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小説・クロスステッチ第2部 <完>
21.ふたつの鼓動 ~ 22.美しき花、あとがき


クロスステッチ 第二部 22.美しき花  最終回

2010.12.15  *Edit 

 センター試験の合格発表後、雅春は大学院博士課程を受験した。
 小論文と面接だ。
 どちらも、問題無いと思われる。
 面接では、今回提出した修士論文の内容について、色々と
突っ込まれた質問をされた後、今後の課題や、これから
取り組みたい研究内容の事などについて質問された。全ての
質問事項に澱みなく答え、今後の抱負を力強く語った。
「発表は3月の半ばになりますが、君なら大丈夫だと
信じてますよ。これから頑張って下さい」
 最後にそう言われて、胸が熱くなった。これであとはもう、
学校の最後の仕事をやり遂げるだけだ。一層、力が湧いて
くるのを感じた。
 帰宅すると、理子が笑顔で待っていた。
 その笑顔が眩しくて、思わず唇を寄せる。
 強く抱きしめ、そのしなやかな体を服の上から感じ、
途端に衝動に突き上げられ、玄関である事も忘れて
雅春は理子を押し倒した。
 性急な雅春に戸惑いを見せながらも、理子は雅春に
身を任せていた。そんな理子が一層愛おしく感じ、
彼女の服の間から中に手を滑らせる。心地良い感触が、
心地良い痺れを呼んだ。そのまま先へ進もうと、理子と
口づけを交わしながら着ているコートを脱いだ時、
いきなり冷静になった。
 コートを脱いでみると、周囲の空気がヒンヤリ
していたからだ。
 床暖房が入っているので、床はほのかに暖かい。だが、
玄関は陽の射さない北側だけに、空気は冷たい。コートを
着ていたので、それには気付かずにいたのだった。
 こんなヒンヤリした空気の中で理子を裸に
するわけにはいかない。
 雅春は慌てて理子の体を起こした。
「先生?」
 突然の事に驚いている理子に、雅春は微笑んだ。
「ごめんよ。こんな場所で急に押し倒したりなんかして」
 理子は頬を染めて、首を横に振った。
 二人は立ち上がると、リビングへ移動した。
 理子はキッチンへと入ってお茶の支度を始めたので、
雅春は先にソファに腰を沈めた。
 相変わらず、自分の性急さに呆れる。
 理子がお茶とお菓子を持ってきた。
 甘酸っぱいような香りが鼻腔をくすぐった。
「これは、なんのお茶?」
 手に取って見ると、紅茶によく似ている気がする。
レモンティーなのだろうか?匂いから酸味を感じるが、
レモンの姿はどこにも無い。
「ローズヒップティです。ビタミンCが豊富で、疲労回復や
風邪予防にピッタリです。気持ちも少し疲れてらっしゃる
だろうと思って。ハチミツ入りですから、甘酸っぱくて
美味しいですよ」
 なるほど。俺の体を気遣ってこのお茶を選んで
淹れてくれたのか。
 いつも、雅春の体や気持ちの事を考えて気を使って
くれていて、こんなに嬉しい事は無い。彼女の優しい
思いやりのおかげで、毎日の生活が充足している。
 誰も愛せなかった頃を思うと、今はまるで別の人生を
歩んでいるような気がして来るのだった。
 彼女と出会って愛を知り、初めての感情に戸惑い、
自分の中に今まで自分でさえ知らなかった自分を発見し、
様々な感情に突き動かされて、歓びと共に悲しみや
痛みも知った。そして、若くて感受性の強い理子は、
自分よりも更に多くの感情を味わって来たに違いない。
「毛筆の方の勉強はどう?はかどってる?」
 甘酸っぱいお茶をひと口のみ下してから、美味しそうな
クッキーを手に取った。
「はい。正木先生は、素晴らしい先生ですね。
すごく勉強になります」
 正木先生とは、雅春が理子に紹介した書道家のことだ。
 雅春は子供の時に書道を習っていて、なかなか筋が
良いと褒められたが、ある一定のレベルに達した後は止めた。
だが、書道の作品を見るのは好きで、高校時代から近くで
書道の展覧会があると足をよく運んだ。正木とは
そこで知り合った。
 熱心に魅入る高校生に、正木は興味を覚えたらしい。
正木の方から声を掛けて来た。今時の高校生らしくない
雅春を正木は気に入り、雅春も、仙人のような風貌をした
変わった書道家と妙に気が合うものを感じて、
以来親しくなったのだった。
 雅春は挨拶も兼ねて、理子と共に訪れたかったのだが、
最も忙しい時期だった事もあり、電話で事情を話して頼み、
理子一人で訪れさせた。
 理子が初めて訪問した日の晩、正木から雅春の携帯に
電話が掛って来た。
「あの子は、なかなか面白い子だねぇ」
 それが正木の第一声だった。
「それで、筋の方はどうなんでしょう?」
「筋はいいよ。頭のいい子だ。それに努力家で熱心だね」
 書道の心得が全く無いと言う理子に、正木はまずペンを
持たせて、普通に紙に言葉を書かせてみた。そのペン使いの
様子を見て、唸った。まるで、毛筆で書いているような
ペン捌きだったからだ。
「君はもしかして、ペン習字をやった事があるのかな?」
 正木の言葉に理子は不思議そうな顔をして
「ありません」と答えた。
 理子は、まるで習字のように文字を書く時の力の入れ加減、
抜き加減が上手く、力まずゆったりとペンを動かしていた。
そして、書きあがった文字は、大らかな文字だった。
雅春は几帳面さと大雑把さが混ざったような文字を書く。
 正木は理子に興味が湧いて、色々と突っ込んで話を
訊いてみた。
 子供の頃に通った習字教室は大変つまらなくて、
すぐに止めた。学校での習字の時間も嫌いだったと言う。
だが、筆を持つのは苦手だが、字を書くことは好きな方
だったから、自分なりに綺麗な文字を書くにはどうしたら
いいのか、色々と研究したと聞き、正木は驚き、そして
それを好ましく思った。
「あの子は、学者向きだね。きっと君と同じ道を進むに
違いないよ」
 と正木に言われ、雅春は嬉しく思ったのだった。
「それに、あの子は心が綺麗だ。君が好きになったのも
頷ける。ただ、寂しがり屋のようでもあるな。君が十分
愛を注いでやれば、君の愛を養分にして美しい花を
咲かせるだろうが、そうでなければ、立ち枯れる。
そんな印象を受けた。そして今は、美しい花が開きかけて、
匂うような魅力を感じさせている。君が羨ましいよ」
 仙人でも、スケベなんだなと思いつつ、正木の言葉に
頷く雅春だった。
「先生も、正木先生からご指導を受けられたんですよね?」
 笑顔の理子に頷いた。
「ああ。あの先生はね。余計な事は言わないんだ。
無駄な事はさせない。とても合理的な人だよ。ただ、
少々スケベでもあるから、要注意だ」
「あらやだ、先生ったら。部屋の障子を全て開け放って、
隣の部屋では奥様が繕い物とかなさってるんですよ?
そこまで気を使って下さってるのに、そんな事を言うなんて、
焼きもち妬き復活ですか?」
「そうなのか。まぁ、いいじゃないか。俺はそれを
知らなかったんだから。君は大事な妻だ。少しは心配
するのも当たり前だろう?それに、心配されなくなったら、
おしまいだぞ」
 そう言って抱き寄せると、理子は体を預けて来た。
「さっきの続きをしようか?」
 耳元で甘く囁くと、理子は頬を染めて小さく頷いた。

 無事に卒業式を終え、それから数日後に理子は
奈良へと旅立って行った。
 卒業式の朝、礼服を着て寝室を出ると理子が大きく
溜息を吐いた。頬を染めてウットリと自分を見ている
ものだから、急に照れ臭くなった。
「どうした?」
「ステキだなぁ~と思って。去年の事を思い出します。
あの時は、もうすぐ先生と結婚できるって歓びと、
これで学校での先生を見れないんだって思いとで、
なんだかとっても切なくて……」
「そうだな。俺も、君がこれで学校からは居なくなるんだと
思って、内心では寂しい思いもしてたんだ。堂々と君と
付き合って結婚できる喜びに勝るものは無い筈だったのに」
「だけど先生、女子達に取り囲まれて、写真攻撃に遭って、
なんか妙に鼻の下を伸ばしてましたよ?」
「それは、君の勘違いだ」
「そうですかぁ?今日もまた、あの日が再現されるんじゃ
ないのかなぁ」
 理子はそう言いながら、何故か楽しそうに笑った。
「なんだか君を見ていると、それを望んでいる節が
見受けられるんだが…」
「それは先生の勘違いです」
 雅春は「はっ」と言って、呆れた。茶化されてるのに
気付いたからだ。構うのはよそうと、背を向けると
「先生…」と理子が切なげな声を掛けて来た。雅春が
無視すると、背後から抱きついて来きたので驚いた。
「どうしたんだよ、急に」
「…一緒に、…写真撮りたい…」
「はぁ?」
 甘ったるい声で言われた言葉に雅春は驚いた。
「だって…。本当は去年、一緒に写真を撮りたかったの」
「撮ったじゃないか。教室で」
 女生徒達が記念にと、ツーショットをせがんできて、
最後だからまぁいいかと思って了承した。撮影係に理子が
名乗りを上げたのには驚いたが、一番最後に理子も携帯で
他の女子に撮って貰った筈だ。
「そうなんですけど…、あの時はみんなの手前、ポーカー
フェイスだったし…。先生だって、いつもよりは優しい顔を
してたけど、でも…」
 珍しく甘えた様子に、雅春は心をくすぐられた。
「わかったよ。まともな写真じゃなくて、気に入らない
わけなんだな。君が望む事を俺が拒む理由もないしな。
一緒に撮るか」
 理子は満面の笑みを浮かべると、雅春から離れて小走りに
リビングを出て行った。そして間もなく戻って来た
その様を見て、目を見張った。
 立派な一眼レフと三脚を手に持っている。どちらも
結婚祝いに紫から買って貰った品だ。
「なんだよ。携帯で撮るんじゃなかったのか?」
「携帯でも撮りますけど、ちゃんとした写真も欲しいじゃ
ないですか」
 理子は頬を染めてそう言うと、雅春に北側の二人掛けの
ソファへ座るように言った。そして自分は対面に三脚を置き、
カメラをセットしてファインダーを覗きこむ。
 何やかやと注文を付けては、カメラを調節する。
その注文内容には呆れた。
「先生、笑顔笑顔。…駄目駄目、笑い過ぎ…。もう少し
優しくニッコリした感じで、ちょこっとだけ、エクボを
見せて…。ううん、もう少し…。私への愛をもっと込めて
笑って貰えませんか?」
 最後の注文に、思わず爆笑すると、叱られた。
 やっと納得して、「その顔を崩さないでね」と言って
雅春の隣に座ると、腕を絡めて肩に軽く頭をもたせかけた。
「先生、撮りますよ?顔、そのままですよ?」
 そう言って、リモコンでシャッターを何度も切った。
そしてモニターで確認し、やっと満足した。雅春も安堵する。
また同じ事を要求されても困る。既に疲れていた。
「先生、ほら見て!とーっても素敵に写ってる」
 理子がモニターを見ながら目を輝かせているので、
言われた通りに覗いてみると、確かによく撮れていた。
あんなに作られた笑顔にもかかわらず、自然な笑顔に見え、
寄り添っている理子はとても幸せそうに頬を染めていて可愛い。
「ほんとだ。よく撮れてるな」
 雅春が感心していると、「じゃぁ、今度は携帯ね」と言
われて、雅春はウンザリした。
 そして、学校へ行くと、理子が言った通りに去年と
同じ事が再現され、ブラバンと歴研の打ち上げにも
付き合わされ、げんなりして帰宅するとリビングに
今朝撮った二人の写真が四つ切サイズに引き伸ばされ、
額に入ってピアノの上に置いてあるのを見て驚いた。
「私が留守中でも、先生が寂しくないようにね」
 そう言って笑った笑顔に、胸が締め付けられたのだった。
 彼女は奈良へ出かける日も、いつも通りに起きて、
いつも通りに食事の支度と弁当の支度と家事を済まし、
そして雅春と共に家を出た。朝一緒に出るのは
初めての事で新鮮だった。
 駅までの道を手を繋いだまま黙って歩き、改札へ入って、
別々のホームに立つべく階段の下まで来た時に、
理子は雅春に抱きついた。恥ずかしがり屋で人目を気にする
彼女の行為に驚いていると、彼女はすぐに体を離した。
 そして、顔を上げて雅春に笑顔を向けると、
「いってらっしゃい。そして、いってきます」
 と言った。
 その笑顔は、まるで美しき花のようだった。
 大胆でいながら繊細で、度胸があるようで臆病で、
寂しがり屋で傷つきやすい少女だった理子が、今大きく
花を開かせようとしているのを雅春は感じた。
 それと同時に、自分の中にも美しき花を感じる。
 自分自身の花も、理子の愛によって咲き始めている。
 もうすぐ、結婚記念日だ。
 あれから1年になるのか。
 僅か1年の間に色んな事があった。次から次へと
起こってくる波に呑まれ、そして乗り越えて、
ここまで辿り着いた。その時には辛かったが、
今は乗り越えられた事に大きな満足感を得ている。
そして、こうして互いに美しい花を咲かせられるように
なった事にも。
「向こうはまだ寒いから、風邪を引かないようにな。
…発掘作業で怪我しないように気を付けるんだぞ?
…馴れない道で転ぶなよ。…それから、…男子どもにも
気を付けるんだぞ」
 理子はプッと吹きだした。
「先生の心配性。私は大丈夫だから。古川さんも一緒だし」
「あいつが一番、心配だ」
「彰子さんって恋人がいるのに、何言ってるの?
…じゃぁ、私、行きますね。先生もさっさと行かないと、
遅刻しますよ?」
 雅春はそう言う理子の手を取って、その甲に
そっと口づけた。
「相変わらず、つれない女だ」
 理子は頬を染めて優しく笑うと、そっと手を外して、
そして上げた。
「じゃぁ」
 手を振って背を向けると、さっさと階段を昇って行く。
 その姿を見て、雅春も急いで自分の乗る電車のホームへの
階段を駆け上った。
 ホームは人で溢れている。それを掻き分けるようにして
前へ出ると、反対側のホームを見る。理子が階段を昇りきって、
こちらを見ているのを見つけた。手を振ると、振り返してきた。
「一番ホームに間もなく電車が入ります」
 とアナウンスが流れた。渋谷行きだ。
 理子が何か言っている。
 ゆっくりと動かしている唇の動きを見た。
 その言葉を読みとって、雅春はニッコリと笑った。

 -あ・い・し・て・る-

 雅春も、同じように口を動かした。
 それを見て、理子はとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 そして、すぐに電車が入って来た。
 乗り込んだ理子がこちら側のドアへとやってきて、
ガラスにへばり付き、雅春をジッと見つめた。
憂いを含んだ瞳に吸い込まれそうだ。

 行ってしまう。俺の花が……。
 いや。ちょっと留守にするだけだ。
 また俺の許に戻って来る。
 きっと、もっと綺麗になって。

 走り出した電車を見送りながら、雅春の心は一週間後に
再び逢える時を夢見ていた。


                      第二部  End.


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