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小説・散 華
1.夢の通い路 壱 1~30


散 華  1.夢の通い路 08

2011.02.19  *Edit 

 葉山に再び春が訪れた。
 桜が一斉に咲きだし、木々の緑が芽吹きだし、山は明るい
装いに満ちて来た。冬の鈍い光を反射していた小川もキラキラと
輝きを増し、遥かに見える海も明るい色へと表情を変える。
 文緒は縁側で樹(たてる)に乳をやりながら、華陽院家の
風流な庭越しに見える暖かな山の表情に魅入っていた。
 ここへ住まうようになってから半年が経った。
慌ただしい日々だった。
華陽院の屋敷は昔の寝殿作りを模しており、小規模ながら
建物は幾つかの対屋に分かれていて渡殿で繋がっている。
病弱な晴香は東の対屋に住んでいて、文緒と幸也はその
一角に部屋を与えられた。
 樹は文緒の乳を懸命に吸いながら順調に育っていた。
だが、最初があまりにも小さかったからなのか、順調とは
言っても6カ月の赤子にしては成長は遅かった。
 掴まり立ちしてヨタヨタと歩き出した幸也が文緒の肩に
まつわりついてきた。そんな息子に微笑みかける。母の
笑顔を見た幸也は、嬉しそうに笑った。その口許から、
小さい歯が覗いて愛苦しい。
 そして、胸元にしがみついている赤子へと目をやる。
 一抹の不安が胸をよぎる。
 もう六カ月にもなるのに、首の座りが未だに完成していない。
そのせいか、体の動きも少ない。
 ここへ上がる時、ちょうど幸也は六カ月だったが、既に
寝がえりを打ち、手足をばたつかせたり、周囲の状況に興味を
持ったりと、今の樹とは明らかに違っていた。
 子供の成長は様々だ。個人差がある事は十分承知している。
だから幸也と比較するのは良くない事だと思う。だが、
そう思う一方で、それにしては少し発達が遅すぎやしないかと
心配になるのだった。
 いないいないばぁをすると声を立てて喜び、ガラガラを
振ると楽しそうに笑っていた幸也とは全く違い、反応が薄い。
 主治医は、生まれて来た時、未熟児に近かったし、
その後の食育の悪さによる影響で、実際の月齢よりも育ちが
遅いだけだと言う。
「心配は要りませんよ。健康ですし、時期がくれば
一挙に育ちます」
 と、笑顔で言われれば、そういうものなのかと納得するしかない。
 村の人達や一族の母親達も、みんな声を揃えて同じ事を言う。
 晴香も、育ちの遅さを心配しながらも、周囲の声に納得していた。
だが、文緒は納得しきれないものを感じてしまう。
 それが、先を歩いている幸也の存在があるからなのか、
それとも、四六時中一緒にいて育てている事から
来るものなのかは分からない。
「気持ち良さそうに、お乳を飲んでるわね」
 ふいに背後から声を掛けられた。
「お姉さま……。大丈夫なの?起きて来て」
 珍しく寝巻ではなく、着物を着ている晴香の姿に文緒は驚いた。
 晴香は「大丈夫よ」と笑顔で言うと、文緒の隣に座った。
「陽気のせいかしら?凄く気分もいいし、体も軽い感じがするの」
 確かに顔色も良く、表情も明るい。
 そんな晴香の膝の上に、幸也がどっかりと腰かけたので
文緒は慌てて息子を叱りつけた。
 だが晴香はそんな文緒をたしなめて、幸也を抱きしめた。
「ゆぅくんは可愛いわねぇ」
 そう言って、しきりに頭を撫でている。
 それを見て文緒は、互いに他人の子を抱いている様を
不思議に感じた。乳を飲みだしてから日々重くなってきた樹を、
か弱い晴香は抱く事が出来なくなった。首が座ってくれば
膝抱きくらいはできそうだが、首の座りが悪くて縦抱きも
自然に出来ない状況では無理だった。
 それを思うと、早く首がしっかりして欲しいと思わずには
いられない。自分の可愛い子供なのに抱く事ができない
彼女の胸の内を思うと切なくなるのだった。
 三カ月前に行われたお食い初めの時にも、抱っこしていたのは
文緒だった。
 このお食い初めの行事は、本家の嫡男と言う事で盛大に
行われた。文緒が来てから順調に育ちだした子供の
お披露目でもあった。
 晴香は育ち始めた息子の姿を、とても嬉しそうに見つめて
いたが、心の内ではどんな思いを抱えていたのだろう。
 なるべく晴香の傍で授乳をするように言われてそうしていたが、
豊かな文緒の乳を吸っている我が子の姿を見て、複雑な思いを
抱えているに違いないと文緒は思っていた。だが晴香は、
そんな様子を微塵も感じさせないのだった。
 曇りの無い目で、子供の様子を見つめていた。そして、
自分にまつわり付いてくる幸也を優しい瞳で可愛がった。
人見知りが少し出だした幸也だったが、晴香にだけは懐いている。
 そんな不思議な光景を目にして、文緒は自分達は姉妹の
縁があるに違いないと思った。だからこうして、互いの子を
我が子同然に可愛がり、助け合っているのだと。
「たぁちゃん、飲み終わったみたいよ?」
 晴香に声を掛けられて、胸元の赤子に視線を移した。
まだ口に含んだままだが、もう吸ってはいなかった。げっぷを
させようと、そっと引くと、慌ててしゃぶり付いて口を
もぐもぐさせた。
 いつも、こうだった。飲み終わったと思って離そうとすると、
再び吸いつく。だが、もぐもぐさせているだけで、吸っては
いない。お腹が一杯の筈なのに、なかなか離れようと
しないのだった。そして、口に含んだまま眠ってしまい、
げっぷをさせられない事がままあった。
「この子ったら、どうしてこんなにおっぱいが好きなのかしらね?」
 晴香がそう言って無邪気に笑った。だが文緒は心配だ。
げっぷをしないで大丈夫なのだろうか、と。
 赤子はお乳を吸う時に空気も一緒に吸ってしまい、その吸って
しまった空気をげっぷで出すのだと言う。げっぷが下手な赤子は、
空気と一緒にお乳も戻してしまう事が多いと聞いていたが、
樹は幸い、げっぷもしなければお乳も戻したりはしなかった。
 戻さないんだから、大丈夫なのだろう、と思うものの、
幸也の時とは随分違う赤子の様子に、戸惑うばかりの文緒だった。


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