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小説・散 華
序章


散 華  序章 09

2011.01.21  *Edit 

 澪の瞳が揺れている。その奥に、虹彩が僅かに見え隠れしている。
本当に澪に娘がいたとしたら、彼女と同じように虹彩を放つ瞳を
持つのだろうか。だがそうだとしても、同じでは無い筈だと
航平は思う。何故なら、母娘であっても、違う人間だからだ。
 この瞳は、紛れもなく澪のものだ。自分の知る、澪そのものだ。
二十五年の歳月を経ても、全く変わりがない。年齢から考えれば、
濁りが混じっていてもおかしくないのに、変わらずに澄んでいた。
「航平さん。ありがとう。あなただけよ。そんな風に今も
変わらずに私を見てくれるのは」
 澪はそう言うと、窓の外へ顔を向けた。
「この街も、変わったわね。三浦半島の中では、一番変化が
少ないけれど、それでも国道沿いに随分とマンションが増えたのね」
 ペリーが浦賀へ来て以来、三浦半島は要衝の地になった。
特に横須賀は軍港ができ、大きく発展した。道路が整備され、
鉄道が敷かれたが、葉山には鉄道が通っていない。葉山へ来るには、
逗子からバスに乗らないとならない。
 その不便さと葉山に御用邸ができた事で、葉山は金持ちの
別荘地として発展した。ヨットハーバーと海水浴場の存在が、
行楽地としての発展に大きく寄与していた。
 古くからの金持ちの避暑地だったが、近年は人気が高まり
つつあり、新たに別荘だけでなく高層マンションまで建つように
なってきている。
「澪さん。あなたは、今どこで、どうしてるんです?」
 澪は暫く黙って海の方を見ていた。その横顔に、変化は
見られない。陽が海の方へと落ちて来ていて、澪の顔を優しく
照らしている。その美しい横顔を見つめながら、
航平は返答を待った。
 やがて澪は瞼をゆっくりと二回程瞬かせると、航平を
真っすぐに見据えて呟くように言葉を発した。
「ごめんなさい。言えないわ……」
「ど、どうしてなんです?もう、華陽院さんは亡くなった。
あなたを悩ませ縛り付けていた人は存在しなくなったんだ。
あなたは自由になったんだ。それなのに、何故……」
 拳を握りしめた。納得がいかない。
 やっと逢えたのに、再び逢えなくなると言うのか。
「航平さん。私の居場所を知って、それであなたはどうするの?」
 澪は鋭い瞳で射るように航平を見た。
 そんな目で見られて、航平は思わずたじろぐ。いきなり
「どうするのか」と聞かれても、どう答えたら良いのか窮した。
「私は……、私はあなたに私の事を忘れて欲しかった」
「澪さん、何を言ってるんだ。そんな事、できる筈がないじゃないか」
 澪の言葉が信じられない。
「あなたが忘れたかったのは、華陽院さんじゃなかったのか?」
 ずっと、そう思っていた。華陽院樹との関係を断ち切る為に
失踪したと。それなのに、違うと言うのか。
「そうよ。あの人の事を忘れたかった。あの人の存在を自分から
切り離したかった。そして、それと同時に、あなたにも私の事を
忘れて欲しかった」
「どうしてなんだ。僕には理解できない」
 胸の奥が震えて来る。
「私は一生、身を隠して生きて行くつもりでいたの。勿論
今もそれは変わらない。だから、本当は今日、あなたに逢いたくは
無かった。でも、こうして逢ってしまった。だから……、だから、
いい機会だと思って改めて言うわ。私の事はもう、忘れて下さい」
 澪の態度はきっぱりとしていた。少しも迷いが感じられない。
何故そこまで頑ななのか、航平には理解できないし、
したくもなかった。
「二十五年前、お別れの言葉を残していくべきだったと思ってます。
何も言わずに消息を絶ったから、却ってあなたを二十五年もの間、
縛り付けてしまった。あなたに無為な時間を過ごさせてしまった事を
お詫びします。本当にごめんなさい。樹さんの死によって、
あなたも私の呪縛から解放されて欲しいの。今日逢ったのは、
きっとその為なんだわ」
「違う!違う、違う、違うっ!!」
 やり場のない怒りが湧いて来て、航平は思わずテーブルを叩いた。
「あの時の僕はまだ若すぎて、あなたの苦悩を受け止めてあげる事が
できなかった。だが今は違う。あなたを縛り付ける存在が無くなって、
あなたは自由になったんだ。もう誰にも、何にも遠慮する事なく、
心のままに生きていいんだよ。僕が受け止める。もう、二度と
あなたを離したくないんだ。これからの人生を、一緒に
生きていきたいんだよ」
 怒りと悲しみと愛と、色んな感情が混じり合って胸が痛い。
二十五年もの想いが凝縮して航平の中から突き上げてくる。
「航平さん……。本当にごめんなさい。あなたの気持ちが私には
辛いの。私はあなたに愛される資格なんて無いんだもの。私は
あなたが思っているような女じゃないの。あなたは私を誤解してる。
だから私は、あなたの想いを受け入れる事ができなかったし、
それは今でも変わらないの」
 澪は悲しい瞳で航平を見ていた。その瞳を見て思う。この人は
自分を拒否しているわけでは無いと。拒否しているのではなく、
拒否しなければならないと思っているのだ。
「誤解なんてしてないよ。あなたがそう思っているだけだ。
僕はあなたの事を誰よりもよく知っている」
 絶対に引かない。引くものか。どれだけの想いで探し続けた事か。
もう二度と同じ思いをしたくない。五十四歳と言う齢(よわい)に
なったからこそ、これから先の人生に絶対に彼女は欠かせないと
思うのだった。
 そんな強い航平の意思を感じ取ったからなのか、澪は大きく
溜息をついた。
「あなたがそこまで言うのなら。……何故私が消息を絶ったのか、
どうして愛される資格が無いと言うのか、その訳をお話しするわ。
本当は話したくは無いの。あなたに本当の事を知られるのが一番
辛いから。綺麗なままの私でありたかった。かつて、そんな女を
愛したなって思い出にして欲しかった。でも、話す事も運命
なのかもしれない。そして、あなたに軽蔑される事が私に
課せられた罰なのかもしれない……」
 澪の黒曜石の虹彩が消えた。そして、漆黒の闇がそこに広がっていた。



                           序章  了

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~ Comment ~

Re: NoTitle>秋沙様 

秋沙さん♪

そうなんです。やっと、これから語られるのです。
ですから、本編は過去のお話になります。
しかも長いので、真実へ辿りつくまでには、
まだまだ時間がかかります。(^^)

NoTitle 

やっと・・・やっと語られるんですね?

あぁぁぁぁ早く知りたいですぅ。
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