ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・散 華
1.夢の通い路 壱 1~30


散 華  1.夢の通い路 07

2011.02.16  *Edit 

 憧れのおねえちゃま。
 気品高く、誰にも絶対に侵されないような神聖さを持ち合わせ、
美しく優しい、この一つ年上のはとこに、文緒は憧れていた。
 文緒には兄が二人いる。一人は医者で一人は銀行家だ。
二人とも独立して横浜と東京に住んでいる。年が少し離れて
いるので、年の近い晴香を姉のように慕った。
 大切な存在だった。その人が困っているのに、自分の
幸せだけの為に放っておくことなどできない。
 それに……。
 文緒は自分の乳を懸命に吸っている赤子を見た。
 なんて可愛い赤ちゃんなんだろう。
 最初に見た時は、痩せ細って蒼白で痛々しく思ったが、
こうして間近でよく見ると、とても美しい子供だった。
面差が晴香に似ている。病弱な体でこの子を産んだんだと思うと、
この命の灯火を消してはいけないと思わずにはいられない。
 そして、お乳を吸っている子供に愛情が湧いてくるのを
感じるのだった。
「ふぅちゃん。やっぱり私、あなたにお願いしたいの。
あなたしかいないって思うのよ……」
 文緒が晴香に視線を移すと、晴香は必死な顔で自分を
見つめていた。その顔を見て、そっと微笑みを返す。
「おねぇちゃま……ううん、もうお姉さまですね。私、
お受け致します」
 晴香と傍にいた女中の顔が、ぱぁっと明るくなった。
「ふぅちゃん、いいの?本当にいいの?」
 声が震えている。
「ただ、一つだけお願いしたい事があるんです」
「なぁに?何なの?私に出来る事なら何でもするわ。だから、
遠慮なく言って?」
「幸也も一緒に連れてきたいんです。あの子を置いて一人で
お勤めには上がれません……」
 例え大切な晴香の一大事とは言っても、自分の子供を置いて
来る事だけは出来ない。それだけは譲れない。その決意を込めて、
文緒は晴香を見つめた。
 そんな文緒を見て、晴香は愛し子を見つめるような慈愛に
満ちた顔をして、頷いた。
「ふぅちゃん。ごめんなさいね。無理を言って。私も母親だから、
あなたの気持ちが痛い程よく分かる。それなのに、配慮が
足りなくて申し訳無かった。だから、連れて来ていいのよ?
それに、その方がたぁちゃんの為にもなると思うの。兄弟の
ように育ってくれたら嬉しいわ。だから、一緒に来て?それから、
藤村の家は遠くないんだから、好きな時に里帰りして
構わないから。ここに縛られる必要はないんだから」
 晴香の優しい眼差しに、文緒は涙が込み上げて来た。
「お姉さま……。ありがとう。お心づかいに感謝します」
「何言ってるの。感謝してるのは私の方なのに」
 互いに見つめ合う。
 かけがえの無い存在である子供を持つ母親として、そして
共に幼き日を過ごした姉妹として、相手を大切に思っている
真心が、その視線の中に感じられた。
 いつの間にかスヤスヤと眠っている赤子の乳臭い息遣いを
感じて、文緒の心に愛おしさが充満した。
 この美しい親子の為に、精一杯力になろうと、文緒は
改めて思うのだった。

 行かせるんじゃなかった……。
 華陽院家から戻って来た文緒から、幸也と共に出仕すると
聞かされて、裕也は華陽院家へ行かせた事を後悔した。
 予感はあったのだ。
 文緒は優しい女だ。だから、向こうへ行って晴香と子供に
会う事で、きっと心を痛めるに違いない。放っておけなくなるに
違いない。
 だから本当は行かせたくなかった。だが、さすがに断れない。
 半ば、祈るような思いで行かせた。
 心優しい女ではあるが、芯は強い。だから、泣き落とすように
頼まれて嫌と言えずに引き受けてしまうような事は無いと
思っていた。胸を痛めても、無理なものは無理と言える女だ。
 だが、裕也の祈りは虚しく終わった。
 彼女が引き受けたと言う事は、彼女の意思に違いない。
一度決めたら翻さないのも、彼女の特徴だ。
「あなた……。ごめんなさい。でも、お姉さまには私が
必要なの。そして、若様にも……」
 ショックを受けて言葉もなく項垂れている裕也に、
文緒はそう言った。
「僕だって、君が必要だ。そして、この家にとっても」
 裕也の言葉に文緒の顔が曇った。
「ごめんなさい。……でも、あちらへ行くと言っても、
家は近いのだから頻繁に戻って来れます。お姉さまも
構わないって。私一人であちらへ行くのであれば、
お姉さまの頼みでもやっぱりお受けできないわ。でも、
幸也も一緒だし、あなたにも頻繁に会いに来れるから……。
だから……」
 裕也は文緒の手を握った。
 家族がバラバラに暮らす事になるのか。
 折角得た大切な存在が、自分の手許からいなくなる。
 二度と逢えなくなるわけじゃない。
 逢いたければいつでも逢える。
 頻繁に戻って来る。
 そう言われても、それでも身を裂かれるような痛みを
感じるのだった。だが、相手は譲歩してくれた。それを
まだ突っぱねる事はできそうにない。何より本人が了承したのだ。
 それに、我が家が断れば別の家へ話しが行く。
どこの家だって、主家相手とは言え、喜ばしい話しでは
ないだろう。
 御一新の前までは、どこでも当たり前の慣習であったし、
権力争い、派閥争いも相俟って、乳母に選ばれる事は
喜ばしい事でもあった。いわば後継ぎの親代わりでもあるから、
発言力、影響力が強い。だがそれも、昔の話しである。
 立憲君主制が敷かれ、主上を頂点に政治が運営されて
いるような形を取ってはいるが、主上に権力は無い。
政治を牛耳っているのは政府である。その政府も今は
頼りない。軍部の台頭で政治は混迷をきたしていた。
 そんな世情の中にあって、華陽院一族内で嫡子の為に
乳母がどうのと揉めている事が裕也にとっては滑稽に
思えてならない。
 だが、仕方が無い。
 裕也は文緒の手を引くと、思いきり抱きしめた。
 そして、その晩、自分の思いのたけを込めて彼女を
愛したのだった。


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。