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小説・クロスステッチ第1部 <完>
第9章 染まる染まらない~第15章 許されざる者許す者


クロスステッチ 第1部第12章 風 第1回

2010.03.22  *Edit 

 理子は増山の部屋にいた。バラ園の翌日だった。
 あの後、二人は黙ったまま車に乗り込み、増山は理子を降ろす
間際まで一言も話さなかった。理子も、憮然とした増山の態度に
納得がいかず、ご機嫌取りをするのも嫌で黙ったままだった。だから
車の中は息詰まるような沈黙にずっと支配されていた。
 理子の家の近くに到着し、車を止めた時に増山が言った。
 「明日、俺のうちに来るんだ。午前10時に迎えに来るから。
話しはその時にゆっくりしよう」
 理子は増山のその言葉にショックを受けた。まさか、
別れ話でもする気なのでは?
 もし、そうだったらどうしよう?でも、増山を面倒くさい人と
思ったではないか。いっそ、これを機に別れた方が互いの為なのかも
しれない。教師と生徒の恋愛なんて、最初から間違っていたのだ。
理子はまだまだ成長過程の途中だ。大人と恋愛するのは早過ぎたのだ。
そんな思いが理子の頭の中を駆け巡る。
 その晩、理子は悶々として眠れなかった。


 翌日、二人は増山の部屋で対峙した。ガラスのテーブル越しに
向き合って座った。増山は迎えに来た時に挨拶したきりで、今日も
ずっと無言だ。家の中には、昨日聞いていた通り誰もいなかった。
 とても気まずい空気が流れているように理子には感じられた。
息が詰まりそうだ。ここまで連れて来ておきながら、何故何も
言わないのだろう。
 「先生・・・」
 理子は耐えられなくなって、増山を呼んだ。
 増山は理子の呼びかけに、片方の眉毛を上げて理子を見た。
 「先生、どうして何もおっしゃらないんですか?」
 「うん・・・、すまない。何をどう話したらいいのか、自分でも 
わからないんだ」
 増山は憮然とした表情で言った。
 「話しがあるから、私を今日呼んだんじゃないんですか?」
 「そうなんだが、何だか胸の中がもやもやする」
 「じゃぁ、先生。私が話しの口火を切ってもいいですか?先生の
もやもやに火を点ける事になるかもしれませんけど」
 そう言う理子に増山は鋭い視線を向けた。
 「お前は、敢えて火を点けるかもしれない事をしようと言うのか」
 「だって、この状態に耐えられません。結果がどう転ぶかは
わかりません。でも、もやもやしたままでいたくはないです」
 理子は真剣な眼差しで増山を見つめた。それを受けて、増山の
方から話しだした。
 「俺が一番気にかかるのは、石坂先生の事だ。昨日、お前が
石坂先生にした返答を聞いた時、お前の中に危うい物を感じたんだ」
 「危うい物?」
 理子の心が揺れた。
 「そうだ。はっきり断らなかった事に、お前の心を垣間見た気が
した。俺は、それが溜まらなくなってしまった。だから昨日はあんな
終わり方になってしまったんだ。その事に関しては済まなかったと
思っている」
 理子の胸が痛んだ。矢張りこの人は敏感だ。
 「理子、一つだけ、確認させてくれ」
 「なんでしょう?」
 「俺を愛しているか?」
 切ない表情だった。大人の男性が17歳の少女にするような表情じゃ
ない。この人は今、とても不安な気持ちでいるんだと理子は思った。
 いつも自信に満ちている人なのに。
 「愛してます。その気持ちは微塵も変わっていません」
 理子は増山の目を見てきっぱりと言った。それを聞いた増山は、
安心した顔をした。
 「わかった。それじゃぁ、聞かせて貰うが、理子は石坂先生にも
少なからず思いを寄せているんじゃないのか」
 理子は黙って増山を見つめた。暫く考える。そして答えた。
 「惹かれるものはあります。私、大人の男性に惹かれるみたいです。
石坂先生は、きっと私が何を言っても怒らずに優しく受け入れて
くれるだろう、と思うと、とても頼りたくなってしまうんです。
私、怒りっぽい人は苦手です。もう、母で懲り懲りなんです。
昨日の帰り、独占欲が強くて勝気で怒りっぽい所が先生と母はとても
似てるって思いました。何かって言うとすぐに怒られるのはウンザリ
なんです。私は穏やかな場所に居たいんです」
 理子は思わず言ってしまった。そこまで言うつもりは無かったのに。
 増山は返す言葉が無かった。それが理子の本音なのか、と思うと
悲しかった。
 「先生、ごめんなさい。怒らないで聞いてください。私、先生を
怒らせたくて言ってるんじゃないんです。傷つけるつもりもないです。
私の方こそ感情的になってますよね。でも私、先生にはわかって
欲しいんです。怒られるのが嫌いだら、怒られたくない。そうなると、
怒られないで済むように振る舞うようになってしまいます。そこに、
嘘が生じてしまいます。怒られると思ったら、本当の自分を
見せられなくなる。私は母に怒られ続けて来たことで、母に対して
本当の事を言わなくなりました。相談もしません。そして、顔色を
窺って生活してます。そんな生活が嫌だし、そんな自分自身も
嫌なんです。だから、先生の前では正直でいたいんです」
 「理子・・・。ごめん。いつだって悪いのは俺なんだよな。
俺が嫉妬深いせいなんだろうな」
 増山が肩を落としてそう言った。
 「先生、どうしてそんなに怒りっぽいの?愛してくれているのは
十分わかってます。だけど私、時々息苦しくなる・・・。
押しつぶされそうになります。先生が怒るたびに、私傷つくんです。
心が委縮しちゃいます。だって先生、極端なんだもの。だから、
先生が怒るたびに、もう嫌われてしまったのかもと思って、
悲しくなるし辛いんです」
 理子は涙が出そうになるのを我慢した。
 「すまない。だが、どうも性分みたいなんだ。自分でもどうしょうも
ないんだよ。だが、怒ったからと言って、お前を嫌いになんかならない。
愛は変わらない。それだけは信じてくれないか」
 「先生。じゃぁ私、洗いざらい話します。もっと先生を怒らせる事に
なるかもしれないです。それでも先生の愛が変わらないのなら、
これから先、何があっても先生を信じ続けます」
 理子の言葉に増山は怯んだ。洗いざらいとはどういう事だ。
一体何を話そうとしているのか。
 「この間、石坂先生に問題集のわからない所を聞きに行った時、
つい私、先生の事を気にしてしまって気が散ってしまったんです。
私、自分の事を千里眼って言いましたけど、あながち嘘じゃ
ないんですよ。人よりも視界が広いみたいで、普通の人が見えない
範囲まで見えるんです。だから、見ていないふりをして、ちゃっかり
見てるんです。勿論、正視しているわけじゃないですから、正確な
情報を掴めるわけではありません。ただ、概要は掴めます。
雰囲気とか気配とかも。なので、先生の事も見て無いふりして見てるんです」
 「そうだったのか。全く見ていない筈だと思うのに、
見てたりするのはそのせいか」
 「そうなんです。おまけにポーカーフェイスですからね。
大抵の人にはわからない筈です。なのに、石坂先生には気付かれて
しまったんです。勘の良いあなたですら気付かなかった事なのに」
 「気付いたって言うのは、何に気付いたんだ?」
 「私があなたを気にしている事です」
 増山は驚いた顔をして理子を見た。
 「最近、毎日職員室へ行ってるじゃないですか。否が応でも、
先生の様子が伝わってくるんです。恥ずかしいんですけど、それが
気になって気になって・・・。妬いてるとか、言わないで下さいよ」
 「わかった」
 増山は優しく微笑んだ。理子が自分を気にしてくれていると
知って癒されたからだった。
 「それで、勉強に集中しきれていなかったからなんでしょうね。
でも、増山先生を気にしている、と指摘された時には、心臓が
止まるほどドキリとしました。私はいつも細心の注意を払って
いるので、気付かれた事に疑問を持ちました。石坂先生は、私が
見ていないふりをして、実は見ているのではないかと感じると
おっしゃるんです。そして、それはこれと言った確証はないけれども、
自分の勘なんだって。だから私は、何故そう思うのか石坂先生に
伺ったんです。そうしたら、『僕も君の事を気にしているからかも
しれない』っておっしゃられたので、余計に驚きました」
 増山が驚いた顔をした。
 「石坂先生が、そんな事を言ったのか」
 「はい」
 「俺は、前々から、石坂先生はもしかしたら理子に気があるんじゃ
ないかと思っていたんだ」
 増山はそう言って理子を見た。
 「だがまさか、そうストレートに理子に言うとは思ってなかった」
 「私もとても驚きました。何と答えたらいいのか分からな
かったです。だけど」
 「だけど?」
 「私色々と突っ込んで聞いちゃったんです。これまで多くの
女生徒と関わってきて、惹かれる事とかないのか、とか」
 「お前なぁ・・・」
 増山はそう言うと溜息を突いた。
 「すみません。好奇心が旺盛なもので。そうしたら、石坂先生は、
そういう事もあるとおっしゃいました。でも、結婚してるから、
それ以上の事は無いっておっしゃったんですけど、これから先の事は
わからないって。全てをかなぐり捨ててもいい程の恋をしないとは
言えないって」
 「そうか・・・。何だか意味深だな」
 「そうなんです。石坂先生にその時に初めて男を感じました。
男の目で見られました」
 増山の目つきが険しくなった。
 「その時に、諸星先生が登場して『職員室で女生徒を口説いちゃ
いけないよ』って」
 「諸星先生が?」
 突然の諸星の登場に増山は驚いた。
 「諸星先生、石坂先生の斜め前の席なんですよ。いつからそこに
いらしたのか気付かなかったんですけど、私も突然、諸星先生が間に
入って来たので驚きました。でも、核心を突いてるんですよ。
雰囲気が怪しいって」
 「あの先生は、凄く頭のいい人だ。若い俺が言うのもなんだけどな。
懐の深い人だよ」
 「私もそう思います。諸星先生が、恋愛問題なら自分に相談しろって。
ジジイだから安心だって言うんですよ。おまけに、石坂先生は
人畜無害の聖人君子みたいな顔をしてるけど、まだ不惑だから危険だって」
 「はっはっは、そんな事を言ったのか。本人の前だよな?」
 「そうなんです。石坂先生は溜息吐いてました。でもって更に、
教師であろうが、男子生徒であろうが、男には変わりない。
男はみんな狼だから用心に越した事はないって」
 「へぇー、そんな事を」
 「私、思わず突っ込んじゃったんですよ。ジジイもですか?って」
 「そしたら?」
 「ジジイもだ、って」
 増山は大爆笑した。腹を抱えて笑う姿を理子は初めて見た。
 「はっはっは・・・、いやぁ~、いいそれ。俺、好きだなぁ、諸星先生」
 「おまけに、自分も若い時は増山先生ばりのイケメンだったんだぞって。
それで、石坂先生も増山先生も、年を取れば俺みたいになるんだって
おっしゃって、石坂先生はもう閉口って感じだったんです」
 「それはいい。本当に諸星先生にはかなわないな」
 増山は明るい顔をしている。満面に笑みを浮かべて楽しそうだ。
いつものクールな雰囲気とは全く違い、頬にエクボを作り、
八重歯を見せて、気さくな雰囲気だ。この顔に再び翳を射すような
事を言わなければならないのか。敢えて言う必要もないのではないか。
話しはここで終わらせても、何の問題も無い筈だ。理子が迷っていると、
いきなり増山は真顔に戻った。
 「それで、遊びに来ないかって何時誘われたんだ?」
 「一昨日です。前日、ゆきちゃんに小泉君との事で相談を
受けたので、職員室へは行けませんでした」
 「ああ、そう言えばそうだったな。今日は来ないなと思ってたのは、
その時だったのか」
 「はい。石坂先生は、その前に、あんな話しをしたから来るのを
嫌になったんではないかと心配されたって」
 「そうか。まぁ、そうだろう」
 「一昨日は、諸星先生は出張でいらっしゃいませんでした。前回、
お喋りし過ぎて勉強が進まなかったから、今日は頑張ろうって事で、
公式をどれだけ覚えたか暗誦させられたんです。私、最初のうちは
調子良かったんですけど、段々怪しくなってきて、最後は混
乱してきちゃって・・・」
 「成る程。それで石坂先生は、連休中のリフレッシュを勧めて
きたんだな」
 「はい。今後のスケジュールを連休中にたてておいて下さるそうです」
 「そうか。それで?」
 増山の目は鋭かった。
 「この連休中は楽しく過ごしなさい、もし遊び相手がいないなら、
僕がなってあげるよ、ってウィンクされちゃいました」
 増山は目を見開いた。
 「職員室なのにか」
 「そうです。私、思わず赤くなってしまいました。そしたら、
可愛いなぁって・・・」
 理子が赤くなって俯いた。その様子が増山の心を逆なでした。
 「それで?」
 「それこそ、普段聖人君子のような雰囲気の人ですから、意外に
思ったので、そう言ったんです。そうしたら、『君はもっと、僕の
意外な面を見たいと思わないかい?』っておっしゃられて・・・」
 それを聞いて増山は、フンと馬鹿にしたように笑った。腹を立てて
いるのだ。理子にではなく石坂に。なんてヤツだ。紳士ヅラして、
妻帯者でありながら女生徒にそんなちょっかいを出すとは。
 「それで理子は何て答えたんだ」
 「好奇心旺盛なので、興味はありますと答えました」
 「なるほど。それで石坂先生は?」
 「自分も同じだと。興味の赴くままに追及できたら、こんなに
楽しい事は無いけど、欲求を満たそうと思えばリスクを伴う場合もあると」
 「リクスか。一体、どんなリスクなんだろうな?」
 「わかりません。先生の意外な面を知りたい場合もリスクは
あるのかって訊ねたら、無いとは言えないけど、それをリスクと
思うか否かは人それぞれだって」
 「意味深だな・・・」
 「はい。私もそう思います。それで、そのあと、もし良かったら
遊びに来ないかって誘われたんです」
 「それでお前は、昨日言ったように答えたわけだな」
 「そうです」
 増山は憮然とした態度で腕を組んで考えていた。暫しの沈黙の後に言った。
 「それで、お前の真意はどこにあるんだ?その時のお前の気持ちを
教えてくれ」
 矢張り、そうきたか、と理子は思った。言わずには済ませられないようだ。
 「私は、・・・石坂先生との会話を楽しんでました。どこか核心には
触れない、だけど、何か危険を感じさせるその会話が与えてくれる
刺激を心地良いと感じてました」
 理子は増山を見た。増山の様子は変わらないように見えた。
 「最初の段階で、まともに受け答えせずに、はぐらかすか
拒否するかできたのに、そうしなかった。石坂先生の本心に
触れたい衝動に駆られて、先へ進んでしまいました。自分でも、
どうして石坂先生とこんな会話をしているんだろう?って
不思議に思いながら」
 「理子は、石坂先生と話していて、どうしたいと思った?
石坂先生の懐に飛び込みたいって思ったか?」
 なんて鋭い人なんだろう。これだけの話しで理子の核心に触れて
来た。そこまで理子の心理を読み取っていながら、この人は何故、
普段ああも怒るのか。その理由は理子も十分承知している筈だ。
愛するが為だ。頭ではわかっている。だが、心が追いついて
行かないのだ。
 「石坂先生の懐に飛び込みたいんじゃなくて、大人の、懐の深い
男性に飛び込みたいって気持ちを持っている事を改めて自覚しました。
懐の深い、広くて大きな、多少の事には動揺しない、力強くて
優しい男性。何を言っても怒らない、どんな本音も受け止めて
吸い取ってくれる、幼子のように安心して眠らせてくれる、
そんな男性を求めているんだなって。」
 「それは、俺では無いんだな」
 増山は暗い目でそう言った。
 「先生、それは違います。でも私、言ったじゃないですか。
私はいつも危うい所に立っているって。これまでは流されないで
きたけれど、この先もそうである自信はないって」
 「でもまだ、流されてはいない。そうだよな?」
 「そうです。流されてはいません。私が愛してるのは先生だけです。
胸がときめくのはあなただけ。石坂先生に対しては、優しい父とか
叔父とか兄を慕うような、そんな感情しか持ち合わせていません」
 理子は増山を見つめた。増山の瞳が揺れている。心の揺れを
現しているようだ。
 「先生・・・。悲しい目をしてますね」
 理子が言った。増山は理子の言葉に視線を逸らせた。
 「怒らないんですか?」
 「何故、怒らなきゃならない?俺が怒るような事をしてはいないだろう?」
 「そのつもりです。でも、先生は悲しそうな目をしてる。私、
先生を傷つけてしまったんでしょう?」
 「人を愛すれば、時には傷つくこともあるさ。お前だって、俺を
愛するようになって傷ついてきただろう?」
 確かにその通りだ。だが考えてみると、理子はそれ程深い傷を
負った覚えは無かった。小さい傷は受けてきたように思う。でも結局は
どれも取るに足らないものだったと思う。増山に怒られて委縮して、
不愉快に思ったり傷ついたりしても、すぐに癒えてしまっている。
 理子は目の前の増山を見て思った。この人の方が自分より遥かに
繊細なのではないかと。親との関係で、自分を臆病者で傷つきやすい
人間だと思っていたが、逆に、そういう目に遭っている分、他人に
対しては鈍感なのではないか。そして増山は、愛情の中で純粋培養
されてきた分、逆に傷つきやすいのではないか。
 「先生、ごめんなさい。私、本当に我儘ですね。自分の満たされない
思いばかりに凝り固まって、愛する人を傷つけてしまいました」
 「理子、お前は悪くないさ。お前の素直な心を受け止めきれない
俺がいけないんだ」
 「先生、自分を責めないで下さい。先生は全然悪くないんだから」
 「いや・・・」
 増山は膝の上に肘を付くと、両手で頭を抱えた。理子の胸は
切なくなった。やりきれない。どうしたらいいのだろう。
何て言ったらいいのだろう。

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