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小説・散 華
    〃     弐 31~60


散 華  1.夢の通い路 31

2011.05.25  *Edit 

 就学する少し前、文緒は医者である兄の綱紀の紹介で、
樹を専門医に診て貰った。
 沈丁花の香りも終わる、暖かい日だった。幸也を藤村の
舅に預けて、文緒は樹と共に本郷にある帝大医学部付属病院へ
足を運んだ。兄・綱紀の師である久留米博士を通して、
綱紀の甥と言う事で診察してもらう。
 華陽院の名を出せば、近衛家から寛の方へ伝わるだろう。
自分の息子の状況を広く世間に知られたくない寛が知れば
激怒するに違いない。
 鉄道は葉山まで来ていない為、逗子駅まで藤村家の車で
送ってもらい、横須賀線に乗って東京駅まで行き、そこから
乗り換えて本郷につくのに半日がかりだった。
 初めての遠出で、道中心配だったが、樹は大人しく
ちょこんと座席に座り外の景色を珍しげに眺めていた。
その瞳は金色に輝いていて、機嫌の良さを現していた。
 色素の薄い金色の瞳をした樹を見ると、とても知性に
溢れた利発そうな子供に見える。自らの言葉に寄る意思表示に
障害をきたしてはいるが、知的遅れがあるとは思えない。
 生後間もない頃からずっと傍にいるだけに、文緒はそれを
強く感じる。だから上手く話せないと言う事が、周囲からは
知的にも劣っていると受け止められるのがとても悔しいのだった。
 言語の発達は脳の中枢神経だけでなく精神の発達にも
影響を及ぼすと、兄から聞いた。言葉を発せない事で
樹の精神の発達にどれだけ影響しているのだろう?
 上手く喋れない樹に、喋る訓練と同時に文字も教えた。
本人が意思表示をする事に強い欲求を抱いているように
感じたからだ。覚えは幸也ほど早くは無かった。喋れないと
言う事で文字の意味をすぐには理解出来なかったからでは
ないかと、文緒は後から考える。
 すぐにやり方を変え、文字そのものではなく、色んな物の
名前と同時に単語としての文字を教えた。口で練習し、
目に訴える。その為に文緒はかるたを利用し、かるたに
無い言葉は自ら絵カードを作った。
 これは効を奏し、樹は目を輝かせて楽しそうに取り組んだ。
幸也も興味を示し、自身で絵と言葉を書いて樹に教える
ようになり、その幸也の様子を見て、樹自身も真似るように
なった。
 そのお陰で、活舌の問題はあるものの、随分と多くの
言葉を覚え、発するようになったのだった。
 この日も出掛ける時に、車を見ては「くるま」と言い、
鉄道を見ては「てっどう」と指さしながら笑っていた。
その笑顔は愛くるしく、微笑ましかった。
 水道橋の駅に到着し、そこから歩く。
 歩行はまだまだ千鳥足だが、手を繋いでいる分には、
多少体が左右に揺れる程度で、楽しそうな表情も相俟って、
元気な男の子が軽く体を揺すりながら歩いている印象を
周囲に与える。
 この日行われた検査による診断は、文緒にとって多くの
喜びをもたらした。最初に言われた運動失調の診断名は
変わらないものの、これまで文緒が取り組んできた事が
かなりの効を奏している事を指摘された。
 そして、最新の医療機器による検査で、樹の障害は
このままの調子で訓練を続けていけば、成人前には常人と
変わらない程になると言われた。
 知的な面も、障害が原因で若干の遅れはあるものの、
本人自身が持つ潜在的能力には期待できるものがあり、
時期が来れば一挙に前進する可能性が高いと指摘された。
「お母さん、よく頑張りましたね。あなたの努力は必ず
報われる日が来ますよ」
 優しい医師の言葉に、涙が溢れてきた。
 そんな文緒に樹が抱きついてきた。心配そうな顔をしている。
 樹は文緒が泣くと、必ず心配そうな顔をして抱きついてくる。
「若君……、これは嬉し涙なの。だから、心配なさらないで?」
 涙を拭いながら微笑むと、樹も微笑み返してきた。
 優しい子……。
 文緒はいつもそう思う。
 晴香も優しい女性だった。きっと顔だけでなく心も母親に
似たのだろう。そう思うと、余計にこの子を立派に
育てなくてはと思うのだった。
 病院を後に、横浜へ寄った。
 兄の綱紀と待ち合わせ、報告を兼ねて食事を共にした。
 文緒の報告に、綱紀は安心したように顔を綻ばせた。
「良かったな。君のこれまでの努力を思うと本当に頭が
下がるよ。よくやったね」
 文緒は首を横に振った。
「若君の為に必死になって頑張ってきたのは確かだけれど、
一番頑張ったのは若君よ。どれだけ辛く大変だった事か……。
私、随分と厳しくしてきたし」
 樹は二人の視線を受けて、少し照れたような笑みを浮かべた。
それを見て、矢張りこの子は周囲の会話をちゃんと理解している、
と思うばかりだ。だからこそ、本人を前にしてうっかり
した事は言えない。
「だけど、お母さんって言われて戸惑っちゃったわ」
「はははっ。お母さんみたいなものじゃないか」
「それはそうかもしれないけれど……」
 確かに母代りとして育てて来たし、実子ではなくても、
実子と同じくらい愛している。それでも、矢張り自分は
母では無いんだとの気持ちが強くある。既に実母はこの世に
いないのに、何故こうも、自分は母親ではないと否定的な
気持ちを強く持つのか、文緒自身にも分からないのだった。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>千菊丸様 

千菊丸さん♪

自分のやってきた事が肯定されて、文緒も一安心しましたね。
樹にお乳をあげ始めてから、情が移ってしまったんですね。
元々優しい女性ですし、不憫な立場の樹だけに、
その情も一層募るのかと。。。。
ハンデを追ってしまったからこそ、人の感情に敏感で繊細な樹。
これからどう育ち、今後の物語がどうなっていくのか、
お楽しみに(^^)

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

文緒は愛情深い優しい女性ですよね。
樹が、この人の養育されたのは幸運でした。

ただ、この二人の因縁が、後の愛憎劇に繋がるとは
誰も思いも寄らない事でしょう。
あっ、ネタばれ……(^_^;)。

NoTitle 

文緒の、樹への愛情が伝わってくるエピソードですね。
寛は相変わらずですね・・まぁ、この人には何も期待できないわ。
幸也も良い子に育ってくれましたし、樹も可愛いですね。
文緒の愛情を一身に受けて、樹がどう育つのか、気になりますね。
異母弟の件のこともあるし・・

NoTitle 

文緒の愛情が、すごく伝わってきますね~。
そして樹がかわいい!
純粋で優しくて、愛情には愛情で応えようとする子。
文緒が一生懸命樹の為に尽くそうとする気持ちが伝わります。
このさき彼らに何が待ってるのか、気になるところです・・・。
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