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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 32

2011.05.29  *Edit 

「どうしたの。お母さんと間違われるのが嫌なのかい?」
 文緒の微妙な態度に気付いたように綱紀が訊ねて来た。
「嫌と言うのとは違うの。自分でも上手く表現できないんですけど、
複雑な思いが湧いて来て……」
「ふぅ~ん……」
 綱紀はテーブルの上で指をトントンさせながら、暫く何か
考えているようだったが、アイスクリームを食べている樹の方を
チラッと横目で見てから言った。
「お母さんが嫌なら、叔母さんだね」
 その顔はにんまりと笑っている。
「嫌だわ、お兄様ったらっ」
 文緒は赤くなって横を向いた。
 そんな文緒に横から樹が声をかけてきた。
「ふぅ……、おいしいよ」
 その声に反対側へ顔を向けると、樹が匙をくわえながら笑っている。
「そう。それはおよろしいこと」
 文緒はにっこりと笑う。金色の瞳が輝いている。今日は一日
機嫌がいい。周囲の雰囲気がいつもより良い事を察知して
いるのだろう。そして、文緒はこの瞳の色を見ると、
胸が高鳴り心が躍る。
「樹君。今日は遠出で疲れたろう。甘いものは疲労回復に
いいんだよ。今日一日頑張ったご褒美だね」
 綱紀の言葉に樹は笑顔で頷いた。
「矢張りこの子は賢い子だね」
 笑顔のまま、綱紀が文緒に向かって言った。文緒は黙って頷く。
 樹に対し、赤ちゃん言葉で話しかける大人が多い中で、
綱紀と夫の裕也は一人前の人間として話しかけている。
周囲は知的遅れがあると思っているからだが、例えそうだとしても、
その言葉かけはあまりに相手を馬鹿にしているように感じられる。
そういう内心が樹にも伝わるのだろう。殊更幼稚な言葉かけを
してくる人間に対しては反応しない。
 普通の子供に接するのと変わりなく、平易な言葉で話しかけて
くる相手には必要な受け答えをしている。そして、自分を一人前に
扱ってくれる相手に対しては大層機嫌が良いのだった。
 そんな様子を見るにつけても、この子が知的に劣っているとは
思えない。
「この子の能力をここまで伸ばしたのは、君の働きかけが
あったからだよ」
「お兄様……」
「この子は元々、頭の良い子なんだと思う。ただ、神経系の
障害が原因で育ちが遅かった。外部からの働きかけが無ければ、
そのまま育たずに終わった可能性も高いんだ。周囲の軋轢にも
耐えて頑張っていた事は裕也君からも聞いている。世間は
まだまだ厳しいからな。この先も大変だとは思うが、負けずに
頑張ってくれ。他人事のように聞こえるかもしれないが、
僕からはそれしか言えない。ただ、いつでも君たちの味方だから、
遠慮なく頼ってくれよ」
「お兄様、ありがとう」
 綱紀は、この年齢の離れた妹を小さい時からいつも
可愛がってきた。そして、美しく聡明で優しい妹に
慕われるのが嬉しかった。この妹の縁談が持ち込まれた時、
相手が藤村裕也だと知って胸を撫で下ろした。
 裕也は弟の文博と同じ歳で帝大経済学部の同期だった。
深い付き合いは無いものの、同期としての付き合いはある。
学問において優秀な裕也は大学では有名人だったが、
人間性においても優れていると評判だった。
 弟から裕也の評判を聞いた時、出来過ぎていると思った。
表面上の評判は良くても実際の中身はわかったものじゃないとの
思いもあったが、その後実際に会ってみて、全く評判通りの
人間である事に感心したのだった。
 この男なら任せても大丈夫だろうと思った。本人同士も互いに
尊敬しあい、愛し合うようになった。藤村の家は経済と
法律に明るく、家計の心配もいらない。幸せな人生を
歩めるに違いない。
 それがまさか、華陽院の子供の乳母に文緒が選ばれる事に
なるとは、全く予想もしていなかった誤算である。それでも、
普通の子供であったなら、苦労もそんなに大きくは無かっただろう。
 自分の子供でもないのに、障害を負っている子供を必死に
育てている妹には、ただただ頭が下がる思いだ。そして自分は、
そんな妹を応援せずにはいられないのだった。
「お兄様は専門家だから、とても頼もしい存在なんです。
これまでも、どれだけ助けて頂いたか。本当に感謝してますわ」
 黒目勝ちの濡れた瞳が綱紀の心を揺さぶる。心の底から
頼られている。感謝されている。昔からそうだった。
妹のこの眼差しを受ける度、この娘の力になってやらなくては、
と思うのだった。


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