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小説・クロスステッチ第2部 <完>
21.ふたつの鼓動 ~ 22.美しき花、あとがき


クロスステッチ 第二部 21.ふたつの鼓動 08

2010.12.11  *Edit 

「これって、大学院の受験票が入ってるんですよね?」
 理子は明るい顔でそう言った。
 彼女は当然だと思っているのだろう。
 だが雅春にとっては、当然とは言い難かった。
 論文が認められれば、正式に願書が受理されて受験票が
届くわけだが、論文が通らなければ願書は却下される。
その論文に100%の力を注げたとは言えない。こんなに早く、
問題の件について結論を出さなければならないとは思って
いなかっただけに、まだまだ詰めが甘いと感じている。
 果たして認められるのか。
「先生」
 封書を見つめたまますぐに開けようとしない雅春に
焦れたのか、理子が声を掛けて来た。
「なんなら、私が開けてあげましょうか?」
「他人の郵便物を開けるのかい?」
「だって、ためらってるようだから。ラブレターなら
開けませんけどね」
 雅春はふぅと溜息を吐いた。我ながら小心者だと思う。
「じゃぁ、たまには開けて貰おうかな」
 そう言って理子に手渡すと、理子は意外にも驚いた顔をした。
「いいんですか?本当に……」
「君が開けたいって言ったんじゃないか」
「開けたいとは言ってません。自信家の先生らしくないですね」
「俺だって、自信の無い時はあるさ。今回は満を持して
発表したわけでは無いからな」
 2人でそう言い合っていたら、横から博子が
「じゃぁ、私が開けてあげましょうか」と言って、
理子の手から封書を取ったのだった。
「母さん…」
 呆気にとられている2人を尻目に、博子は手で封書のノリを
剥がし、中を覗いた。そして顔を上げて、ニンマリと笑う。
「うふふ……」
 その笑顔は、おかめのようだった。まさに福笑い
と言った感じである。
「何、笑ってるんだよ。覗くんじゃなくて、さっさと
中身を出してくれないかな」
「あら、いいの?そんなに簡単に出して…」
 含み笑いをしている。そんな母に雅春は苛立った。
「あのさ。俺、メシもまだなわけ。さっさと結果を
知りたいんだよ。腹減っててイライラしてるんだしさぁ」
 雅春の言葉に理子が軽く吹いた。
「何、君まで笑ってるんだよ」
「だって、先生のそんな言い様が可愛いと言うか面白いと
言うか。子供みたい」
 そう言われて、思わず舌うちする。
「ああ、もういいよ。先にメシ食うよ。メシ!メシくれ、メシ!」
 雅春はやけくそになって、食卓の椅子に座った。
「全く…。渡すんじゃなかったよ……」
 躊躇などせずに、さっさと自分で開ければ良かったと後悔した。
「理子、早くメシ出してくれないかな」
 と、催促したら、目の前に一枚の紙が差し出された。
「ほら。受験票よ」
 あまりに近くに差し出された為、よく分からずに手に取って
自分のピントに合う位置へ動かすと、それは確かに受験票だった。
「…提出された論文を考査した結果、…修士号論文に
匹敵するものと認定致しました。よって、博士課程への
受験願書を受理致します…。ですって!良かったわね、マー」
 雅春は大きく息を吐いた。
 自信は無かったが、だからと言ってまるきり駄目だった
わけではない。8割がたはいけるだろうとの思いだったが、
残りの2割が不安だったのだ。これで受験が出来ないとなると、
人生設計が大きく狂う。
 今更、退職願を撤回できるわけもなく、精神的に
苦しい日々になるに違いない。幾ら理子と共に過ごす時間が
増えるとは言っても、仕事もなく、大学へも行かないと
なっては本末転倒である。
「おめでとうございます。良かったですね」
 理子が雅春の前にご飯を置きながら、そう言った。
「うん…。おめでとうには、まだ少し早いけど、取り敢えず
第一関門は突破して、ほっとしたよ」
「これで心おきなく、食事ができますね」
 雅春は思わず笑った。
「そうだよ。遅く帰宅して腹減ってるって言うのに、
母さんは勿体ぶるわ、理子はメシを早く出してくれないわで、
俺もうどうなる事かと思ったよ」
「マーったら、駄々っ子みたいね。いい年して、
母さん恥ずかしいわ」
 母の言葉に脱力する。
 まだ俺をからかって楽しむのか。
 雅春は母を無視して、出された食事を貪り出した。
「あの…、先生?」
 遠慮がちに声を掛ける理子に、雅春はロールキャベツを
咀嚼しながら顔を上げた。
「明日の事なんですけど…」
「明日の事?」
 言われて少し考えて、明日が再検査の日である事を思い出した。
「明日、お母さんが、授業が終わる頃に迎えに来てくれる事に
なってるんですけど、あの…、志水君にも一緒に
行って貰ってもいいですか?」
 理子の顔に少し心配そうな表情が浮かんでいる。
 俺の事を気遣ってくれているのか……。
 雅春は頬に笑みを浮かべた。
「構わないよ。実は俺も、彼も一緒にと思ってたんだ。
母さんに不足は無いけど、一人よりは二人の方が心強いだろうし、
何より結果を彼にも知って貰いたいしね」
 彼には本当に感謝している。幾ら好きな相手とは言え、
自分の時間を割いて理子をずっと守ってくれていた。それが、
ほんの一瞬の隙を突くように事件が発生し、どれだけ
自身を責めた事だろう。
 理子の身に取り返しのつかない事が起きていたら、
彼は一生自分を責め続け、その檻から出れずに苦しみ続けたに
違いない。理子がこうして無事に戻って来た今でさえ、
きっと自身を責める気持ちを失ってはいないのだろう。
 それだけに、彼の気持ちを少しでも軽くしてやりたい。
病院に駆け付けた時、思わず彼を責めてしまった事を思うと
申し訳ない気持ちになってくる。
「君は今度の検査でも異常は無いと思ってる。だから、
その結果を直に聞かせて彼を安心させてやるべきだろう」
 雅春の言葉に、理子は嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。私も先生と同じ気持ちだったの。彼には
とても感謝してる。それなのに、彼は未だに自分を責めてる。
私も自分を取り戻す事ができたし、だから、彼にも本来の彼に
戻ってもらいたくて」
 雅春は頷いた。
「そうだな。彼には本当に世話になった。俺があいつに
余計な重荷を背負わせてしまったと、少なからず反省してるんだ。
だから君の完全回復を知れば、少しは肩の荷が下りると思う。
また、そうあって欲しいと思ってる」
「ねぇ、先生…」
「なんだい?」
「先生が私と同じ気持ちだった事が、凄く嬉しいんだけど、
だけど、その…、それとは別に、彼に対して嫉妬の感情とか、
やっぱり、あるんですよね?」
 理子は心配そうな顔をしている。そんな理子を可愛く思う。
「俺を気遣ってくれてるのが嬉しいよ。俺の中から嫉妬心が
無くなった訳じゃないけど、以前のように、何でもかんでも
妬くっていう事は無くなったと思うよ」
 理子が不思議そうな顔をした。
「じゃぁ、今回、志水君と一緒に病院へ行く事に関しては、
平気って事?」
「平気だよ。妬くような事じゃないだろう?」
 雅春の言葉に、疑わしそうな視線を寄越す。
「何だよ。俺を信じてくれないのか?だとしたら、
俺、凄く悲しいな」
 わざと恨めしそうに理子を見ると、理子は顔を赤くした。
「ごめんなさい…。でも先生は、妬いて無いと口では
言いながら、内心では嫉妬の焔をメラメラさせてる事が
多かったじゃないですか」
 その言葉に思わず苦笑する。確かに、今まではそうだった。
「悪かったな。まぁ、確かに今まではそうだったけど、
今度の件で深く反省した。元々、分かっていた事では
あったんだ。君の心は俺だけのものだって事は。それでも、
不安でたまらなかったんだよ。君は隙だらけでもあるしね。
だけど、今度の事で、つくづく身に沁みたんだ。
君の存在そのものが、俺にとっての命なんだってね。
他の事は瑣末に過ぎない。自分の命にも代えがたい君が、
こんな俺を、俺だけを愛してくれてる。だからもう、
何も不安に思う事は無いんだ。他人に嫉妬する必要も無い。
君のそばには、いつだって俺がいるし、俺のそばにも、
いつも君がいる。誰も、邪魔する事はできないんだからね」
 自分の想いを込めて、理子を見つめた。理子は頬を染めて、
瞳を潤ませている。
「先生…、ありがとう。疑ってごめんなさい。でも私、
なるべく先生にやきもきさせたくないから、これからは少し
距離をとって志水君と付き合って行こうって思ってるの。
今までは、あまりに無神経過ぎたって私自身も反省してるの。
他の男子に対しても……」
「ありがとう。君の気持ちが凄く嬉しいよ。だけど、
そこまで気を使う必要はないよ。君は今まで通りでいいんだ。
君の、女臭く無い、くったくの無さが、周囲の男子にとっては
楽で付き合いやすいんだと思うんだ。俺も、君のそういう所、
好きだし。大学自体、男の方が多いし、歴史へ進めばもっと
男ばかりだ。気を使ってたら逆に損をする。だから君は、
今まで通りでいい。もう俺を気遣って不安になったり
心配したりする必要は無いんだ」
 これまで何度も自問自答しては反省し、そして同じ過ちを
何度も繰り返してきた。その時その時は、確かに本気で
そう思っていた。だが、今度こそ、自分の思いは本物だと
確信できた。これまでの自分の殻を破り、成長したと
自分で感じている。自分は前よりも大人になったと自負出来た。
「わかりました。先生がそう言ってくれるなら……」
 理子は頼もしそうな目をして雅春を見ていた。そんな風に
見られる事で、今まで味わった事の無い歓びが湧いてくる。
「じゃぁ、おかわり」
 雅春は笑顔で茶碗を差しだした。


       21.ふたつの鼓動  了  22.美しき花  へつづく。

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