ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・散 華
1.夢の通い路 壱 1~30


散 華  1.夢の通い路 23

2011.04.22  *Edit 

「あの……?」
 佳香は何を言おうとしているのか。
「今までずっと、樹と晴香の為に尽くしてくれて感謝しています。
でも母を亡くした以上、矢張りちゃんとした後見が必要でしょう。
寛はあんな調子だし……。女主人が居ない家で育てるのでは
何かと不便も多いだろうし」
 淡々とした佳香の口調に、文緒は信じられない思いだった。
「あなたには感謝してるわ。ずっとこの家に縛り付けられて
きたけれど、もう、いいのよ、帰っても」
 文緒の体が強張った。お役御免と言う事なのか。
「裕也さんにも、幸也くんにも悪い事をしたわね。でも、これで、
やっと家族の元に戻れるのよ。本当に、ありがとう」
 佳香はそう言って文緒の手を握った。その顔をそっと窺うと、
寂しそうな笑みを浮かべていた。
 文緒は何も言えなかった。言葉が出て来ない。出てくるのは
別のものだった。それは、佳香が部屋を去った後、怒涛のように
溢れて来た。
 嗚咽が洩れる。
 最初に乳母の話しがあった時、身が引き裂かれるような
思いがした。愛する夫と別れて暮らす悲しみと寂しさ。
だがそんな悲しみも、目の前の樹と向きあっているうちに
いつのまにか薄れていった。
 必死に自分を求めて来る美しい幼子は、自身の子供である
幸也同様、大切な存在となった。
 授乳が終わっても、養育係として育ててきたが、実際は
母親と言っても過言ではない程の関係だった。
 通常発達ではない樹の為に、文緒は全霊を込めて必死で
頑張って来た。それは、養育係とか乳母とかの自分の立場だから
当然の務めとしてやってきたわけではなく、樹への愛情が
そうさせたのだった。
 ここまでお育てして、お姉さまも亡くなって、これからだと
言うのにお別れしなければならないなんて……。
 別れる時は、若君が立派に育った時と思っていただけに、
文緒にとっては青天の霹靂だった。
 お傍を離れるのは嫌……!
 姉とも敬慕していた晴香が亡くなって、その忘れ形見を
立派に育てる事を唯一の拠り所としていたのに、それすら
奪われる事に、文緒の中にやり場の無い怒りが湧いてきた。
 しかも、まだ晴香が亡くなったばかりで、人々は悲しみの
心を一端余所へ置いて無心で葬儀の準備をしていると言うのに、
こんな時にそんな事を言うなんて。
 あの方も愛娘を失って、悲しく寂しいのだろう。だから
目の前の樹が、その形代(かたしろ)として欲しくなったに
違いない。樹の様子は晴香とよく似ている。女子と見紛うほど、
可憐で美しい。
 色素の薄い澄んだ琥珀色の瞳で見つめられると、泉の底から
清らかな水が湧きだすように、心が洗われるような思いになる。
そんな樹を前にすると、文緒はいつも、この子に対して自分は
いつも誠実でいなければと思うのだった。
 これまでの日々を思い出す。そしてこれからの事を思う。
 身体に障害を抱えて、佳香の許でどう育っていくのだろう。
 孫可愛さに甘やかされ、あのまま自立できずに育つとしたら。
 そう思うと身も凍る思いだ。
 そもそも晴香が心身ともにあんなにも弱かったのは、育てた
母親にも原因があるのではないか。蝶よ花よと大事にし過ぎて、
外の世界を知る事も無く、ただただ弱い存在として大人に
なってしまっていた。
 再会した時、幼い時に逢った彼女より、更に儚げな印象に
驚愕した文緒だった。
 あの方にお任せしたら、若君も同じように……。
 いや、そんな風に考えるのは畏れ多い事だと、文緒は自戒した。
 そして、自分が今できる事を考えた。
 別れるとは言っても、今すぐと言うわけではないだろう。
葬儀が済むまでは、それどころではない筈だ。
 文緒は涙を拭い、鏡を見た。
 そこに映る自分は、なんだか別人のように感じられた。
大事な人を失い、更にまた、もう一人失おうとしている。
こんなに不幸な顔をした女を未だかつて見た事がない。
 初めて藤村裕也と逢った時、文緒は自然と自分の頬が熱く
なっているのを感じた。それは頬だけではなく、胸の底も
同じだった。
 整った顔立ちに、知性の光を瞳に宿し、落ち着いた雰囲気は
学者のようだった。優しげな笑みを口の辺に浮かべ、
「はじめまして」と出て来た声は深い森が溜息をついたような、
心の底に響く心地良さだった。
 とても礼儀正しくて、年長の男が小娘を見るような
目つきではなく、どこまでも対等な目線で接して来る裕也に、
文緒はこの人なら、と思った。そして、それから結婚までの間に
重ねた逢瀬で、その思いは深まった。
 結婚し、生活を共にするようになっても、裕也はそれまでと
全く変わらず、年下の文緒を対等に扱ってくれた。立派な
人となりと、男としても魅力的な夫に、文緒は全幅の信頼と
愛情を寄せている。
 その夫の元へやっと戻れると言うのに、少しも嬉しそうな顔を
していない鏡の中の女。
 原因は矢張り、自分の使命を果たし切った訳ではないからだろう。
若君を立派にお育てする。若君の晴れ姿を見てこそ、自分の役目が
終わるのだ。それを途中で投げ出さねばならない事が辛いのだ。
 結局、乳母に上がる時も、下がる時も、自身の本当の気持ちとは
別の所で自分の身の振り方を決められてしまっている事が、
残念であり、虚しさを感じるのだった。



スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(2)

~ Comment ~

Re: NoTitle>lime様 

limeさん♪

一生懸命に頑張ってきて、まだお別れする時だとは
思っていなかっただけに、文緒にとっては
晴天の霹靂であり、はいそうですか、と簡単には
納得できないですよね。

華族様は、勝手な方が多いのでしょうか。
フィクションだけど……(^_^;)
華陽院家の血、かな。。。

NoTitle 

文緒の気持ちが、痛いほど伝わってきます。

そして、私もあの晴香があれほどまでに弱々しく育ったのは、
佳香のせいが大きいような気がします。

樹を渡したくないよね~~文緒。><
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。