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小説・クロスステッチ第2部 <完>
21.ふたつの鼓動 ~ 22.美しき花、あとがき


クロスステッチ 第二部 22.美しき花(最終章) 03

2010.12.12  *Edit 

 毎年、春休みに一年生を対象としたゼミ旅行がある。
 奈良県の飛鳥地方を中心に、遺跡見学や発掘調査に
参加するなど、その地ならではの体験学習を行う。
対象は全学部の一年生だ。歴史へ進学を予定している学生は
当然の事、他学部の生徒も多く参加する人気のあるゼミだ。
雅春も古川も一年の時に参加した。
「締め切りは今月末だから、まだ少し間はあるが、
理子ちゃんと同じクラスの生徒の多くは既に申し込んで
いるのに彼女だけまだなものだから、ちょっと心配に
なってな。まさか、お前が行かせないって事は無いよな?」
「そんなわけ、無いだろう!」
 思わず声が大きくなる。
「だよな。幾ら自分の手許に置いておきたいと言っても、
そこまではしないよな」
「当たり前だろうがっ」
「いやだけど、多くの男たちと泊まるわけだしさ。
お前がそれを気にしてるんじゃないかと思ってね」
 冷やかすような声が癪にさわった。
「馬鹿な事を言うな。修学旅行の延長みたいなものじゃないか。
そんな事でいちいち妬いてたら、この先、どうするんだよ」
「ああ、全くだ。この先、お前がハラハラするであろう
機会が多いのが、俺には逆に楽しみだったりするんだよなぁ」
 電話の向こうでクククッと笑っている。
「あのなぁ。お前、勘違いするなよな。俺はもう、
そんな事では妬かない。お前をガッカリさせるようで悪いけど」
「おお、そうか。それはいい事を聞いた。実は俺、
今年はこのゼミ旅行の引率をする事になってな」
 嬉しそうに言う古川の言葉に、雅春は驚いた。
 主催は古代史担当の教授だが、中心者は洵教授で、
それ以外では助手や講師が参加し、院生の何人かが手伝いで
参加する。毎年受講生が多い為、それだけ手伝いの数も
必要なのだが、院生は学生である為、交通費も宿泊費も
自腹である。だから毎年、募集してもこちらは中々数が
揃わないのが教師達の悩みの種だった。
 行きたがらない院生が多いのに、何故、古川は嬉しそうなのか。
しかも、話しの流れからすると尚更に首を捻るセリフだ。
「お前、やけに嬉しそうだな」
 不審げに訊ねる。
「ああ。そりゃぁ、嬉しいさ。今年は理子ちゃんがいるからなぁ。
大丈夫。俺が他の男達から彼女を守ってやるから。それで、
ずっと付きっきりで、何から何まで指導しちゃるから安心しろ。
あ~、楽しみだなぁ。あの子とずっと一緒にいられると思うと……」
 ジュルルッ…と舌舐めずりするような音が聞こえてきて、
雅春は親友と言えども許せない気持ちが湧いて来た。
「お前、いい加減にしろよっ!俺の理子に何かしたら、
ただじゃおかないからなっ」
 低くドスの利いた声で脅す。目の前に古川がいるような
気がして、思わず虚空を睨みつけた。
「おぉ~、コワっ。おいおい、妬かないんじゃなかったのかよ」
「限度ってものがある。お前のその態度は、許せない」
「限度ってのは、どの程度なんだ?一緒に旅行する身としては、
聞いておかないとな」
「指一本、どころか、髪の毛一筋たりとも触れるな。わかったな」
「ひえぇ~。お前それはちょっと極端だぞ」
「ついでに言うなら、彼女に対する余計な気遣いも無用だ。
殊更、親切にしたり話しかけたりするんじゃないぞ」
「おいおい…」
「じゃないと、彰子に言いつけるぞっ」
「…ほーい。分かりました。分かったよ。ほんとに
冗談の通じないヤツだよな」
「お前が厭らしげに言うからだ。俺の気性は長い付き合いで
十分知ってるだろうが」
「それはそうだが、女の事に関してはサッパリだぞ?
在学中のお前はクールだったんだからな。そこまで
一人の女に入れ上げるとは誰も思わないし、毛ほども
想像つかないじゃないか」
 古川の言う事は尤もだ。雅春自身、こんな思いに
駆られるとは夢思っていなかった。
「それはそうだ。だが、普通の男でもさっきのお前の
言い方や内容には腹を立てると思うけどな。自分の妻に
舌舐めずりしてる男に寛容になれるヤツがいるかよ」
「あっはっはっはっは!だからそれは、冗談だって。
まぁ、ちょっと悪乗りし過ぎたのは認めるよ。ムキに
なるお前をからかうのが面白くて、ついな。悪かったな」
 雅春は小さく溜息を吐いた。本気で無い事は十分、
わかってはいるものの、矢張り相手の言い方に、
どうにもカチンときてしまったのだった。
「まぁ、それはともかくとしてだ。多分、試験の事で
頭が一杯で、ついうっかり忘れているのかもしれないと
思ってな。論文の事も含めて電話してみたのさ」
「わかった。確かに色々と忙しくて忘れてるのかもしれない。
俺の方から促してみるよ。電話、ありがとな。助かるよ」
 雅春は電話を切った後、すぐさま理子の自室のドアを
ノックした。すぐに中から返事が聞こえてきたのでドアを開ける。
開けた途端、すっきりした香りが鼻腔をくすぐった。
すぐにレモンの香りだと判った。
「レモンの匂いがする……」
 部屋へ足を踏み入れながら思わず呟いた。
 そんな雅春に理子は笑顔を向けた。
「いい香りでしょう?レモンの精油を1滴、ティッシュに
落として置いてあるんです」
 理子はそう言うと、北の窓辺の方へと顔を向けたので、
そちらへ視線をやると、窓の桟の端っこに、ティッシュで
作った小さな花が置いてあった。
「レモンの香りは、精神疲労に効果があって、気分転換や
集中力、理解力にも役立つんです。消毒効果もあるので、
この時期の風邪予防にもいいと思って」
「へぇ~。そうなんだ…」
 理子の言葉に雅春は感心した。確かに、なんだか気持が
リフレッシュされる。
「ところで、どうしたんですか?」
「うん…。ちょっと、話しがあるんだけど、今、大丈夫かな」
「平気ですけど……」
「じゃぁ、リビングの方へ移動しないか?」
「わかりました」
 理子は少し不思議そうな表情をして立ち上がった。
 リビングに入ると、お茶の支度をすると言う理子を
引き止めて、ソファに座らせて自分も隣に座る。
「先生、どうしたの?」
「ついさっき、古川から電話があったんだ」
「古川さんから?」
「ああ。単刀直入に言うけど、君がまだ春のゼミ旅行に
申し込んで無いけど、どうしたのか?ってね。」
 理子の顔から笑顔が消えた。それを見て、彼女が
申し込むのを忘れていたわけでは無い事を雅春は悟った。
「何故、申し込んで無いの?俺が故意に行かすのを
阻んでるんじゃないかって言われて、心外だったよ」
「ごめんなさい……」
 理子は俯いてそう言った。
「クラスの友達の多くは、既に申し込んでるそうだ。
志水君やあの二人の女の子達は、行くのかな?
行かないのかな?」
 雅春は優しく問いかけたが、理子はその問いに答えない。
「知らないの?」
 理子は首を振った。
「志水君も、愛理や美香も行くって言ってました。
もう申し込んだみたいです」
「林君や富樫君は?」
「二人も、申し込んだって」
「それで、君は何故、申し込まないの?」
 理子は顔を上げた。切なげな表情だった。
「…先生の…、そばにいたいから…」
 その言葉に驚いた。
「何言ってるんだよ、君は。ゼミ旅行は自由参加だ。
行かないからって、どうのと言う事は無いが、歴史を
志望している者にとっては、これほど勉強になる、
ありがたい旅行は無いんだぞ。これから先、行く機会
は多くあるが、少しでも多くの事を吸収する為にも、
是非にも参加しておくゼミだ。しかも君の好きな古代じゃ
ないか。それなのに君は…」
 自分のそばにいたいと言う言葉は嬉しい。だが、
それより何より、今はゼミへの参加の方が大切な事だ。
歴史へ進まない者ならともかく、この先そちらへ進学しようと
言う者のやる事とは思えない。だから思わず、強い
責め口調になってしまった。
 雅春の強い視線を受けて、理子は目を伏せた。
「このゼミには参加するんだ」
 雅春の強い口調に、理子は首を横に振った。
「理子、駄目だ。君はこのゼミに参加するんだ」
 思わず理子の両腕を強く掴む。
「先生…、痛い…」
 苦痛に顔を歪めた理子を見て、雅春は手の力を緩めた。
「すまない。痛い思いをさせて。だけど、君は行くべきだ」
「だけど私…、先生を置いて行くのが……」
 声が微かに震えている。
「なぁ。俺、子供じゃないんだぜ?君がいないのは確かに
寂しいが、でも仕方ないじゃないか」
「…だけど、一週間も行ってるんですよ?もうすぐ、
学校も退職するじゃないですか。何かと忙しくて、
精神的にも疲れてるだろうに、帰ってきても一人なんですよ?
それを思うと私…」
 理子の眦から涙がこぼれた。
「君が、こんなに泣き虫だとはな。…と言うか、
俺がずっと泣かせてきてるのか…」
 雅春の言葉に、理子は激しく首を振った。
「ごめんなさい…。泣くつもりなんて無いのに」
 そう言いながら、涙を拭った。
「いや、いいよ…」
 雅春は理子の肩をそっと抱き寄せた。
「私…、先生の、先生としての最後の仕事をしっかりサポート
してあげたいの。先生自身が悔い無く全力投球できるように…」
「そうか…。ごめんな。責めたりして」
 理子の真心が胸に沁みた。だが雅春は、それを受け入れる事は
できないと思った。


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