪くて仕方無かった。入浴後は袖の特に長い
服に着替えた。手首の痣が見えたら親に何を言われるかわからない。
手や顔の傷は、転んだと言って誤魔化した。雨に濡れたせいもある
のだろう。朝起きるとだるくて、熱を測ったら38.3℃だった。
そうでなくても行きたくなかったので、ちょうど良かった。
 どんな顔をして登校したら良いのかわからない。増山の顔だって、
見れやしない。まだ、ショックが冷めやらないのだ。それに、渕田の
顔を見たら、恐怖に襲われそうな気がした。


 理子は翌日になっても学校へ行けなかった。熱は下がっていたが、
金曜なので、このまま月曜まで学校へ行かなくて済むと思うと楽だった。
親には、まだ体の調子が良く無いと言った。嘘ではない。具合は悪くは
無いが、気力を失っている分、元気だとは言い難い。母は、娘が元気の
無い様子なので、彼女の言葉をそのまま信じた。普段、滅多に休む事が
無いだけに、季節の変わり目で体調を崩したのかもしれないと思ったの
だった。
 増山は、木曜日の朝、事務員から理子の欠席の連絡を聞いて驚いた。
風邪を引いて熱があると言う。珍しい事だった。増山が赴任してから、
初めての事だ。教室へ行くと、理子の席のそこだけがポッカリと穴が
開いたような感じがした。その、理子の席の後に座っている渕田が、
顔に青痣を作っている事に気が付いた。口の端が切れていた。喧嘩でも
したのか?
 増山は心配になって、休み時間にメールをしたが、理子から返事は
来なかった。昼休みに、枝本が訪ねて来た。枝本も顔に痣を作っていた。
 「どうしたんだ、お前、その顔は・・・」
 「いえ、ちょっと・・・。それよりも今日は先生に頼みたい事があって」
 「何だ、頼みって」
 「実は渕田の事なんです」
 「渕田?あいつも顔に痣を作ってたぞ。お前ら、喧嘩でもしたのか」
 「そうです。理子の事で」
 増山はその言葉に驚いた。
 「り・・・何でお前らが吉住のことで喧嘩をするんだ」
 枝本は明らかに怒っていた。何故、怒っているのだろう。
 「あいつ、普段から理子にしつこく付きまとってるんですよ。
理子も凄く迷惑してて、何度も嫌だと言ってるのに、一向に止め
ずに絡んでくるんです。茂木も俺も、凄く心配で、あいつに警告
したんですが、断られて喧嘩になったんですよ」
 渕田に絡まれて迷惑している事は、理子から既に聞いている。
だから、その話しを聞いてからは、それとなく、渕田の様子を窺って
いた。だが、ここのところは、そういう節が感じられなかった。
だから枝本の訴えを聞いても、あまりピンと来ない。
 「喧嘩は、良くないな」
 増山はそう言った。だが、警告されて尚、断って喧嘩になるとは
どういう事だろう。
 「僕だって、何も喧嘩したくてしたわけじゃないですよ」
 「一体、どういう警告をしたんだ?」
 「理子には彼氏がいるんだし、本人も嫌だと言ってるんだから、
いい加減絡むのは止せと言ったんです」
 成る程。まぁ、妥当な内容だろう、と増山は思った。
 「それで先生、お願いと言うのはですね。渕田の席を理子から
離して欲しいんですよ」
 枝本の言い方に、増山は気を悪くした。枝本の言い様(よう)を聞いて
いると、まるで枝本が理子の彼氏みたいだ。この願いだけを聞いている
と、一体何の権利があってそこまで言うのかと思えてくる。彼氏では
ないから、ナイト気どりか。
 「お前の言い分もわからないではないが、ちょっと一方的じゃ
ないか?渕田の言い分も聞いた方がいいんじゃないのかな」
 「そんな必要はありませんよ。嫌がってる女の子に、何度言っても
絡んでくるヤツの言い分なんか聞いてどうするんですか?」
 枝本の語調は強かった。どうしてここまで怒っているのだろうと、
不思議に思った。枝本が理子にまだ想いを寄せている事は増山にも
わかっているが、それにしてもこの怒り方は尋常ではないように思えた。
 「わかった。じゃぁ、考えとくよ。今日は吉住も休みだから、
すぐじゃなくてもいいだろう?」
 「できれば、今日中にお願いしたいですね」
 枝本はそう言うと、職員室を出て行った。
 どうしたものだろう。
 増山は考える。元々、理子から言われて席替えを考えるには考えた
のだった。再び理子にメールをしてみたが、返事が来なかった。
そんなに具合が悪いのだろうか?
 増山は考えた末、帰りのホームルーム終了後に渕田を職員室へと呼んだ。
 「お前、枝本と喧嘩でもしたのか?」
 その言葉に、渕田は驚きの様子を示した。
 「何で、そんな事を聞くんですか?」
 憮然と答える。
 「今日の昼休みに枝本が俺の所に来てな。お前の席を変えて
くれって言ってきた」
 「わざわざ、そんな事を言いに来たんですか。余所のクラスの人間が」
 「それはそうだが、普段からお前が吉住に絡んでるのが目に余る
から忠告したのに、断ってきて喧嘩になったと言っているんだが」
 「なんで、余所のクラスのあいつに、そんな事を言われなきゃなら
ないんでしょうかね。彼氏でも無いのに、あいつにそこまで言う権利が
あるんですか?」
 「でも、吉住は嫌がってるだろう」
 「そんな事は無いですよ。俺達、結構、仲いいんですよ」
 渕田の言葉を聞いて、増山は決めた。
 「以前、本人からも、お前の事について苦情を言われた事があるんだ。
なのに、まだ絡んでるんじゃ、席を移ってもらうしかなさそうだな」
 増山の言葉に、渕田は睨んで来た。増山はその目を睨み返す。
 「お前、殴り合いの喧嘩なんかして、試合に出れなくなったら
どうするんだ?」
 増山にそう言われて、渕田は引いた。
 渕田を返した後、もう一度理子にメールをすると、
“心配しないでください”との、簡単な返事が来た。やっと返事が
来た事に安堵した増山だったが、その内容があまりにも簡素なので、
気になった。
 翌日登校すると、理子はまた休みだった。本当に、どうしたと
言うのだろう。昨日の枝本の切羽詰まったような印象が引っかかる。
休む前日は、いつもと変わらず元気そうだったし、二日も続けて
休むようには見えなかった。
 昼休みにメールをしたが、返って来たメールには、“大事を取った
だけです”と書かれてあるだけだった。どうしてこんなに、
素っ気ないのだろう。
 今日は金曜なので補習クラスの日だ。それが終わった後、増山は
思い切って、帰宅途中に理子の家を訪ねてみた。
 「あらっ、増山先生。どうなさったんですか?」
 突然の訪問に、理子の母は驚いた。
 「いえ、二日も続けて休んだので、どうしたのかと思いまして・・・」
 「昨日は熱を出して寝込んでまして。今日はもう熱は下がったよう
なんですが、まだ体調が芳しく無いと言うものですから。季節の
変わり目ですし、疲れが出たんじゃないでしょうか」
 「そうですか。今日は補習クラスの日でもあったので、プリントを持参
してきたんですが、本人に会えますか?」
 「そうですねぇ。寝込んでいるほどでは無いようだし、折角ここまで
来て頂いたんですし。じゃぁ、どうぞお上がり下さい」
 増山は母親に促されて、中へ入った。
 「今、本人を呼んで来ますから・・・」
 「あっ、いえ、良かったら僕の方から行かせて貰えませんか?学習
環境も見ておきたいし、体調が優れないなら、起こすのも可哀そうですし」
 「でも・・・」
 猜疑心の強い母は、躊躇した。年ごろの娘の部屋へ、担任とは言え
若い男を入れるのに抵抗がある。増山は、その母の心を敏感に悟った。
 「部屋のドアは全開にしておきますから、心配なさらないで下さい」
 「そうですか。わかりました」
 母はそう言うと、増山を理子の部屋へと案内した。
 階段を上ると、短い廊下が有って、正面奥にドアが有る。その右側に
もう一つドアがあり、母はそのドアをノック無しにいきなり開けた。
だが、大きくは開かず、顔だけを差し入れた。
 「理子、増山先生がお見舞いにいらしてるんだけど」
 「ええっ?」
 思いもよらない母の言葉に理子は驚き、動揺した。
 母は、理子の様子を見て、別段変な格好をしているわけでもないので、
ドアを大きく開けて、自分の後に立っている増山を部屋へ入れた。それ
を見て、理子は更に驚愕した。まさか、母がここまで連れて来ていると
は全く思っていなかったからだ。猜疑心の強い母だけに、この行動は
余計に信じ難かった。
 増山は驚いている理子を尻目に部屋へ入った。6畳ほどのこじんまり
とした洋室だ。東南の角に面しているようで、東と南に窓があり明る
かった。北側、つまりドアの隣の壁に沿ってベッドが置いてあり、机は
東南の角に置いてあった。南の窓に面して向かって右側の西壁にクロー
ゼットと本棚があった。本棚には本がぎっしり詰め込まれている。机の
前にも括(くく)り付けの本棚があり、そこも一杯だった。
 女子高生の部屋にしては、女の子らしさがあまり感じられないが、
所々にさりげない可愛らしい小物が置いてあったり、壁の隅にラベン
ダーのドライフラワーがぶら下がっている。目を引いたのは、本棚の
一角に飾ってある、姫路城のプラモデルだった。思わず手にとって見て
みると、これが良くできていた。塗装までしてあって、城郭の庭の部分
や石垣の一部にはコケを模した緑のパウダーが吹きかけてあり、樹木ま
で付いている。これで人形も付いていたらちょっとしたジオラマだ。
 「お前、これ凄いな」
 と言って、ベッドに座っている理子を振り返って、更に驚いた。
ベッドの隣の壁に、飛行機のコックピットのポスターが貼ってあったのだ。
 「おおっ!」
 思わず唸る。こんなポスターを見るのは初めてだ。しかも、女の子の
部屋で見ようとは。
 「これは珍しいな。こんなポスターがあるなんて知らなかった・・・」
 増山はポスターに目をやったまま、理子のベッドの前に座った。
理子は布団に入ったまま、起き上がった状態だったので、珍しく増山の
方が理子を見上げるような形になった。
 理子は顔色が悪かった。
 「どうしたんだ?お前が休むなんて初めてだ。しかも二日も続けて・・・」
 「すみません、ご心配をおかけして」
 伏せ目がちに理子は答えた。どうも様子が変だ、と増山は感じる。
昨日は熱があったと言う。だが今見る様子では、具合が悪そうには
見えない。勿論元気にも見えないが。この程度であるならば、自分が
見舞いに来た事に驚きはしても、もう少し嬉しそうな様子があっても
おかしくない筈だ。二人きりの時に自分を見る理子と、明らかに違う。
本人は平気を装っているようだが、今日に限って言うならば、それは
失敗していると思った。
 声をかけようとして、人の気配に気づいた。階下から静かに階段を
昇ってくる感じがするが、何故か足音がしない。理子と目が合った。
それを見て、理子も気配を感じ取っているように思えた。
 間もなく、入口に人影が射した。理子の母がお茶を持って現れた。
ドアを全開にしてある為、ベッドに向かって座っている増山と入口に
立つ母はすぐに目が合った。増山はすぐに笑顔になる。
 「すみません、どうかお気づかいなく」
 そう言って、軽く会釈をした。
 母は増山の前に座ると、持ってきたお盆ごと、増山の前へ置いた。
 「いえ、こちらこそ、わざわざお越しいただいて・・・。ところで、
理子の受験の方はどうなんでしょう?大丈夫そうですか?」
 「まぁ、ご心配なく。今のところ順調です。その件に関しては来月の
三者面談の時にまた詳しくお話しますから。今のところは余計な
心配をなさらなくて大丈夫です」
 「そうですか」
 母は安心したように言うと、静かに部屋を出て行った。階下へ
到着した様子を感じて、増山は再び口を開いた。
 「お前のお母さん、何で足音をたてずに歩けるんだ?」
 「いつもの事です。いつもああやって、静かに音をたてずにやって
きて、いきなり部屋のドアを開けるんです。今はドアが開いたまま
だから気配を感じられますけど、普段は閉めてますからドキっとします」
 「そう言えば、ここへ案内された時も、ノックもせずにいきなり
ドアを開けたから驚いた」
 なんで、そんな事をするのだろう?増山には理解できない。
 「今日休んだから、補習クラスのプリントを持ってきたぞ」
 増山はそう言うと、鞄の中からプリントの束を出して、理子の前に
突き出した。理子がそれを受取ろうと、布団の中から出した手を見て
増山は驚いた。手の甲に擦過傷と痣が有ったからだ。少し上へ上がった
袖口から覗く手首も心なしか変色している感じがした。
 増山の様子にすぐに気付いた理子は、慌てて手を布団の中に入れた。
 「理子・・・」
 理子は顔を背けた。その顔を間近でよくよく見ると、頬に小さな
引っ掻いたような傷が幾つかあり、唇の端が少し切れている。
 「理子。手を出して見せてくれないか」
 増山のその言葉に、理子は頭を振った。
 「じゃぁ、どうしたのか聞かせてくれないか」
 「・・・ちょっと、転んじゃったの。階段コケちゃって・・・」
 増山には、理子の言葉が信じられなかった。階段から転んで出来た
傷のようには思えない。
 「理子、頼むから俺に見せてくれ」
 だが、理子は見せようとはしない。
 仕方なく、理子の二の腕を掴むと、「痛いっ!」と理子が苦痛に
顔を歪めた。増山は、そんなに強く掴んだつもりはなかったので、
その理子の反応に驚いた。
 驚きながらも、布団から理子の手を出して、見た。
 両方の手に傷を負っていた。そして、両手首に紫色の痣が線状に
付いている事に驚愕した。
 「これはっ・・・」
 理子を見た。理子は顔を背けていた。髪が顔にかかっているので
表情がわからない。
 増山は昔、似たようなものを見た事が有る。大学時代に付き合って
いた女が縛られるのが好きで、よく頼まれて縛った事が有る。きつく
縛ると痕が付く。それによく似ていた。だがまさか、そんな・・・。
 「理子、お願いだ。こっちを見てくれ。俺を見るんだ」
 増山は懇願した。
 「昨日、枝本が俺の所に来た。渕田の席を変えて欲しいって。
・・・二人とも顔に痣があった。喧嘩したと言っていた。お前の事で」
 増山の言葉を聞いて、理子が増山の方を見た。その目は怯(おび)えていた。
 「どうした。何があったんだ。俺には話せない事なのか?」
 増山は静かにそう言った。
 「ごめんなさい。・・・ここでは、話せません・・・」
 理子が小声でそう言った。
 階下でまた人の気配を感じた。上がってくる様子は無いが、どうやら
下から様子を窺っている気配がする。確かにこれでは、立ち入った
話しは出来そうもない。
 増山は理子の手を優しく握った。
 「わかった。じゃぁ、明日、俺のうちへ来い。また迎えに来るから」
 理子は黙って増山を見た。躊躇(ためら)っている様子が窺える。
 「ここで話せないなら、うちしかないだろ。それに、とても不安そうだ。
このままにしておけない」
 増山の言葉に、理子はポロリと一粒涙を零した。それを見て、
抱きしめてキスしたい衝動に駆られたが我慢した。
 「明日、10時に迎えに来るから」
 増山はそう言い残して部屋を出た。

スポンサーサイト


*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。