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小説・散 華
1.夢の通い路 壱 1~30


散 華  1.夢の通い路 19

2011.04.04  *Edit 

 母屋にあたる南の対屋へ行く事は普段滅多にない。
最初にここへ呼ばれた時と、樹のお食い初めの時だけだ。
病弱な晴香は東の対屋で暮らしているが、それ以外の家族は
南の対屋で暮らしている。
 樹を抱いて部屋を出たら、晴香と出食わした。
「ふぅちゃん、どこへ行くの?」
 晴香の言葉に文緒は驚いた。
「あの……」
 女中の顔が強張ったのを見て、文緒は自分達が寛に呼ばれた事を
晴香は知らないんだと悟った。
「ゆぅくんはどうしたの?」
 どう答えたものか逡巡していると、晴香は部屋の障子を開けた。
「あら、ゆぅくん。一緒にお出かけじゃないの?」
「母上とわかは、だんなさまに呼ばれて、ぼく留守番なの」
 無邪気に答える我が子の言葉に、溜息が洩れた。幸也の言葉を
受けて文緒の方へ顔を向けた晴香の視線を痛く感じる。
「旦那様に、呼ばれたの?」
 文緒は黙って頷いた。
「私は知らなかったわ。どうしてなの?」
「私も存じません。そもそも、呼ばれている理由も分からないのです」
 文緒は困惑した顔で、そう答えた。
 晴香は女中に向かって、「私は呼ばれていないのかしら?」
と問うた。
「私は、文緒様と若君を呼んでくるようにと申しつかった
だけでございます」
 女中の声は震えていた。
 それは確かにそうなのだろう。
「そう。わかったわ。では、私も一緒に参りましょう」
「お姉さま?」
「我が子の事ですもの。母親の私が一緒に行くのは当然でしょう?」
 晴香は毅然とした態度でそう言うと、文緒の前に立って
歩き出した。晴香の言葉は当然だろう。知ってしまった以上、
行かないではいられない。
 三人は客間に通された。
 てっきり居間だと思っていたので不審に思って中へ入ると、
そこには寛の他に客人がいた。その顔に見覚えがある。
確か、村の医者だ。
 寛は晴香の姿を見て、顔色を変えた。
「どうして、君が一緒にいるんだ」
 唇を戦慄かせて、文緒へ向けて責めるような視線を送って来た。
「たぁちゃんの様子を見にふぅちゃんの部屋へ行ったら、
ちょうど二人がここへ来る所だったのです。女中から二人が
旦那様に呼ばれていると聞いたので、私も一緒に参りました」
 寛は軽く舌打ちをした。矢張り、晴香には内緒にして
おきたかったのか。
「それよりも、一体どういう事なのです?そちらに
いらっしゃるのは、村田先生のようですが……」
 寛は仕方ないと諦めたように、自分の隣へ座るよう晴香を促した。
そして、自分達の前へ座るよう文緒に言った。
「文緒任せで、樹の成長に鈍感だったと反省している。
成長が遅いのはある程度は仕方ないだろう。だが、今の様子を
見るにつけても、遅すぎる。だから、先生に診て貰おうと
お呼びしたんだ」
 その言葉に文緒はドキリとした。
 早くから、何度も訴えてきたのに耳を貸さなかった村田医師。
だが、今の樹は誰が見ても通常発達の域には達していない。
親として心配になるのも当然だ。
「わかりました。じゃぁ、たぁちゃん、こちらにいらっしゃい。
先生にちょっとだけ、診てもらいましょう?」
 晴香は優しく微笑みながら樹に手を差し伸べたが、樹は文緒に
しがみついて、首を振った。
「こらっ、こっちへ来るんだ!」
 業を煮やしたように寛が強く言うと、樹は更に強く文緒に
しがみついた。
「旦那様、そんな風におっしゃるから怖がってるじゃないですか」
 晴香の言葉に、「男の癖に軟弱な」と、寛が掃いて
捨てるように言った。
「若君、何も怖いことはありませんからね?文緒がここに
いますから。大丈夫ですよ?」
 文緒はしがみつく樹を優しく撫でながら、根気強く励まし
続けた。昨日、寛に散々怖い思いをさせられたからだろう。
委縮している。ぱっちりした目が半眼状態で、瞳の色は
こげ茶に近かった。
 樹はその時の感情によって瞳の色が微妙に変化する。
晴香に似た色素の薄い琥珀色の瞳をしているが、機嫌の良い時は
金色になり、怯えている時には薄い瞳の色が濃くなってこげ茶の
ようになるのだった。
 そんな不安定な樹の気持ちを慰め盛りたてて、ようやく
樹の瞳は平常に戻り、文緒の胸に預けていた体を正面へと
向けたのだった。その様子に、一同ホッとした顔になった。
 村田医師は、樹のそばまで移動すると、子供が怖がらないように
配慮しながら、樹を診察した。寝かさせて、色々な姿勢を取ったり、
立ち姿や歩行の様子を観察した。
 その後、カバンの中から幾つかの小さい玩具を出して、
樹に問いかけた。だが樹はあまり興味を示さず、医師の質問にも
答えなかった。医師は難しい顔をして、カバンの奥から積み木を
出したら、それには樹が目を輝かせたのだった。
 普段でも、樹は積み木が好きだった。幸也が積み木で色々な
形を作っているのに興味を持ち、以来、夢中になっている。
 医師が出した積み木を手に取ると、嬉しそうに積みだしたが、
その様は不器用だった。
 そんな樹と医師の様子を一同は固唾を飲むようにして
見つめていた。誰も何も発せず、僅かな身じろぎさえも
してはいけないような緊張感が漂っていた。
 その緊張の糸をぷつんと切るように、医者が言葉を発した。
「若君ですが…」
 自ら糸を切っておきながら、その後の言葉を発しない。
眉間に深い縦皺を刻み、苦い顔をしている。
「先生!どうなんです。……この子は一体、どうなってるんだっ」
 言葉を先へ繋がない医師に、寛は先を催促した。医師の
難しい表情から、結果は良くないであろう事は察しがつく。
寛の剣幕に押されたのか、医師は少し怯んだ後、
言い難そうに言葉を発した。
「どうやら……運動失調ではないかと……」
 文緒は胸の中のおもりが更に重たくなったのを感じた。

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