ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 34

2011.06.04  *Edit 

「樹くん、どうしてもイヤかな?」
 香山教諭の言葉に、樹は変わらずそっぽを向いたままだった。
その口は固く閉ざされている。
 学校が始まって一週間が経った頃、担任の香山教諭が訪ねて来た。
香山は三十代前後の大人しそうな顔をした男性教諭で、不安げな
面持ちで樹と対面した。
 頼りなげな先生……。
 入学式に顔を合わせた時にそう思った文緒だったが、再び会った
印象は矢張り変わらない。
 香山教諭は困惑していた。
 入学式に来ただけで登校拒否になってしまった児童。実際に
通学して、いじめに遭ったと言うなら理解できる。だが、
まだ具体的な被害に遭った訳ではない。周囲の雰囲気だけで
学校へ来るのを拒否するなんて、繊細を通り越して精神が弱すぎる。
そう思っていた。
 言葉を尽くして樹を説得しようとしている香山を見て、
文緒は香山の内心を見透かしていた。
 この人には無理だ。そう思った。
 華族の子供は学習院へ進む者が殆どだ。東京に住んでいれば
当然の事だが、華陽院の本邸はここ葉山だ。だが、東京には
別邸がある。本来なら、東京へ移住して学習院へ通うのに、
親である寛は晴香と離れたく無くて地元の尋常小学校へ入学し、
その息子は見捨てられたように東京行きの話しなど微塵も出なかった。
 華族総親戚。
 殆どの華族は、婚姻により繋がっていた。近親婚を嫌う
華陽院ではあるが、血が濃くならない程度の範囲で婚姻を
結んでいる。その中へ、樹のような子供を通わす事など、
鼻から考えもしないのだろう。
 血縁関係の濃い華族の子息、子女は、出来が素晴らしく良いか
素晴らしく悪いかのどちらかで、所謂、普通に属する子供は
あまりいない。学習院は華族の子供だけではなく、平民の裕福な
家庭の子供も入学できるが、学校内では明確な家格による派閥がある。
 そんな複雑な場所へ樹が入っていける訳もないのだが、
これほど障害が顕著だと体面に傷がつく。寛は自分と晴香の
神聖な愛に傷を付ける存在だと樹の事を思っている。学習院へ
入れれば、華族中に知れ渡り、もの笑いの種になる事は間違いない。
 そう信じている寛からすれば、樹を学習院へやる事など
毛頭考えられないのである。
 そんな華族様の内情など分かる筈もない香山教諭は、
自分は貧乏くじを引かされたと思っているようだった。
或る意味、真面目なのかもしれない。自分の義務を果たすべく、
わざわざこうしてやってきた。
 だが、それは子供を思う気持ちからではなく、あくまでも
自分の保身の為だ。態度や口調、そして説得内容からして、
見え見えだった。文緒ですらありありと分かるのだから、
敏感な樹には完全に相手の心の内が読めていただろう。
 まるで聞いていないような態度だった。
 だが、文緒には分かる。無表情ではあるが、香山教諭の言葉を
しっかりと聞いている。聞いていて無視を決め込んでいるのだ。
 樹の意思が固い事は、既に承知している。
 文緒は香山教諭が段々憐れに感じて、助け舟を出す事にした。
「先生……。若君は元々、お体が強くは無いのです。それでも
入学式の日は大分調子がよろしくて参加されたのですけれど、
一日行っただけでかなりお疲れになられてしまって。先生の
お気持ちは大変、ありがたいのですけれど、他のお子さん達と
机を並べて風邪でもうつされたら大事になりかねませんので、
今後は自宅学習とさせて頂きたいのですけれど……」
 文緒の言葉に、香山教諭は当惑したような顔をした。
「こちらの方から、校長先生へ話しを通しておきますので、
先生は心配なさらなくて結構でございますのよ」
 文緒は冷ややかにそう言った。
 結局のところ、この教師は無粋だ。
 普通の家の子供ではない。樹の母である晴香は病弱だった為、
地元の小学校へ席を置いたまま、一日も登校せずに自宅学習で
過ごした。平民の子供なら義務教育と称して学校へ来る事を
促しに熱心な教師は通うのだろうが、相手は華族様である。
 華族の家や実業家などの裕福な家庭では、学校へは行かさずに
家庭教師による教育を施す家庭は少なくない。その事に対して、
取り立てて大騒ぎする方が、要は馬鹿なのだ。
 文緒の言葉と態度に、香山教諭はこれ以上ここに居ても
仕方ないと悟ったようだった。相手がじかに校長に話すと
言うのだから、いち教諭の出番はもう無いだろうと理解したらしい。
 それでも帰り際に、「何かありましたら、いつでも
ご相談に乗りますので」と言い残していった。
 心にも無い事を平気で言う。本当に相談に行ったら
困るだけだろうに。だが、それが世間と言うものだ。
 教諭を見送って部屋へ戻ると、樹が文緒に抱きついてきた。
「ふぅ…、ごめんなさい……」
 少し舌足らずな調子でそう言った。
「どうして、謝られるのです?」
 樹は長い睫毛を伏せたまま、目を合わせない。春の柔らかい
陽射しが、美しい顔に優しい陰影を与えていた。淡紅色の
小さい唇が小さく動いた。
「いやな、思い…、させた…」
 美しい顔の眉間が僅かに歪んだ。文緒はそんな樹の頭を
そっと撫でた。
「若君……。嫌な思いをされたのは、若君の方でしょう?
文緒はちっとも嫌な思いなんてしていませんよ。若君を
お守りするのが文緒の勤めでもありますし。ただ……、
私に悪いと思われてらっしゃるのなら、学校へ行かない分、
家でみっちりお勉強を頑張って頂きたいですね」
 樹が小さい頭を上げて文緒を見た。不思議そうな瞳をしている。
「それで……いいの?」
「勿論です。でも、文緒は厳しいですよ?」
 笑顔でそう言う文緒に、樹は小さく頷くと「わかってる」と
言って、文緒に再び抱きついたのだった。


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。