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日常
日常6(2010.12~2011.02)


優雅って……

2011.02.23  *Edit 

ピアノの練習中に、来客がありました。
いらっしゃる予定の方ではありましたが、インターホンも無く、
いきなり玄関の中へ入って来られました。
だもんだから、玄関で私が弾いているピアノを耳にされた
訳なのですが。
弾くのを止めて、出て行ったら、開口一番、
「優雅にピアノ弾いてるのね」って……。

はぁ?
優雅ぁ??

それって、嫌味なんでしょうか。

つまり、「優雅にピアノなんて弾いている暇人」って意味?

そう聞えたように思ったのは、私がひねくれているからで
しょうか?

よくわかりませんが、
ピアノを弾いている=優雅 ???
まぁ、子供が弾いている場合、そうは言わないでしょうね。
いい年こいた大人が弾いているからなのか。
どうも、褒め言葉には聞こえないんですよね……。

別に遊んでいる訳ではありません。
優雅に弾く事を楽しんでいる訳でもありません。
勿論、好きだから弾いている訳ではあるのですが、
手慰みと言う訳ではなく、真剣にやっています。
上達したくて習っている為、毎日練習しないとなりません。

趣味ですから。将来、上手になってコンサート開きたいとか、
人前で披露したいとか、何者かになりたいとか、
そう言った目的は全くありません。

目的志向のうちの母に言わせると、
「馬鹿みたい。無駄」
なんだそうです。
役に立たない事に無駄なお金と時間を使ってるって。
今更習ってどうすんだ、って。
そう思うのが世間一般的なのでしょうか。
ピアノの先生に言わせると、母のような人は多いとの事。

でも、例えば、アルピニストが何故山に登るのかって問いに、
そこに山があるから、って答えた有名な問答がありますが、
結局のところ、それに近いものがあります。
何故、習っているのか。
好きだから、もっと上手になって大曲を弾けるように
なりたいから。

そう思うようになったのは、息子のレッスンを背後で
見聴きするようになってから。
自分が習った先生とは全く違うレッスンの内容に、
根本から自分の奏法を直して貰いたいって思いが強くなり。
そして、習い事は本当に教師選びは重要だなって思うように
なりました。

まぁ、そんな訳で、その先生の許で習うようになって
早2年少々。。。
自分でも少しは上達したかな、と思います。
綺麗な音が出せるようになってきたし、
かつて「感情がない。ロボットが弾いているようだ」と
言われ続けて来た演奏も、表現が良くなってきたと思います。

いい年なので、覚えは悪いし、指は思う通りに動かないしで、
結構、苦戦しています。
ちょっと練習をサボると、すぐに後退しちゃいます。
小説を書くようになってから、小説に時間を割かれ、
練習時間が減りました。
それでも、ちょっとした合間を見ては練習しています。
食事の支度の、煮物を煮ている間とか、作業の合間の
ちょっとした時間とか。

今回も、約束の時間までに30分程あって、
小説書くには中途半端だったので、練習していた訳なのです。
別に暇で優雅に弾いている訳ではないのです。
明日、レッスン日でもある為、練習しない事には
恥ずかしくてレッスンに行けないし。
ショパンのワルツが終わりを迎え(と言っても、
ワルツ集を全てコンプした訳ではないのですが)、
ノクターンへ入ったところで、これが結構、ムズイのです。
沢山練習しないとならないわけで、だから一生懸命
練習しているのですが、優雅なんて言われちゃって……。

言葉って難しいですね。
何気ない一言なんでしょうが、嫌味に受け取れてしまうなんてね。

アロマテラピーの勉強をしていた時は、
「アロマやれる余裕があっていいわねぇ。私達には、
そんな余裕は……」
みたいな事を言われて、その時も、あまりいい気分しなかったです。
余裕がある、暇人だから出来るって言ってるみたい。
アロマテラピーは余裕がある人だけがやるものじゃないです。
遊びじゃないですから。
アロマには、ストレスを軽減させる効果があるのです。
元々、薬草から発展してますし。
匂いが与える影響を勉強して、色々な事を知りました。
子供の健康や興奮しやすい子供をリラックスさせたいとか、
そういう目的で始めました。
お茶とかお花とかお香とか、時間とお金がある人だけが
優雅に楽しんでいると思いこんでいる事の、一連の、
最近の流行り物的なイメージがあるのかもしれませんね。

確かに、そういう人もいるでしょう。
でも、習い事は余裕がある人だけの特権ではありません。
余裕は無いけど、これだけはやりたい、真剣に取り組みたいと
思って、時間やお金をやりくりして、真剣に取り組んでいる人も
多いのです。自分に好きな事や好きな物や趣味が無いからと言って、
趣味のある人を暇人みたいに言わないで欲しいです。

多趣味なものですから、色々言われる機会、多いのです。
その度に、少々カチンときている私は、小者ですね。
大きく傷つく事は無いですけど、小さく傷ついてたりします。
嫌味のつもりで言ってるのでは無いのかもしれませんが。

ああ、なんて、些細な事で傷つくnarinariなんでしょう。


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~ Comment ~

Re: NoTitle>千菊丸様 

千菊丸さん♪

ありがとうございます。
すぐまともに受け止めちゃうからいけないんですよね。
でも他人から見たら、そんなに傷つきやすい人には
見えないみたい。
親や妹ですら、何言われても平気な人間って思ってるし。

どちらかと言えば、太い方なんですけど、
いつも言われて傷ついてるのは、専業主婦だから暇だとか、
悩みが無さそうでいいわね、とか、そう言った類の事なんですよね。
あまり深刻に受け止めずにサラッと生きてるのもあって、
苦労してるようには見えないようで。
別にそれはそれで構わないんですけど、さぞ自分の方が
苦労してて大変だと言いたいような嫌みな言葉に
カチンときちゃうんです。
あと、こうあるべきだ、と、自分の主張が一番正しいように
おしつけがましく言われたりとか。

でもまぁ、大丈夫です。ちょこっと傷つくけど、
深くないので。でもなるべく気にしないようにしますね。(^^)

NoTitle 

narinariさま、こんにちは。
わたしは幼稚園の時から中学生まで水泳を習っておりましたが、別に金メダル獲るよ!という目標もなく、ただ健康の為にならっておりました。

小説を書き始めたのは小学5年生の終わりごろで、現在まで続いておりますが、あくまでも「趣味」として書いているので、出版しようとか何かの賞を獲る為に書こうという気持ちではなく、「自分が書きたいものを書いて、ブログに発表しよう」という純粋な自己満足からです。

習い事は本人が「習いたい、やりたい!」という気持ちからやるものであって、nanari様がおっしゃるように時間とお金がある人が主体的にやっている、なんていうのは偏見ですね。

言葉って、時には癒される言葉もあるし、傷つける・傷つけられる言葉もありますね。

多趣味な人のことを妬み、自分には夢中になれる物がないからといって、「暇人」のレッテルを貼る人の神経がわかりませんね。
そのような人たちのことは放っておいて、華麗にスルーして趣味を楽しみましょう♪

Re: NoTitle>kouchan様 

kouchanさん♪

飽きちゃうのは私も同じで~す^^
子供の時は特に酷くて、習い事、長く続いたためしなし。
ピアノも2回、やめてるし(^_^;)
好奇心旺盛なんで、色んな事に挑戦するんですけど、
そこそこ出来るようになると飽きて止める事が多いんです。
ただ、ピアノはやっぱり一番好きなのと、先生が良いお陰で
自分でもそれなりに上達してきてるのを感じるので、
弾けて来ると楽しいし、止めたらそこで終わりで、
折角ここまで出来るようになったのが後退しちゃうのが勿体ないと
思うようになったんですよね。
ただいつか、頭打ちみたいな、自分の限界をはっきり悟った時、
続けられなくなるような気がします。

「優雅にボケてますね♪」って、なかなかいいですね。
すでに始まってるようですし、謝恩会の時とか、コソッと
行ってみては?www

NoTitle 

僕の場合は、途中で飽きちゃうので、継続する力はすごいと思います♪
今度、うちの准教授がボケたら、「優雅にボケてますね♪」といってみます!
…と思ったら、もう卒業でした♪
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