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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 36

2011.06.09  *Edit 

 文緒の厳しい教えと樹の頑張りが効を奏し、樹は四年生に
なる頃には通常のレベルにまで追いついた。だが、文緒は
手を緩めない。更に上を目指すよう、自分の範囲を超えた
学問に関しては、夫や兄の伝手を頼って家庭教師を数人雇った。
この家庭教師には、幸也も共に学ばせた。
 知的レベルは高くなってきた樹だったが、足腰の弱さは
まだ心許ない。乳児の時から嫌と言う程、取り組んできたが、
こちらの伸びは亀よりも遅いと言わざるを得ない。
 樹の祖母の佳香などは、「いい加減諦めて、補助具を
使うとかしたらどうなの?」と言ってくるが、
文緒は諦めなかった。
何故なら、樹自身が諦めようとしなかったからだ。
「若君……、おばあさまが、そろそろ補助具の助けを借りた方が
良いのでは?とおっしゃられてるのですけれど、どうなさいます?」
 樹は軽く眉間を寄せて「ふぅはどう思う?」と訊ねてきた。
 樹の瞳は薄い琥珀色のままだった。感情が読めない。
「若君はよく頑張ってこられたと思っています」
「それは、もう頑張らなくても良いと言う事なの?」
「若君のお気持ち次第、と言う事です」
 琥珀色の瞳が色濃くなってきた。こげ茶のようになれば
恐怖心を現すが、茶系の瞳が何故か濃紺のようになる。
怒りの感情が湧いてきた時だ。
「僕はもう……、これ以上は良くならないの?だから、
そんな事を言うの?」
 滑舌はまだ良い方ではない。濁音がはっきりしない。
そのせいか、喋りだけを聞いていると幼く感じるのだが、
ここ最近、樹の背が伸びて来て、今では幸也と同じになっていた。
もうすぐ文緒を追い越すのではないだろうか。
「いいえ、そうではありません」
 と答えたものの、医者でもない自分に確信を持った事は言えない。
「僕、覚えてるよ……。学校へ上がる前に、本郷の病院に
行った時の事。その時にお医者の先生が、言った言葉を」
「若君……」
「このまま続けていけば……、成人前には、常人と
変わらなくなるって言ってたよね?」
「そうでございましたね」
 あの時の医者の言葉に、文緒はどれだけ嬉しく思い、
また励まされた事か。だが、その後も遅々とした進歩に
疲れて来ているのも確かな事だった。まるで進んで
いないわけではない。だからこそ頑張ってきたのだが。
「僕……、まだ、十歳だよ」
 樹の言葉に文緒はハッとした。
「大人になるまで、まだたくさん、時間がある」
 樹は鋭い視線を文緒に向けていた。
「僕は……、まだ諦めたくない。このままじゃ、
いつまでたっても、みんなの笑い者だ。学校のあいつらや、
茂にまで馬鹿にされて……、父上だって……」
 美しい顔が、悔しさで歪んでいた。
「それなのに……、ふぅは諦めるの?僕がずっと
このままでも、いいの?」
 文緒は思いきり頭を振った。溢れてきた涙がこぼれ落ちる。
 樹の口から初めて聞いた、心の底に溜まっていた思い。
 何も言わずに、ただ文緒の厳しい訓練に耐えて頑張って
来たその背景に、そういう強い思いがあったんだと知り、
文緒の胸は痛んだ。
 本人の為を思ってとは言え、毎日毎日、厳しく過酷な訓練を
課してきた。運動選手だって、ここまではやらないだろうと
思われる程、ありとあらゆる事に取り組んだ。
 小さい子供が嫌がる事なく、言われる通りに素直に
取り組む姿に頭が下がる思いだった。良くなりたい。
そう思っている事は分かっていたが、周囲の自分に対する
態度に悔しさを募らせていた事は微塵も気付かなかった。
何度も文緒の胸に頭を擦りつけてきたと言うのに。
「申し訳ありません……。若君のお心も知らずに……。
文緒も諦めたくなどありません。ただ……、ただ……、
これまでずっと厳しい訓練に耐えて来た若君を思うと、
この先もそれを続けていく事が、果たして若君にとって
良い事なのか、疑問に思ったのです。だから、若君がもう
嫌だとおっしゃるなら、ここでやめても良いのではないかと……」
「それなら僕は、やめないよ」
 涙に濡れた顔を上げると、樹の瞳の濃紺が薄まっていて、
琥珀色の瞳に僅かに青い翳りを漂わせていた。
「ふぅ……、ここまで頑張ってきたのに、諦めたら
そこで終わりだよ。僕は、どんなに時間がかかっても、
諦めたくないんだよ」
「はい……。文緒もです。……若君がそのお気持ちなら、
文緒はこれからも容赦ないですからね」
 泣きべそをかきながら笑顔でそう言うと、樹の顔が
ぱぁっと明るくなり、暗かった瞳も金色に輝いたのだった。
そして、「ふぅは、泣き虫だね」と言って、文緒を抱きしめた。
 文緒はまだ幼さが残るその腕の中で、樹の成長ぶりを
嬉しく思うのだった。


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