ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 39

2011.06.16  *Edit 

「若、本当に大丈夫なの?」
 肩を並べて山道を下りながら、幸也は心配げに樹に訊ねた。
「大丈夫って、何が?」
 小鳥が煩い程さえずっている木立の中で、斜めに射す
朝の光が樹の白い横顔を輝かせていた。足許に注意を
払いながら歩いている俯き加減のその顔は、幸也の心配を
余所に明るい表情だった。
 少女のような美しい顔が僅かに頬を蒸気させ、微かに
開いている淡紅色の唇からは軽く吐息が洩れている。
常に身近で見て来て、十分見慣れている筈の幸也なのに、
何故か今朝はその顔を見て胸がざわめく。
 こんな風に、朝の爽やかな陽射しの中で、健康そうに
頬を蒸気させた明るい表情を見るのが初めてだからか。
確かに新鮮ではある。だが、それとは少し違うと感じる。
「ユキ……?」
 問われて幸也はハッとした。
「そ、その……、何年も学校へ行って無くて、突然行く事に
不安を感じないのかな、と思ってさ」
 樹の頬が僅かに緩んだ。
「不安は感じて無い」
 その言葉に幸也は驚いた。
「どうしてさ」
 樹がとても繊細な事を幸也は十分知っている。入学式の時に
樹が酷く傷ついた事も分かっているし、当然だと思っていた。
「周囲の反応に、もう慣れっこになったから、かな」
「慣れっこって……。それでも少しくらいは不安に
なるもんじゃないの?」
 自分が樹だったなら、きっと不安でたまらないだろう。
五年も行かない事で、既に人々からは忘れられた存在に
なっている。その中へ突然姿を現すのには抵抗を感じる。
況して身体にハンデを負っている。
「不安になったからってさ。何か変わるの?何も変わらない。
逆に、怯えているのが周囲にもすぐに伝わって、
舐められるのがオチさ。人が僕をどう捉え、どう思おうが、
僕が僕である事に変わりは無いんだ。違うかな」
「……違わないよ……」
 いつの間に、こんなに大人びたんだろう。
 自分よりも月齢は半年下で、その後、半年違いとは
思えない程の大きな差がついて、幸也の中では樹は弟の
ような存在だった。それなのに、目の前にいる樹は、
まるで自分よりも年上のように堂々としている。
「ユキ……、ひとつ頼みがあるんだ」
「頼み?」
 樹の方を見ると、相変わらず視線は足許にあった。
表情にも変化は無い。
「僕の事を『若』と呼ばないで欲しいんだ」
「ええっ?」
 急な申し出に幸也はうろたえた。
「家では構わない。でも、外ではやめて欲しいんだ」
「そう言われても……」
 言葉が出るようになってから、ずっとそう呼んできた。
名前化してしまっていると言っても過言ではない。
「い、今さら言われても、困るよ」
 幸也がそう言うと「困るのは僕の方なんだ」と樹が返してきた。
「華陽院と藤村の関係から、自然とそう呼ばれているけれど、
それは他人には関係の無い事だろ?ユキは僕の家来でも
使用人でも無い。ユキだって、そういうつもりで『若』と
呼んでるわけじゃないだろう?単なる呼称になってる。
でも、周囲はそう思わない」
 樹の言葉に、幸也は口を噤んだ。
 そして、登校初日の事を思い出した。樹の事を『若』と
言った時の周囲の反応。
 華族の子供、足が悪い、滑舌も悪い。それだけでも、
からかいの対象だ。それらは避けようも無い事実だが、
呼称に関しては別だ。
 幸也は樹の傍で、華陽院の大人たちの樹への反応や態度を
嫌という程、見て来た。そして学校へ入ってからは、
子供らの羨望と嫉妬の様も。
「わかったよ。だけど、何て呼べばいいのかな」
「樹、でいいじゃないか」
「呼び捨てかよ」
 幾ら、名前化した呼称とは言っても、『若』からいきなり
呼び捨てと言うのも、流石に抵抗を感じる。
「じゃぁ、他にある?あるならそれでもいいけど?」
 幸也は考えた。だが、何も浮かばない。苗字では呼べない。
長くて言い難いし、如何にも華族っぽくて派手派手しい
名称でもある。じゃぁ、名前に君づけと考えてみたものの、
何だか変だ。
「僕達、兄弟みたいなものなんだし、別にいいじゃないか、
呼び捨てでも」
「いいの……?」
 幸也は、妙に恐る恐ると言った感じで問いかけている
自分を不思議に思った。自分の提案ではなく、本人が
そう言っているのに、何故こうも畏れに似た感情が
湧いてくるのか。
「いいから言ってるのに」
 それはそうだ。
「ただ……、ふぅの前では止めた方がいい」
 明るい物言いだったのが、急に厳しいような声音に変わった。
「いちいち使い分けるの、大変だろうけど」
「うん。分かった。気を付けるよ」
 文緒は躾に厳しい。身分差別をしているわけではないが、
立場と言うものを重んじている。樹はどこまで行っても、
藤村家にとっては一族本家の嫡男である。
 藤村家は縁戚であって、家臣ではない。だが、本家を
補佐する役目を担っている。あくまでも、下の立場にある。
だから、呼び捨てなどしているのを聞いたら、
激怒するに違いない。
 互いにその事は熟知している。
 そう確認しあっていたら、突然、視界が開けた。
 二人は学校へ到着したのだった。


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(4)

~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

第一章もそろそろ終焉間近になって参りました。
二人とも成長してきて、これから二人の絡みも
増えてきます。
共に成長してきてはいますが、微妙な立場の違いと
性格の違い……。
今後の物語にどう繋がっていくのか……。
お楽しみに♪

NoTitle 

この二人の少年の微妙な立場と、それぞれの想いも興味深いですね。
なにより樹が、賢くてきれいな子に成長しつつあって、うれしいです♪

Re: NoTitle 

万葉集ですね。
柿本人麻呂は好きな歌人です♪

NoTitle 

東(ひむかし)の 野にかぎろひの 立つ見えて
かへり見すれば 月かたぶきぬ 

柿本人麻呂
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。