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小説・クロスステッチ第2部 <完>
21.ふたつの鼓動 ~ 22.美しき花、あとがき


クロスステッチ 第二部 22.美しき花(最終章) 02

2010.12.12  *Edit 

 センター試験が終わって、まずはホッとした。
 今年も、初日の夜、学校に居残ってクラスの生徒達に
電話をした。ただ今年は去年に比べて受験生が多かった。
春の噂事件の時に、補習クラスの人数が減った。あの時点で、
噂に動揺しながらも残った生徒達は、受験に対する意識が強く、
しっかりしていた。だから、あの事件は言わば、ふるい
だったのかもしれない。
 ふるいにかけられて残った生徒達は、真面目に取り組み、
取り組んだだけの成果を上げて来たので、補習クラスの
メンバーに関しては、雅春は心配していなかった。
 問題は、自分のクラスの生徒達だった。
 秋の推薦入学者が昨年よりも少なかった。では、他の
生徒達はその分、志が高かったのかと言うとそうでもなく、
浪人を念頭に置いている生徒が少なくない事に失望の念が
拭えない雅春だった。
 推薦入学者が少なかった分、センター試験の受験者が
増えたわけだが、志が低い生徒が多かったから、電話を
掛けて試験の状況を聞いても手応えの無い答えが多く、
翌日の試験も頑張るよう励ましても、力の無い返事に
ガッカリするのだった。
 校長が言うように、その年その年のカラーがあるのだから、
仕方の無い事とは言えるが、情けなくも思う。大学へ
進学する事だけが全てではない。だが、確たる信念が
あるわけでもなく、取り敢えず大学くらいは行っておこうと
思うのなら、それはそれで、もっと真剣に勉強する
べきではないか。
 ただ周囲に流されるようにして、適当に入れる所へ
入ったからと言って、その後どうするのだろう。何だかんだ
言っても、社会はまだまだ高学歴社会だ。その中で生きて
行かなければならないのだから、やるべき時期にやるべき
事をやっておくべきだろう。
 精神的に消耗して帰宅し、そんな話を理子にしたら、
彼女は笑った。
「先生はやっぱりエリートですよね。先生のおっしゃる事も
よく分かるけど、私は皆の気持ちもよく分かるかな。だって、
自分も先生と出会うまでは皆と同じような感じだったし」
「エリートってなんだよ。俺はエリートじゃないぞ」
 雅春は理子の言葉に憮然となった。
「だって…。先生はずっと優秀だったじゃないですか。
どの世界も優秀な人なんてひと握りですよ。多くの人は、
夢も希望もそんなに持って無いと思います。よく大人の人が、
『今の子供達は夢がない』とかって言ってますけど、社会
自体が夢を持てるような社会じゃないじゃないですか。
子供って親や大人の姿をよく見てますよ。尊敬できる大人や
憧れる事のできる大人って、います?なんか皆、疲れてる。
自分の事だけで汲々としてるし。夢を持ったところで、
現実がそれを押し潰して来るし。何になりたいのか、
何をしたいのか分からずに、でも漠然とした不安は抱えていて、
取り敢えず今日を生きてる。私も先生と出会わなければ、
きっと皆と同じでしたよ」
「でも、君には好きな事はあったよな」
「そうですね。でも、個人面談の時にも言いましたけど、
日本史に進む事で将来が成り立つのかと疑問を持って
ましたしね。何になりたいって明確な目標もありませんでした。
先生みたいに頭の良い人は、なりたいものが決まって無くても、
いい大学に入っておいて損はないと考えてちゃんと勉強
するんでしょうけど、そうではない人間にとっては、
明確な目標が無い限り、死に物狂いで勉強しようなんて気は
湧いてこないんですよ。先生のような優秀な人に、
私達凡人の気持ちは理解できないんでしょうけど」
 理子の言葉に雅春はショックを受けた。
「君は随分と辛らつなんだな」
「そうですか?事実を指摘しただけなんですけどね」
 平然として言う理子の真意が知れない。
「俺は、自分なりの意味を見出せなくても、やるべき事だと
思ってる。いずれは自身の為になることなんだからな」
 雅春は強い眼差しを理子に向けた。理子はその眼差しを
笑顔で受け止めた。
「先生のおっしゃる事は尤もです。そうやって生徒達の事を
思ってる先生はとても優しい人ですよね。でも、
どんな思いも相手に届かない事も多いです。それはそれで、
仕方の無い事です。先生は最善を尽くしたんだから、
あとは本人達の問題です。最終的に決めるのも戦うのも
本人ですから。いずれ先々、先生の言葉を理解して
後悔するのも本人だし。だから、先生が嘆く必要なんて、
無いんですよ。先生の思いを受け止めて、頑張ってきた
生徒達だっているわけですし」
 確かに理子の言う通りだ。最終的には本人の問題だ。
だが、そうと分かっていてもどこか割り切れない思いも残る。
これで最後だからなのだろうか。
「それに…」と、理子が言葉を続けた。
「もし、一人もいなかったとしても、先生はがっかりする事は
ないんですよ?…私がいるじゃないですか。先生の
アドバイスで奮起して、先生に支えられて死ぬほど頑張って
勝利を掴んだ人間がここに……。私はあなたの自慢の
生徒でしょ?こんな生徒が一人でもいたって事に
もっと誇りを持たないと」
 自信に満ちた笑顔を向けられて、雅春は思わず微笑む。
 そうだ。
 俺が頑張った証しが、ここにいる。
 一生、俺のそばにいるんだ。
 そう思うと、雅春の憂鬱は一掃された。
「やっぱり、君は俺の女神だ…」
 そう呟きながら、雅春は理子を抱きしめた。

「お前の論文、読ませてもらったぜ」
 1月のカレンダーも、残すところ僅かとなった或る日の晩、
雅春の許に親友の古川から電話がかかってきた。
「本当なら、会ってこの前みたいにお前とキュゥッと燗酒を
煽りたいところなんだが、今の時期はお前も忙しくて
それどころじゃないだろうからな」
 センター試験が終わった頃から、急に寒さが厳しく
なってきて、古川が言うように、おでんでも突きながら
熱燗でやりたいところだった。
「俺なら、お前が思う程でもないぜ。センター試験も終わったし、
あとはじたばたしても仕方が無いからな」
 本当は色々とやる事は多いのだが、精神的な余裕はある。
理子のお陰だ。その理子は、冬期の試験を目前に控えて、
自室で勉強に励んでいるのだった。
「そうは言っても、お前自身の試験もあるだろうが。
お前が提出した論文、あれは学内でも評判だぞ」
 愉快そうな声音が電話からこぼれて来る。
「評判って言うのは、どんな評判なんだ?」
 声がいつもより低くなる。
「そう、尖るなよ。まぁ、研究内容の完成度からしたら、
お前がピリピリするのも分かるけどな。恐ろしく時間の無い
教師生活2年半の中で、よくあれだけ勉強したと、
感心してるよ。さすがに、お前だな」
 その点に関しては、雅春自身も論文を書きながら、
よくここまでやれたなと思っていた。まとまった時間が
なかなか取れない中で少しずつ進めてきたのだが、
まとめてみると思いの外の量だった。
「学内でもな。心配の声が高かったんだ。在学中、
いくら優秀だったとは言え、高校の教師をしながら一体
どこまで研究できて成果を出せるのかってな。ただ、上は、
随分とお前に期待してるんだな。今回の論文が力不足だったら、
半年の猶予を与えて、秋入学させようなんて言ってたんだぜ。
それには俺も驚いたよ」
 古川の言葉に、雅春は仰天した。そこまでの例外は
聞いた事が無い。そこまで自分を買ってくれてるのだとしたら、
嬉しいと思うよりもズシリと重石を乗せられたような
不安が逆に襲ってくる。
「なぁ…。俺、なんだか不安になってきた。今回の論文、
自分的には8割しか自信が無かったんだ。まさか、
俺の事を買い被って甘い評価を付けての受験許可なんじゃ
ないだろうな?そうだとしたら、俺、嫌だな」
「なんだよ。お前らしくないな」
 古川はそう言って大笑いした。
「心配するな。お前の心配は杞憂だ。俺も読ませて
もらったって言っただろう?大したものだよ。お前だからこそ、
あそこまで書けたんだと改めて尊敬したよ。確かに、検証の
面で甘い部分がまだまだあるが、それを忘れさせるほどの
説得力には感心する。去年俺が提出した修士論文より上を
いってるよ」
「馬鹿。お前はいつだって口が上手いんだからな」
 雅春は親友の褒め言葉に口許を緩めた。自分の論文より
上をいっていると言うのは謙遜だろうが、彼が誠実な
人間である事を雅春は十分知っている。
「いやいや、本心さ。あれなら、本番も心配はいらないだろうよ」
「そうか。ならいいんだが……。ところで、あれから
彰子とはどうなった?上手くいってるんだろうな?」
 あれきり何も言ってこないので、雅春なりに気にしていた。
 電話の向こうから、雅春の心配を吹き飛ばすような、
耳をつんざく程の大きな笑い声が飛び出してきて、
思わず電話を耳から離して眉を顰めた。
「いやぁ~、何て言うかだなぁ……、まぁ、上手くいってるよ。
いや、ほんと、お前のお陰だ」
 湯だつ程に顔を赤くして、ニヤけているであろう事が
容易に想像のつくような言い様だ。
「そうか。それは良かったな」
「いや~、ほんと、良かったよ。彰子ちゃんって、ほんとに
イイ女だよな。俺、もう、何て言うか、ぞっこんだよ。
永遠に離したくない気持ちだよ…」
 相当に入れ上げてる様が窺える。聞いてもいないのに、
古川は更に惚気た声で続けた。
「彼女、凄いな…。あんなにイイとは思わなかった。お前、
よく別れたよな。初体験でかなりイイ思いをさせて
貰ったんだろう?離れがたく無かったのか?」
 呆れて二の句が継げない思いだ。こんな事を言うと言う事は、
矢張りこいつは童貞だったのか?と思わずにいられない。
いや、童貞では無いだろう。だが、経験は少ないに違いない。
「お前、随分とのぼせ上ってるんだな。まぁ、1年も
待ったんだから分からなくもないけどな」
 淡々とした口調でそう言うと、
「お前って本当に冷めてるよな」との答えが返って来た。
「当たり前だろうが。一体、俺にどんな態度を望んでるんだよ。
同じ女を味わった感想でも言えって言うのか?それでお前が
妬いたり不快になったりしないなら、言ってやってもいいけどな」
 思わず、せせら笑う。古川があまりに滑稽に思えて来たからだ。
「ちっ。相変わらず、意地が悪いぜ。まぁ、彰子ちゃんの
事に関しては、いずれ会った時にでもゆっくり惚気てやるよ。
それよりだな。少し気になる事があるんだ」
 いきなりの真面目な声に、雅春は神経を集中させた。
「なんだ。気になる事ってのは」
「うん…。あのさ。毎年一年生を対象に開催されている
春のゼミ旅行があるだろう?あれの申し込みをだな。
お前の所の理子ちゃんが、まだ申し込んでないんだよ」
「なんだってぇ?」
 思いも寄らない古川の言葉に、雅春は目を剥いた。


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