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小説・クロスステッチ第2部 <完>
21.ふたつの鼓動 ~ 22.美しき花、あとがき


クロスステッチ 第二部 22.美しき花(最終章) 01

2010.12.11  *Edit 

 授業が終わり、志水と二人で駅まで行くと、そこには
意外な人物が二人を待っていた。
 紫である。
 黒皮のロングコートを着て、長い脚にぴったりとした
黒のロングブーツを履き、肩から白のシャネルのショルダー
バッグを下げていた。柔らかな栗色のセミロングの髪を
守るように、白いニットの帽子をかぶっている。
 すらっと背が高く、その美しい容貌は人目を引いていて、
周囲の男子達が視線を飛ばしながら通り過ぎて行くのだった。
 そんな周囲のざわめきなど眼中にないといった様子で、
紫は遠い彼方に顔を向けていた。その視線は何も捉えて
いないように見える。何か考え事でもしているのだろうか。
 理子が紫に気付いた時、隣で軽く舌打ちする様子が
感じられて志水の方を見ると、いつもの笑みが消えている。
 理子の視線に気づいた志水が、「どうして、あの人が
いるのかな」と苦々しそうに言った。
「うーん…、私にも分からない。お母さんはどうしたの
かしら…?」
 理子は紫の周囲に博子の姿を探したが見当たらない。
 平日だし、この時期の紫は仕事で忙しい筈なのに、何故、
彼女が来ているのだろう。疑問を抱いたまま紫に近づくと、
気配を感じた紫が顔をこちらへ向けた。二人を見て満面の
笑顔になる。その笑顔は眩しいほどに美しかった。
「二人とも、お疲れ様」
 嬉しそうに目を細めて、紫は二人に声をかけた。
「あの、お義姉さん?どうしてここに?お母さんは?」
「ごめんなさい。驚いたでしょう?お母さん、急に仕事の
用事が入ったの。それでも、私が駄目だったら断るつもり
だったらしいけど、幸い私、今日は午後からのクライアントの
キャンセルが入ってね。志水君も一緒だって聞いたんで、
来たのよ」
 母の代打と言うことは分かったものの、最後の
一言が分からない。
「僕が一緒だとか一緒じゃないとか、関係ないでしょうに」
 志水が憮然とした表情でそう言った。いつも謎の微笑を
浮かべている人のこの態度に、理子の中に不審感が湧いてきた。
 だが、志水のそんな態度にはお構いなしといった様子で
紫は笑う。
「あら、関係あるわよ。だって、久しぶりじゃない?」
「久しぶりって……」
 呆れかえっている志水を構わずに、紫は理子に
「じゃぁ、行きましょうか」と促すと、先にICカードを
当てて中へ入った。
 理子は慌てて紫の後に続いたが、一体この二人って何なの?
との思いが湧いてくる。どうにも自然な様子には見えない。
 客観的に見ると、志水から見た紫は、自分が想いを
寄せている女性の夫の姉だ。紫から見た志水は義妹の
クラスメイトだ。それだけの関係だ。普通なら、もっと
他人行儀な感じになるのではないのか。
 他人行儀……。
 他人行儀でなければ、親しい関係と言う事になるのか。
 けれど二人は、そうにも見えない。ただ、二人の間にある
距離感を微妙に感じる。
 そう言えば、腹膜炎で入院している時に、二人は一緒に
帰って行った。紫の運転する車で。送って貰ったのだから、
再会した時には送って貰った感謝の言葉なりが出ても
良い筈ではないのだろうか。
 だが志水の態度は、明らかに悪い。あの時、二人の間で
何かあったのか?それにしては紫は明るい。
「どうしたの?具合でも悪い?」
 いつもとは反対側のホームに立った時、紫にそう声を
かけられて理子は慌てた。紫の言葉に、志水も心配そうな
顔をして理子を見た。
「あ、いえ。大丈夫です」
 理子は笑った。何故か真剣に二人の事を考えていた
自分が妙だ。
「そう。なら良かったわ。顔色は良さそうなのに、
気難しそうな顔をしてるんだもの」
「えっ?そうでした?今日の授業で先生が言っていた事を
ちょっと反芻してただけなんですけど……」
「今日の授業って、何の授業?君が反芻するような事を
先生が言ってたかな」
 志水が不思議そうに首を傾げたので理子は焦る。
「大した事じゃないのよ。中国語の授業の事で…」
「もしかして、マダムヤンの事?」
 志水の口からついて出た言葉にホッとする。
「そうそう、それ」
「何?マダムヤンって?」
 二人の会話が読めない紫が問うてきた。だがそれに対して
志水は答えようとしないので、理子が答えた。
「マダムヤンって言うのは楊夫人の事です。中国語の教材が、
楊夫人の物語だったんです。教科書に記載されてない物語で、
先生から配布されたプリントなんですけど、何て言うか、
その内容がちょっと変わっていて……」
 清朝末期の動乱期に生きた女性の話しだった。社会的
背景が複雑で、人間関係も入り乱れて複雑だった。その上に、
風刺の利いた表現が多く、なかなか小難しい印象だ。
「まぁ。面白そうね」
 理子の話しを聞いて、紫は愉快げな笑みを頬に浮かべた。
確かに話しとしては面白い。だが、訳すのは大変だった。
当時ならではの言い回しが多く、夏期で学んだ現代
中国語とは一線を画している。
「内容的には面白いですけど、試験となるとどうなるのか、
ちょっと考えちゃって」
 そう言って笑った。
 本当は、そんな事は今考えた事だった。
「そう。なら、大丈夫よ。あなたには、マーがいるじゃない。
あの子は語学に堪能よ。中国語もね。知ってるとは思うけど」
 言われて成る程と思う。確かに雅春は語学に堪能だった。
特に中国語は日本史を選択する者にとっては関わりが密接な為、
詳しい。それに今回の教材も日本の近代史とも絡みあっていて、
歴史の勉強も踏まえた上での内容だった。
 紫は理子にそう言った後、志水の方へ顔を向けた。
あなたはどうなの?とその顔は言っている。だが志水は
紫に冷たい一瞥をくれると、黙って車窓へと目をやった。
どうしてそんな態度なのか、理子には量り難く驚いたが、
紫は明るい顔のまま溜息を洩らしただけだった。
 その後、女二人で取りとめの無い話しをしている内に
病院へと到着し、受付を済ますとすぐに検査室へ移動した。
 検査室の受け付けも廊下も空いていて、理子は二人を残して、
すぐにMRIの撮影室へ入ったのだった。

「あなた、態度悪いわね」
 理子が撮影室へ姿を消して間もなく、廊下の椅子に
二人は少し距離を置いて座った。
 紫の言葉に志水は無言だ。
「何故、何も言わないのかしら?私はあの子の姉よ?
挨拶も無しなんて、ちょっと非常識じゃない?」
 紫が志水の顔を覗き込むようにして言うと、
「それはすみませんでした。おねえさん」と、志水は
ふてぶてしい態度で言った。
「どうして、そんなに私を嫌うのかしら」
 真剣な眼差しを志水に向ける。志水はそんな紫の視線を
捉えたまま、暫く黙ったままだった。二人の間に沈黙が
横たわる。だが、互いに視線は合わせたままだ。
 互いの瞳が揺れる。
「どうして嫌っていると思うんです?」
 この沈黙が、理子が出てくるまでずっと続くのでは
ないかと思わせる程の長い時間を経て、志水がやっと
ボソリと言葉を発した。
「じゃぁ、嫌って無いのね」
 ゆかりの言葉に志水は呆れたような笑みをこぼした。
「あなたって人は……。どうして、そう楽天的なんでしょうね」
「楽天的じゃなかったら、今回の事件は乗り越え
られないじゃない」
 その言葉に、志水の顔が凍りついたように硬くなった。
「理子はもう、大丈夫よ。だから、あなたが自責の念にか
られる必要は無いの。もし、重大事になっていたとしても、
あなたに責任は無いんだけれど、そんな事を言っても
無理よね。でも、もう何とも無いんだから、あなたも
自分を許していいんじゃないの?」
「…どうして、…もう大丈夫だ、なんて言えるんです?
まだ検査中なんですよ?」
 志水の声は微かに震えている。
「そうね…。医学的には、まだ太鼓判は押されて無いわね。
でも、理子自身は、乗り越えてすっかり元気になってる。
弟から、一昨日の事は聞いたわ。だけど、そんな事が
ありながら、今日、あの子に会って驚いた。すっかり
明るい顔になってるんだもの。それは、あなたも
気付いてるわよね?」
 年末年始の旅行の時の理子とは、全く違っていた。
 旅行の時には、羽を傷つけて飛べずにいる白鳥のようだと
感じた。努めて明るくしている様が、逆に痛々しかった。
水面下では必死にもがいているのを感じたからだ。
 家族と一緒に過ごすうちに、徐々に回復しつつあるのは
感じたものの、それでも旅行が終わって別れる時にも、
まだ彼女は飛べずにいる状態だった。
 そして、学校で倒れたのである。良くなりつつあるのに、
後退してしまったかと、聞いた時には残念に思ったが、
雅春から「もう彼女は大丈夫だよ」と聞かされて、
本人に会うまでは半信半疑だったのだ。
 そして今日会って、確かに理子はもう大丈夫だと納得した。
 すっかり自分を取り戻して、いつもの彼女になっていた。
更に、もっと正確に言えば、前よりも綺麗になったと
感じさせた。
「あの子は休めた羽が癒えて飛びだち始めた。なのにあなたは、
まだ沈んだままなのね。…今日の検査結果で問題が無かったら、
自責の念を捨てないとね」
 志水は厳しい目を紫に向けた。
「あなたに何が分かるって言うんだ。例え最初から理子の
受けた被害が小さかったとしても、僕は自分を責めずには
いられないんだ。何故なら、僕の不注意で彼女に怖い思いを
させたんですから」
 吐き捨てるように言う志水を見て、紫は哀れな思いが
湧いてきた。
「あれは不可抗力だったのよ。それはあなたも十分、
分かってる筈。理子が脳障害を負うような事になっていたら、
不可抗力ではあっても自分を責めるのは無理もない事だって
思うけど、今はそうじゃない。自分を責める必要なんて、
もう無い。それなのに、あなたがいつまでもそうやって
自分を責めるのは、理子のそばに居続けたいからなんじゃ
ないの?」
 紫の指摘に、志水は目を剥いて驚いていた。自分の心の
奥深くに包み隠していた物を、いきなり掴み出された事が
信じられないとその顔は言っていた。
「だ、…だ、だから、…あなたが嫌いなんだ…。なんでも
そうやって、…すぐに見透かす。僕がずっと、心の底に
隠して溜め続けて来たものを、簡単に…取り出して、
僕の心を乱すんだ」
 志水はわななき震えていた。そんな志水を紫は優しく
見つめる。
「ごめんなさいね。こんな事、本当は言うべきじゃ
ないんだろうけど、自分を責める事で理子の気持ちを
繋ぎとめようとするのは、もう止めて。今日、あなたに
付き添いを頼んだ理子の気持ちはわかってるんでしょう?
あなたがいつまでもそんな風だと、理子はいつまでも
後ろ髪が引かれるようにあなたを心配する。でも、
それだけよ?…今回の事で、理子と弟の絆は前よりも
深まった。今の理子を見て、あなたもそれを強く
感じてるわよね?あの子を輝かす事ができるのは、
この世でただ一人なの。その輝きを、曇らせるような
真似は止めて欲しいの。それは、あなた自身の為でも
あるわけだし」
 志水は矢でも射るような鋭い眼差しを紫に向けた。
「あなたは随分、おせっかいな人なんですね。理子が
永遠に僕のものにはならない事くらい、僕は痛いほど
分かってます」
 紫は自分の目が潤んで来るのを感じた。そんな自分に
戸惑っているうちに、目尻から冷たい水滴がこぼれ落ち、
それを見た志水の顔が歪んだ。
「なんで、あなたが泣くんです?……泣きたいのは
…僕なのに……」
 歪んだ顔をした志水の手が紫の肩に伸びて来て、
抱き寄せた。その手と肩が、僅かに震えている。
 この人も泣いている。だけど、自分の泣き顔を
見られたく無くて、こうして私を抱き寄せたのに違いない。
 紫の胸はせつなさで一杯になった。

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