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小説・散 華
1.夢の通い路 壱 1~30


散 華  1.夢の通い路 25

2011.04.30  *Edit 

「何をするんだっ」
 樹にとっては祖父でもある大殿が、目を剥いた。文緒は慌てて
樹に駆け寄り抱き起こす。樹は文緒の胸に顔を沈めて、首を
しきりに横に振っていた。不安と恐怖を感じている仕草だ。
「こいつのせいで、……晴香は死んだんだっ!こいつが!
こんな風にまともじゃないから、晴香は嘆きやつれて
肺炎になったんだ」
 真っ赤な目に怒りがこもり、寛の顔はまるで阿修羅の
ようだった。
「何を言うんだ。お前と晴香の子供じゃないか」
「お、俺は……子供なんて別に欲しくなかったんだ。ただ、
この家の後継ぎを作る事は俺の使命だから、……だから
子供ができてほっとした。だが俺が一番大事なのは晴香なんだ。
こいつが障害児だろうが、病気で死のうが、俺は悲しくも
なんともない。ただこいつに何かあれば、晴香が嘆き悲しむのが
分かっていたから、俺なりにこいつを大事にしてきただけだ。
それなのにっ……。晴香がいなければ、俺にとっては全ては
無意味なんだよ。我が子であってもだ」
 そう言って、憎悪の眼差しを樹に向けた。
 それを受けて、文緒の心は氷ついた。
「どうしてですか?お姉さまは、愛する旦那様の子供だからって、
それはもう深い愛情を注がれていたのに……、なのに、どうして?
…最愛の人の忘れ形見じゃないですか……」
 自分の瞳から涙がこぼれてくるのを感じた。子供は愛し合った
二人の証しではないのか。
 寛は鼻でふん、と嗤った。
「そうさ。樹は愛する晴香の忘れ形見だ。伯母上が引き取りたい
とかおっしゃってたが、樹を余所へやる訳にはいかない。
この家で育てて行く。だが、俺が愛するのは晴香だけだ。
例え、愛する晴香の忘れ形見で我が子とは言っても、
愛せないものは仕方が無いだろう。愛せと言われて愛せるなら、
誰も苦労はしないんだ。……君には済まないが、これからも
樹の世話を頼む。晴香の遺言でもあるからな。今まで通り、
君の自由にやって構わない」
 寛はそう言うと、自室へと引きあげていった。

 樹と共に東の対屋へ戻って来た文緒は、部屋へ入るなり、
樹を抱いたまま尻もちをつくようにその場に座り込んだ。
 憤怒と憎悪と、身も凍るような冷たさのこもった寛の瞳を
思い出し、文緒は鳥肌が立った。
 この家で、これまで通りに若君のお世話ができる。
 それは喜ばしい事ではあったが、晴香のいないこの屋敷で、
今後の事を考えると暗澹たる思いに駆られる。果たして自分は、
この子を守っていけるのか。
「ふぅ……」
 小さな声が自分を呼んだ。
 いつもよりも色濃い瞳が、文緒の胸を衝いた。
 しっかりしなければ。
 そう自分を奮い立てるが、涙が溢れて来るのを止める事が
出来なかった。無性に悲しい。晴香がいなくなった事で
強い孤独を感じた。
 私ひとりで何ができると言うのだろう。
「若君……ごめんなさい、……ごめんなさいね」
 抑える事のできない自分自身を哀れにも、情けなくも思い、
文緒は樹に詫びながら、その小さい体を抱きしめたのだった。
 その晩、大殿の計らいで文緒の部屋に夫である裕也が泊まった。
文緒と裕也が枕を並べ、裕也の隣に幸也が、文緒の隣に樹が
眠っている。
「あなた……、お疲れ様でした」
「君こそ、大変だったね」
 横になって互いに顔を見合す。
 文緒は自分を労わる夫の眼差しに、氷が融解するように
心が和んでくるのを感じた。
「僕は今日、初めて君の苦労を知ったような気がする」
 妻を乳母として奪われ、大事な息子も妻と共に華陽院家へ
上がって以来、寂しい想いを強いられてきた裕也だった。
 とは言え、妻は泊まりはしないものの、頻繁に我が家に
顔を出した。共にやってくる樹に対し、最初は複雑な思いを
抱いていた裕也だったが、それもすぐに解消され、幸也の
弟のような存在になり、彼に障害があると分かってからは
妻に協力した。
 樹は美しく、そして純粋で、懸命に自分の障害と戦っている。
そして、そんな樹と共に全力で戦っている妻と、一緒に
頑張っている我が子の姿には深く感銘せずにはいられなかった。
 我が子では無くても、心を動かされると言うのに、
実の父親である寛のあの態度には、裕也も納得がいかなかった。
しかも樹は晴香によく似ている。その姿を見て、彼女の分身の
ように感じ、愛情を注ぐ事はできないのだろうか。
「文緒……。晴香様が亡くなられて、君は孤独を感じて
いるだろうが、君は独りじゃないからね。大殿だって、
あの寛君の態度には心を痛めている筈だ。だから今夜はこうして、
僕にここへ泊まるように言ってくれた。そして、これからは
今まで以上に君に協力してやって欲しいとも」
「あなた……」
 文緒は夫の言葉に驚いた。
「僕は、大殿に言われるまでもなく、君に協力するつもりだ。
これまでもそうしてきたが、これからはもっと君を支えるよ。
だから、ひとりぼっちだと思わないでくれ。僕は若君が
不憫でならないんだ。そして、そんな若君の傍にいる君もね……」
 裕也はそう言うと、布団から手を出した。
 文緒は優しい夫の心が胸に沁み、自分もそっと手を出すと、
夫の手と重ね合わせた。大きく暖かい手がそっと自分の手を握り、
文緒の孤独を一掃するように力が込められた。
 この人の妻になって良かった……。
 深い眼差しを受けて、また前向きに頑張っていけると、
文緒は思うのだった。


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