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小説・散 華
1.夢の通い路 壱 1~30


散 華  1.夢の通い路 30

2011.05.21  *Edit 

 昭和十三年春。
 樹と幸也は地元の尋常小学校へ就学する事になった。
 樹は文緒の指導の元、涙ぐましい努力を重ねた。
 それでも、まだその足取りは覚束ない。体を真っすぐに
維持するのが大変で、すぐにふらつく。だが躓いて転ぶ事は
大分減っていた。言葉の方も、活舌は悪いものの、たどたどしくだが
基本的な日常会話は出来るようになっていた。
 就学に際し、新しく主治医になった河井医師が成長の遅れを
考慮して就学猶予を願い出たら良いのではないかと提案したが、
寛に却下された。
 名誉ある華陽院家の者が就学猶予など、不名誉過ぎて
許せないと息を巻いた。だがそうは言っても、明らかに通常では
ない樹の姿を衆目に晒す事にも抵抗があった。
 そこで寛はあまりにも馬鹿げた事を言い出したのだった。
「『藤村樹』と、偽名を使って入学させる事はできないだろうか」
 幸也の双子の弟とせよ、と言うのだ。
 それには大殿が反対した。寛は初めて見る父親の、憤怒で
切れそうな顔を見て自分の提案をあっさりと引っこめた。
 寛としてみれば、それはあくまでも建て前であって、
養子縁組をするわけではない。表面上の体面を保つ為に、
関係者に金と権威で口裏合わせをさせるだけの事だと
簡単に考えていた。
 だが機を見るに聡い寛は、父に逆らってまで自身の意見を
通そうとは思わなかった。父が怒った理由は分からないが、
従うべき所は従う。
 隠居して爵位も貴族院議員の議席も息子に譲ったとは言え、
まだまだその発言力と影響力は大きい。
 二年前に、二・二六事件が起こり、前年には盧溝橋事件を
きっかけに日中戦争に突入した。第一次近衛内閣が成立し、
時局は複雑で厳しさを増している。
 こんな時に、親子が仲違いしていては将来に禍根を
残さないとも限らない。
 文緒は、思いも寄らない寛の提案に愕然としたが、
すぐに気を取り直した。寛の仕打ちには既に慣れっこに
なっており、寛の態度が軟化する事を期待するのもとっくに
止めていた。
 樹が成長してくれば、見る目も少しは変わって来るのでは
ないかと最初は思っていたが、夫である裕也からの話しや、
自分が見て来た事を照らし合わせて、寛の人となりを見切っていた。
 それに何より、異母弟・茂の存在がある。
 四歳下の弟・茂は現在二歳と四カ月。
 順調な成長ぶりを示し、やんちゃで活発な健康優良児だった。
母親や女中の手を振り払っては屋敷中を駆け回り、時に東の
対屋までもぐりこんで来る事も多々あった。
 一度、歩行練習をしている樹とかち合い、自分よりも大きな
樹の覚束ない足取りを見て、馬鹿にしたように大声で笑った。
何も分からない幼子の振る舞いではあるが、その事に傷ついた
様子を樹が示したのを見て、文緒は深く胸を痛めたのだった。
 文緒は茂がこちらへ来ないよう、女中に厳しく注意した。
母親の久恵も別の意味で二人の接触を避けたくて、同じように
厳しく女中に言い渡していたのだが、すばしっこい茂を
追いかけまわしているうちに見失ってしまうようで、
その後も度々、東の対屋へ入りこんで来るのだった。
 そんな元気な茂を寛は可愛がっていた。そして久恵は
現在二人目の子供を身籠っている。
 離れのような東の対屋に住んでいるだけに、仲睦まじい
家族の団欒を目撃している訳ではない。だが、状況を鑑みるに、
寛は晴香との時のような情熱的な愛の日々を送ってはいないが、
一般的な安定した平穏な日々を過ごしていると思われる。
 そしてその暮らしの中には、樹の存在は無いのだ。
 名のある家では、家名の名誉や体面を守る為に樹のような
障害のある子供を土牢に閉じ込めたり、幽閉して外へは
出さないようにする所もある。そういう家に比べれば、
寛の仕打ちはまだましなのかもしれない。
 だがいずれ、樹を廃嫡して茂を嫡子にする申請を宮内大臣に
する可能性は大きい。
 当時、華族の婚姻や相続に関する事は、全て宮内大臣に
届け出て承認を得なければならない決まりになっていた。
そういう時代の背景事情があったからこそ、文緒は樹の為に
必死にその成長を促してきたのだった。


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