ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

クロス番外編


ヴァレンタインの憂鬱 -クロスステッチ番外編―

2011.02.14  *Edit 

 冷たい雨が肩先を濡らす。
 連休明けの月曜日。
 週間予報で付いていた雪マークは傘のマークに変わっていたが、
出勤する時にはチラチラと小雪が舞っていた。
 天気の悪い三連休は理子と二人でのんびりと過ごした。
 多くの大学のセンター試験合格発表が終わり、その結果掌握で
忙しい日々だった。合格者は心配ないが、問題は不合格者である。
 雅春が予想した通り、昨年度よりも多かった。それらの生徒達の
今後の対策を考えなければならない。最初から浪人を覚悟している
者も多いが、後期受験や二次募集受験者も少なからずいる。
なんとか潜り込ませる為にも、対策が必要だ。
 だが、ひとまず、そんな事は忘れて、連休中は理子との時間を
楽しむ事に専念した。
 連休初日は朝から雪が降っていた。明け方から降りだしたようだが、
全く積もってはいない。多分、水分が多いのだろう。
そんな雪降る光景を、理子はダウンジャケットを着こんで
ベランダから眺めていた。目を輝かせている。
 可愛いヤツだな、と微笑ましく思っていたが、いつまで経っても
ベランダにいる理子が段々心配になってきた。いくらダウン
ジャケットを着ているとは言え、冷え込んでいる。一体、
いつまでそこにジッと佇んでいるつもりなのだろう。
 30分を過ぎた頃、雅春は窓を開けた。
「おい。いつまでそこにいるんだ?風邪ひくぞ」
 振り返った理子は子供のように瞳を輝かせて、嬉しそうに
笑っていた。
「だって、とっても綺麗なんだもん。この冬はもう降らないのかと
思ってたから、なんだかとっても嬉しくて」
「だからと言って、そんな所で長時間ジッとしてたら体が冷えて
風邪ひくじゃないか。そろそろ入れよ」
 雅春の言葉に、理子はムッとしたような顔をして
「命令するんですか?」と言った。思わず舌打ちする。
「命令じゃない。心配して言ってるんだ。それとも、
命令して欲しいのか?」
「ごめんなさい……」
 理子は俯き加減にそう言うと、名残惜しげに首を後ろに向けて、
雪景色を見ながら部屋の中へ入って来た。
 少し濡れたジャケットを脱いだ理子をそっと抱き寄せると、
体がヒンヤリとしている。そして頬は林檎のように
赤らんでいて冷たかった。
「冷たいじゃないか。幾ら嬉しいからと言ったって、
限度ってものがあるだろう」
 冷たい頬に頬を寄せる。
 瞳を閉じて睫毛を震わせている様が愛しくて、そっと唇を
重ね合わせた。冷たい唇から洩れる吐息は熱かった。
 それにしても冷たい。
「理子……。冷たすぎる。風呂に入って暖まった方がいい」
「でも……」
 理子は恥ずかしそうに横を向いた。その様を見て思わず微笑む。
 雅春は黙って立ち上がって台所まで行き、風呂のスイッチを
入れた。戻って来ると、理子は切なげに雅春を見上げていた。
 あの事件から立ち直ってから、理子は以前よりも雅春との
スキンシップを好み、甘えるようになった。相変わらず
恥ずかしがり屋ではあるが、甘える事に躊躇いが無くなった
ように思える。
 雅春が風呂に入るように言った時に恥ずかしそうにしたのは、
きっと雅春も一緒に入るに違いないと思ったからだろう。
以前ならそれに対して抵抗を示したが、今は恥ずかしそうに
しながら黙認している。
 雅春のストレートな思いをそのまま受け取る事に戸惑いと
躊躇いをずっと持ち続けていた理子だったが、今は素直に
抵抗なく受け入れている。受け入れる事を喜んでいる節が
感じられた。その事が雅春の胸を熱くする。
 彼女にとって、自分が全てである事は早くから分かっていた。
だが、愛し愛され全てを委ねる事に畏れを感じて、見えない
薄い壁を作っている事もずっと感じていた事だった。
そしてその壁は薄いながらも硬かった。
 その壁を壊したくて、強い思いが先走って、逆に強固な
壁にしてしまった事もあった。だがいずれ、時の経過と共に
壊れるだろう。無理をするのは止そう。あの事件をきっかけに、
雅春の心は落ち着いた。
 そして、あの事件をきっかけに、理子の壁が壊れた。
 恐ろしい事件だった。あんな目に遭わせてしまった事を
未だに悔んでいる。その事件がきっかけで二人の距離が一挙に
縮まったのも皮肉な気がした。だが、済んだ事だ。今この時と
未来だけを見つめ、大事にするしかない。
 そんな思いを噛みしめた三連休だった。
 初日は一緒に風呂に入って愛し合い、二日目は二人で
買い物に出た。三日目はリビングで映画を二本観て、
二人で感想を交わし合った。
 生徒達の受験で疲労していた精神が、瑞々しく復活して
ゆくのを感じた。
 そうして、月曜日、小雪がチラつく中を出勤したのだった。
 出勤し、自分の席に着くと、机の上にリボンが掛った箱が
3つ程置いてあるのに気付いた。
 ああ、そうか。今日は14日だったな……。
 どれも赤い包み紙の箱だった。
 大好物のチョコレートを貰える日ではあるが、あまり
気にしていない。その日が近くなってくると、スイーツの店先や
スーパー、デパートなどに特設売り場が設けられ、そんな様を
見るにつけ、ヴァレンタインが近いんだな、とは思うが、
その日を意識した事は無い。だから、当日、机の上の包みを
見て初めて、その日を実感するのだった。
 机の上の包みを見て、雅春は引出しから常備している紙の
手提げ袋を出した。紙袋はこの日の為に用意している物ではない。
ふいに持ち帰りの荷物が生じた時に困らないように、
常備している物だ。
 その袋に包みを入れて、机の下へ置いた。
そして、ふと、思った。
 なんだか、いつもよりも少ない気がする……。
 改めて袋の中をそっと覗く。
 3個か……。
 去年、一昨年の光景が頭に浮かんだ。
 赴任して最初のヴァレンタインの朝、自席へ着くと
確か赤系の紙に金のリボンが付いた箱が積み上がって
いたように思う。わざわざ数えたりはしなかったが、
紙袋を半分くらいは埋めた筈だ。
 そして2年目である去年は、それより更に多かった
印象がある。紙袋が一杯になりそうな量で、この分だと
2つ目の紙袋が必要になるかもしれないと予感した通り、
帰宅する頃には2つ目の紙袋も一杯になった。
 それなのに……。
 何故今年は、たった3個なのか。
 減った理由は明らかだ。結婚したからだろう。
 だが、それにしても少な過ぎやしないか?
 まさか、これだけじゃないだろうな……?
 途端に背中が薄ら寒くなった。
「増山先生、どうされました?」
 向かいの席に座っている石坂に声を掛けられた。
「あっ、いえ……。何でもありません」
 そんな風に声を掛けられた事に動揺した。だが、
そんな雅春に諸星が追い打ちを掛けるような言葉を投げて来た。
「増山先生は、いつもよりチョコが少ないんでショックを
受けてるんだろう」
 驚いて見上げると、冷やかすような表情を浮かべて
笑っている諸星の顔に遭遇した。
「えっ?あら……。そうでした?」
 隣に座る柳沢が不思議そうな顔を向けて来た。
「いつも飄々としてて、女生徒から沢山のチョコレートを
貰っても平然としている増山先生だが、さすがに3個しか
置いてないとなると、そりゃぁ、ショックだろうよ」
 大きな声でそう言って豪快に笑う諸星に、周囲は驚きの
表情を浮かべて増山を見た。周囲の視線を痛く感じたのは
これが初めてかもしれない。
 普段からあけすけで声の大きな諸星に、恥ずかしい思いを
させられた事が少なくないが、今日ほどその事を不愉快に
感じた事は無かった。
 大体、3個と個数を把握している事からして気に入らない。
今年はどれだけ貰ったのだろうと興味津々で覗いたら3個しか
無かったのか、それとも山積みであろう筈の机が寂しい
印象である事に不審を抱いて覗いたのか。
 いずれにしろ、「3個」と言う言葉を殊更強調したような
口調に、何故か怒りが湧いてくるのを感じるのだった。
「そんな……、まだ、朝ですし……。受験の最中ですもの。
きっとこれから沢山来るに決まってますよ」
 隣の柳沢の、慰めとも励ましとも取れる言葉が、
雅春の心に突き刺さる。まさか、こんな風に冷やかされ、
庇われるような事態に遭遇するとは、夢思ってもいなかった。
「まぁ、仕方あるまい。増山先生も既婚者になったんだ。
今更チョコをあげても不毛だと、女生徒達も悟ったんだろう」
 嬉しそうに言う諸星に腹が立つが、雅春は黙って
仕事に取りかかった。
「だけど、あれだよなぁ。結婚してからも、結構、
人気者だって言うのに、なんでかねぇ。きゃぁきゃぁ騒いでも、
それとチョコは別なのか?若い女の子の考える事はわからんなぁ」
 尚もしつこく話題にする諸星に辟易とする。
 だが、諸星の言う通り、雅春も同じ疑問を抱いたのだった。
「結婚しても好きは好き」
 と、言っていたではないか。
 結婚相手が女生徒だったから、先生は本当は女生徒に
興味が無いなんて嘘なんだ、と言う生徒も少なくなかった。
 相手が女生徒と知って大騒ぎになったが、鎮火後は、
再び以前と同じくらい騒がれるようになった。しかも、
前よりしつこかった。
 ベタベタしてくる女生徒もいて、トラブルに巻き込まれや
しないかと危惧するようになった。
 雅春に好意を抱いていない教師の一部では、
「増山先生は本当の所はロリコンなんでしょう。またいつ
女生徒に手を出すかわからない」と、揶揄するように
言い合っていた。
 そんな周囲の様子にウンザリしていたと言うのに、
チョコの量で意気消沈している自分が信じられないのだった。
「先生……」
 すぐ傍で声をかけられて振り向くと、女生徒だった。3年生だ。
「これ……」
 頬を赤らめて、少し大きめの箱を差し出された。チョコレートだ。
 それを見て、思わず笑顔になる。
「ありがとう」
 と言って受け取ると、女生徒はとても嬉しそうに笑顔を
浮かべた後、ちょこんとお辞儀をして去って行った。
 その後ろ姿を見送った後、自分の手にある箱を見て、
ほっとしている自分に軽くショックを受けた。すぐに貰った箱を
机の下の紙袋へ入れた。そして正面を向くと、ジッと自分を
見つめる教師達の視線に遭遇して驚いた。
 みんなが慌てて視線を逸らした。その行為に動揺する。
 一体、なんなんだろう?
 俺は、どうしたって言うんだ……。
 そもそも、チョコを貰って礼を言うなんて、未だかつて
無かった事だ。
 毎年、うんざりする程の数を貰い、重たい思いをして
持ち帰り、大好きなチョコを買わずに済むと言う以外で、
有難いと思った事など一度も無かったと言うのに。
 その後、着々と数は増えていった。
 貰う度にホッとしている自分がいる。そんな自分を情けなく思う。
 そして、更に情けないと思うのは、午後に入り、
下校時間が近づくにつれ、数の上昇率が低下し、その事に対して
そわそわした、落ち着かない気分が生じて来た事だった。
 いつものようにホームルームが終わり、教室を出た。
「先生、さようなら~」
 と、揃って笑顔を向けて来る女生徒集団達に軽く手を
挙げながら、複雑な思いに駆られた。
 これで終わりなのか……?
 いや、まだ部活がある。
 僅かに希望を繋ぐ。
 だがその希望も虚しく終わった。
 ブラバンの女子から貰ったチョコレートは僅かに2個だった。
女生徒が多いと言うのに。
 考えてみると、ブラバンの女子は薄情者が多いような気がした。
 理子との結婚で大騒ぎになった時にも、最も抵抗を示したのは
ブラバンの部員達だった。好意が強い分、反発も大きかったのかも
しれないが、自分なりに力を注いできた部活だけに、
その反発度には雅春も少なからず傷ついたのだった。
 期待した俺が馬鹿だった……。
 最早、自身の信じられない想いを認識するしかなかった。
 こんなにも、俺はチョコを期待していたのか。
 肩を落として職員室へ戻ると、机の上にチョコの包み箱が3個、
置いてあった。
 思わず、フッと笑みがこぼれる。
 また3個か。
 3個で始まり、3個で終わる。
 そう思って笑いが込み上げて来たのだった。
 机の下にある紙袋を手に取った。
 軽い。
 いや、普通の人間にとっては十分重いだろう。だが、
雅春にとっては軽かった。袋を覗くと、4分の3程度の量だった。
 我が目を疑いたいが、それが現実だ。
 そんな雅春の姿に、まだ残っていた石坂が声を掛けて来た。
「増山先生。そんなに気落ちしなくてもいいじゃないですか。
あなたには理子君がいる」
 その言葉に、今日初めて優しい気持ちが湧いてきた。
「ありがとうございます。おっしゃる通りです」
 石坂を見ると、優しい瞳をしていた。この人は良い人だと
つくづく思う雅春だった。

 自宅に近くなってきた頃、雨が雪に変わって来た。
 激しい降りに、これは積もるかもしれないと思った。
 理子は外の様子に気付いているだろうか?
 気付いているなら、また先日のように魅入っているかもしれない。
 その時の理子の様子を思い出して顔に笑みを浮かべた
雅春だったが、帰宅の途につきながら少しずつ憂鬱な気分に
襲われてきているのだった。
 その憂鬱とは。
 果たして理子は、俺にチョコレートをくれるのだろうか?
と言う事だった。
 付き合いだしてから、2度のヴァレンタインを迎えながら、
一度も貰った事が無い。去年は受験中だった事もあり、
忘れていたと本人が言っていたが仕方ないだろう。だが一昨年は、
適当にお茶を濁された気がした。どうしてくれなかったのか、
ちゃんとした理由は教えて貰えなかった。
 女性は、結婚後、夫にチョコレートをあげるのだろうか?
 もう結婚したんだから、必要無いと思っているかもしれない。
 誰よりも理子から貰いたい。
 そう、何度も訴えて来た。
 だから、きっと、自分の心を推し量ってくれているに違いない。
 だが、それは希望的観測に過ぎないかもしれない。
 肯定する気持ちと否定する気持ちが、雅春の心の中に渦巻いた。
 それは車窓の外を吹雪くように降っている雪のように激しかった。

「ただいま……」
 自分の声に力が無いのを感じた。
 手に掛る重みは軽かったが、心は重かった。
「おかえりなさ~い」
 いつものように、理子が笑顔で駆け寄って来た。
そんな理子をいつものように抱きしめた。手に持っていた
紙袋が下に落ちる。それに驚いたように、理子が雅春から
体を離して足許を見た。
「あら……」
 驚いた顔を、雅春は訝しげに見つめた。
 理子は紙袋を手に取って、中身を見つめ、そして言った。
「今日って、ヴァレンタインデーだったんですね」
 その一言にガックリとした。
 矢張り、忘れていたのか。
「だけど、なんか随分と少なくないですか?去年は確か、
2袋はありましたよね。まさか貰ったそばから
食べちゃったとか?」
 無邪気な笑顔を向けられて、自分の顔が引き攣って
いるのを感じる。
「そんなわけ、無いだろう?」
 不機嫌そうに言葉を返している自分を意識し、そんな自分を
馬鹿だと思いながらも、コートを脱ぎ、カバンを自室へ置き、
廊下の先へと向かった。理子はチョコレートの入った紙袋を
持ったまま、雅春の後に着いてきた。
 リビングに入ると、食卓が整っていた。相変わらず彩りが
綺麗で旨そうな料理だった。だが、その内容はいつもと
変わらないように思える。要するに、ヴァレンタイン用の
食事では無さそうだ、と言うことだ。
 寝室へ入って着替えた後に食卓へ着くと、理子がご飯と
みそ汁を持ってきて置いた後、雅春の前の席に着いた。
彼女は既に夕食を終えている。こうして毎晩、雅春の食事の
風景を向かいに座って嬉しそうに眺めているのだった。
 いつもと変わらぬ、幸せな食事の時間である筈なのに、
心は浮かない。そして、そんな自分の心の様は、理子と
二人きりの時にはストレートに表出してしまう。
「先生……。どうしたんですか?元気ないけど、学校で嫌な事、
あったんですか?」
 思った通り、不機嫌な雅春の様子に気づいたようだ。
「いや……、別に嫌な事は無かったよ」
 嘘だった。
 貰ったチョコが少なかった事はまだしも、その事について、
周囲からあれこれ言われた事が嫌だった。
「もしかして、チョコの数が少なかった事を気にしてる?」
 恐る恐ると言った感じで理子が訊ねて来た。
 フゥと溜息が出た。
 なんて感のいい女なんだろう。
「俺がさぁ。チョコの数にこだわるわけ無いだろう?」
「それは確かにそうは思いますけど、他に心当たり無いし……。
普段気にしていないとは言っても、山ほど貰っているのが、
あの少なさじゃぁ、気にしたくなくても気になっちゃうんじゃ
ないですか?」
 痛いところを突いてきた。
 いや、理子の言う通りかもしれない。普段気にして無くたって、
あの数じゃぁ、気になるのも当然なんだ。そうだ。理子の
言う通りだ。俺のせいじゃない。俺は沢山欲しいと
思っているわけじゃないんだ。
 なんだか、力が湧いてきた。本来の自分を取り戻しつつ
あるのを感じる。
「そうなんだ。俺は別に沢山欲しかったわけじゃない。だが、
学校へ行ったら、机の上に3個しか無かったんだ。いつもは
山のようなのに。それでちょっと、ショックだった」
 雅春は今日一日の事を語った。
 そして、自分の心のうちも。
 それを聞いた理子は、とても可笑しそうに笑いながら
言ったのだった。
「結局のところ、プライドが傷ついたんじゃないですか?
ずっと、当然のようにモテて、沢山チョコ貰って、
それが当たり前と思っていたのに、いきなりの激減。
しかも、周囲からは冷やかされるし。初めての経験で、
凄く傷つかれたんでしょうね~」
 カチンときた。
「なんだよ、そのセリフは!君こそ、俺をからかって
面白がってるだろうが。大体、真っ先に俺にチョコを
寄越すべき人間は君なんだぞ?なのに、涼しい顔して
いつものように送り出し、いつものように出迎えて、
ヴァレンタインデーだって事すら忘れてたろう。でもって、
挙句の果てには、夫の不名誉を楽しむようなそのセリフだ。
そもそも、朝イチで君がチョコをくれていたら、女生徒達から
1個も貰えなかったとしても、ハッピーな一日だったんだ。
それなのに君ときたら……」
 唾を飛ばし、一緒に飛んだご飯粒がテーブルの上に
散ってるのに気付いて、思わず口を噤んだ。
なんだかとっても虚しい。
 理子は、そんな雅春を目を丸くして見つめていた。
そして、口を噤んだ雅春にそっと微笑むと静かに席を立った。
 自己嫌悪に駆られた。
 馬鹿だ。俺は……。
 また、くだらない事で理子に当たってしまった。
 確かに、理子が忘れていた事にはショックだったし
悲しかったが、自分の想いを相手に押し付けて、チョコを
くれるのは当然だと威張り散らすのはお門違いと言うものだ。
 プレゼントは、貰って当然な物ではなく、くれなくても当然で、
貰ったら感謝する物なのだ。それを今日一日で実感したではないか。
だから思わず、貰った時に感謝の言葉が出たのだ。そっちの方こそ、
当然な事なのだ。
 その当然の事をずっとしてこなかった自分への罰なのだ。
「ありがとう」くらいは、言うべきだったのだ。
 食事が終わり、箸を置くと、目の前にお茶が置かれた。
見上げると理子が優しく微笑んでいる。そして、大きな箱を
差し出した。
「先生、ごめんなさい。きっと、またいつものように沢山
チョコレートを貰ってくるんだろうって思ってました。
それなのに、少なくて、でもって意気消沈してる先生を見て、
なんだかとっても、からかいたくなっちゃったの。
自分は忘れているフリをして……」
 忘れているフリをして……?
 じゃぁ、忘れてはいなかったのか。
 雅春は目の前の箱を見た。随分と大きい。20センチ
四方はあろうか。
 これはもしかして、ヴァレンタインのプレゼント
なんだろうか?
 雅春はそっと箱のふたを開けた。
 中には、更に箱が入っていた。ハートの形をした箱だ。
「まさか、マトリョーシカや寄木細工のように、どんどん
小さい箱が出てくるんじゃないだろうな?」
 考えてみると、いたずら好きな面が理子にはある。
だからこそ、面白がって雅春をからかったりするのだ。
 心配げに訊ねる雅春に、理子は笑っただけで答えない。
 仕方が無い。聞くより開けた方が早い。
 そう思って、ハートのふたを開けると、ひと口大くらいの
大きさの、ゴロっとしたハート型のチョコレートが
沢山入っていた。ホワイトチョコレートで小さいハートや
「すき」と言う文字が書かれた物が混ざっている。手作りだ。
「理子……」
「驚いた?本当にごめんなさい。去年も一昨年もチョコを
あげれなかったから、今年は思いのたけを込めて作りました。
これで、今日一日の鬱憤が晴れるといいんだけれど……」
 理子の言葉に雅春は笑った。
「ありがとう。俺の方こそ、君を責めたりして悪かった。
誰よりも君から欲しかったんだ。そう毎年言ってるのに、
君は今年もくれないのかと思ったら、酷く悔しく
なってしまってね。ごめんよ」
「ううん。先生の気持ち、わかってるから。でも……、
私の事、信じてくれてなかったの?」
「信じてたさ。だけど、君は前科二犯だし、人間誰しも、
ついうっかりって事もある」
「やぁねぇ。前科二犯だなんて。先生ったら、いつも厭味な
表現をしますよね。でも、しょうがないか。その言葉、
今回だけは甘んじて受けます。でももう、二度とそんな事は
言わないでね。これから毎年、何があっても差し上げますから」
「本当かい?」
「本当です!」
 理子は力強く笑うと、食卓の上を片付け始めた。
 その姿を見て、矢張り自分は馬鹿だったと思った。
 そして、目の前にあるチョコレートを手に取った。
 「すき」と書かれたそのチョコを頬張ると、この上なく
甘い味覚が口の中一杯に広がった。今まで食べた
どのチョコレートよりも旨い。
 初めて食べる、愛する女性の手作りチョコレートは、
口の中だけでなく体中を幸せな味で満たしてくれたのだった。


                               了
  

             いやはや。
             ヴァレンタインデーと言う事で、ちょっと即席で、
             二人のひとコマを書いてみました。
             本編では、ヴァレンタインは割愛したので、
             今年の二人のヴァレンタインはどうだったのか?
             果たして先生は、今年こそは理子から貰えたのか?
             恥ずかしがり屋の理子は、本当は毎年ちゃんと、
             覚えていたにも関わらず、理由をこじつけて
             あげずにいたのです。
             なんで、あげる事すら躊躇する程恥ずかしいんでしょうね?
             作者にも謎です(爆)
             そんなわけで、ひねくれ者で天の邪鬼な理子と、
             偏屈者の先生の、二人で迎える初めてのヴァレンタイン。
             如何でしたでしょうか?
             あんまり面白く無かったとは思いますが、まぁ、
             ご愛嬌と言う事で。
             久しぶりに帰って来た先生と理子に、コソッと笑みでも
             浮かべて貰えていたら、幸甚です♡


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。