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小説・クロスステッチ第1部 <完>
第9章 染まる染まらない~第15章 許されざる者許す者


クロスステッチ 第1部第11章 波紋 第4回

2010.03.21  *Edit 

 車は目的地に着いた。かなり混んでいるが駐車場へ止めることは
できた。増山は車を止めると、理子に覆いかぶさって唇を寄せて来た。
駐車場だ。目の前を人が往来している。だが増山は周囲に全く
気遣うことなく、理子の唇に唇を重ねた。
 あっと言う間の事だったので、理子は抵抗する間もなく唇を塞がれた。
渋滞の時とは違って、弾力性のある唇が強く押し付けられた。
啄ばむようなキスが長く続いた。頭が痺れて体が疼いてくる。
やがて唇は離れた。だが理子は頭がボーっとして、暫くは動けなかった。
目を開くと、美しい顔が目の前にある。その顔を間近に見ただけで、
体が熱くなってくるのだった。
 「さぁ、降りようか」
 そう低い声で言うと、増山は眼鏡を薄い色のサングラスに変え
帽子をかぶると車を降りた。助手席の方へ回り外からドアを開ける。
一般の駐車場なので少し狭い。出された手に手を出すと握られた。
その手はとても暖かかった。車を降りた後、そのまま手を繋いで歩く。
とても幸せな気分だった。こうして外で手を繋ぐのは、上野以来では
ないだろうか。そうなると、半年ぶりだ。
 「わぁー、いい匂い・・・」
 辺りは薔薇の香りに包まれていた。外まで漂ってきている。入場券を
買って中に入ると、そこはまさに薔薇の楽園だった。色とりどりの
薔薇で溢れかえっていた。なんと豪勢なんだろう。この薔薇の楽園の中を、
大好きな人と手を繋いで歩いているのだ。こんなに幸せなことは無い。


 理子は隣にいる増山を見上げた。素敵な横顔だった。胸が熱くなる。
サングラスに帽子姿は確かにすぐには増山とはわかりにくかった。
それに人々の目は美しい薔薇に奪われている。これなら大丈夫だろう。
いつも人目を引く増山だったが、さすがに今回は目立っていなかった。
 数えきれない程多くの品種が咲き誇っていた。
 「理子はどんなのが好きなの?」
 「みんな好きです。オールドローズもイングリッシュローズも
ハイブリットもフロリバンダもツルも原種系も」
 「そう言われてもわからないが、結局全部って事なんだな?」
 「そうです。オールドローズと言うのは原種に近いタイプで春しか
咲きません。一重が多いですね。イングリッシュローズは、それを
少し改良したもので春と秋の二回咲きますが、八重が多いです。
ハイブリットは今や薔薇の代表的な品種でまさに大輪のバラって
感じですね。大輪ではないのもありますが、1つの枝で1つの花しか
咲かさないので、他の蕾はみんな摘芯されます。樹の高さも高いです。
フロリバンダは樹の高さが低めで、小ぶりの花を樹全体に沢山咲かせます。
花びらの形もハイブリットは剣弁と言って先が尖った感じのが
多いんですけど、フロリバンダは丸い丸弁が主流です」
 「へぇ~、詳しいな」
 「薔薇は大好きですから、まだまだ色々知ってますよ」
 そう言って理子は笑った。
 「自分で育てたりするの?」
 「家にある薔薇は、積極的に手入れしてます。うちのは昔から
あって、何の品種だかわからないんですけど、ハイブリッド系かな。
ちょっと濃いピンクの薔薇です。強い品種のようなので、あまり手を
かけなくても毎年沢山、花をつけてくれます」
 「へぇ。感心だな」
 「ただ私、虫がものすごーく苦手なんです。だから花の手入れには
苦労します」
 「だって、それじゃぁ、困るんじゃないの?」
 「困ります。例えばパンジーなんて、花が終わりかけたらこまめに
摘んであげると、次々に花を咲かせてくれるんですけど、アブラムシが
付いちゃったら、私にはもう無理です。だから、そうなる前にオルトラン
粒剤って薬を定期的に撒いて予防を徹底します。薔薇に関しても
同じです。事前に入念にやってます」
 「それは苦労しているね。それでも、付いてしまう場合もあるんだろう?」
 「あります。そういう時は最悪ですね。自分ではできないので、
父とかに頼みます」
 「そうすると、お前と結婚したら、そのお父さんの役割を俺が
やることになるんだろうか?」
 「勿論です。そうでないと困ります。土掘ってたって出て
くるんですから、助けて貰わないと」
 「助けるって、襲われるわけじゃあるまいし」
 「イヤなんですか?もしかして、先生も苦手とか?」
 「いや、大丈夫。まぁ、しょうがない。お姫様だもんな」
 「それは良かったです。私にとっては死活問題に匹敵しますから。
虫が駄目な人とは一緒にはなれないです」
 「そんな、大袈裟な」
 「大袈裟じゃないです。本当に駄目なんですよ。家の中でも害虫とか
出たら、もう泣いちゃいますから。先生、絶対に退治して下さいよ」
 「ホントにホント?」
  増山は呆れ顔で理子を見た。
 「こんな事で、嘘つかないです。守ってくれるっておっしゃいましたよね」
 「はいはい、わかりました。守りますって」
 「良かった・・・」
 理子は本当に安堵したように言った。増山は理子の弱点を知って、
ちょっと嬉しくなった。ついでに他に苦手なものも聞いてみた。 
理子は犬だと答えた。 
 「犬、嫌いなの?」
 増山は驚いた。
 「嫌いと言うわけではないんですが、怖いんです。よく躾けられた
大人しい犬なら平気なんです。動物としては可愛いと思うし好きです。
だけど、コミュニケーションと言う点では怖いです。子供の時に
追いかけられたり、吠えられたり、襲われたりしたからかもしれないですが」
 「襲われた?」
 「そうなんです。雨の日に外を歩いていたらいきなり数匹の黒い
猟犬に取り囲まれて、しきりに吠えられて、凄く怖かったです」
 「それで、噛まれたりしたのか?」
 「いえ、怖くて泣きながら後ずさってたら、飼い主らしき外国人が
やってきて、犬を連れて行きました」
 「離してたのか」
 「そうみたいですね。物凄く怖かったです。それ以外にも、犬に
追いかけられて転んで怪我した事もありますし、友人の家では飼い犬に
激しく吠えられるし、座敷犬はこれまたキャンキャンしきりに吠えるし、
一緒に遊んで貰いたがって、凄い勢いで飛びついてくるしで、もう怖くて・・・」
 理子の顔は恐怖に満ちていた。
 「成る程。それじゃぁ、苦手になってもしょうがないな」
 「そうなんです。それでも子供の時には犬を飼いたい気持ちは
あったんですけど、母が動物は飼わない主義なんです」
 「まだ飼ってみたいと思う?」
 「そうですねぇ。半々かなぁ。興味はあるけど、自信はない・・・」
 「なら、別に飼わなくてもいいな」
 「先生はどうなんですか?」
 「俺は、動物は好きなんだ。犬も好きだよ。だけど世話するのが
大変だからな。お前だけで十分だ」
 そう言って笑う。
 「私、ペットじゃありませんよー」
 「まぁな。でも、手はかかりそうだ」
 「そんな事をおっしゃるなら、うーんと手を焼かせちゃおうかなぁ」
 「ふん、それならそれで構わないさ。思うようにならない方が面白い」
 「先生って、もしかしてS?」
 「そうかもな―。思うようにならないのを跪(ひざまず)かせるのって
楽しいよな」
 「うわっ、最悪」
 「何が最悪なんだ」
 「だって、私も同じだから」
 そう言って、理子は笑った。
 「お前、ほんと負けず嫌いだな」
 「それは、先生も同じですよね」
 「全く参るよな―。こういう場合、俺の方が不利だろう。子供相手に
張り合うのも馬鹿みたいだ」
 「やった!勝った!」
 増山は繋いでいた手を離すと、理子の肩を抱き寄せて耳元で囁いた。
 「そうやって有頂天になってると、後が怖いぞ」
 理子が増山の顔を見ると、その顔は笑っている。ドキリとした。
その理子の様子を見て、増山は更にニヤリとした。
 「どうだ。俺の勝ちだろう」
 理子は赤くなって黙った。駄目だ。やっぱりこの人には勝てそうも
ない。増山は軽く笑うと、再び手を繋いで歩きだした。理子はホッとする。
 途中二人はレストランで昼食を取った。品数の多い、お洒落な
ランチだった。ロマンティックに演出されている。人が多くなかったら、
もっとロマンティックだっただろう。食後再びガーデンに出る。
 「先生、飽きないですか?」
 「いや、飽きない。ずっとここに居てもいいくらいだ」
 「そうですか。良かった」
 「ついでに、この薔薇の中でお前を愛せたら最高だな」
 「やだ、先生ったら・・・」
 「この間は、桜の花の下だった。今度は薔薇の花の中だな。この
香りが、そそるんだよなぁ」
 確かに、この香りにはそそられる。愛を語るに最高のシチュエーションだ。
 「薔薇って、こんなに香るものだったか?」
 「色々です。香りの弱いものから強いものまで。普段、庭にある
一本の薔薇くらいでは、あまり感じないんじゃないでしょうか。勿論、
強香の品種だったら一本で十分香りますけど、微香が多いですし。
ここはこれだけの数がありますからね。」
 「理子は、香る方が好きか?」
 「そうですねぇ。あまりこだわらないんですけど、香るものでは
ブルームーンが好きです。レモンティの香りがしてホッとしますよ」
 「ブルームーン?青いの?」
 「青くは無いです。薄い赤紫のような。ブルベリーソフトのような色、
かな?青い花を作るのは難しいんですよ。なので、その花が出来た時には、
青に最も近かったんですよね。確か、さっき見たけど・・・」
  と言って、理子は周囲を眺めまわし、その花を見つけた。
 「ほら、これです。でも、顔はあまり近付けずに、ちょっと遠巻きな
感じで嗅いでみて下さい」
 増山は理子に言われた通りにしてみた。確かに、微かにレモンティの
ような甘酸っぱい匂いがした。
 「周囲が匂い過ぎるので、この匂いを満喫するのは難しいと
思いますが、この花しか無かったら、もっと感じたと思いますよ。
ついでですが、この花は天気の良い日よりも、曇りとか雨の日の方が
香るんです」
 「へぇ、そうなんだ」
 増山は感心していた。
 「お前って、博識だよなぁ~」
 「やっぱり、好きな事だと自然と入りますよね。勉強も
こうだと楽なんですけどね」
 「なら、好きになるしかないな」
 全くだ。そうだったら、どれだけ楽になることか。
 二人は空いているベンチに腰掛けた。手は繋いだままだ。それが
嬉しかった。
 「先生は、連休中、何か予定あるんですか?」
 「特に無いんだ。家族はみんな旅行に行くんで、連休中は
一人暮らしだな」
 「あら、先生だけ置いてきぼりなんですか?」
 「と言うか、親父とお袋は夫婦で旅行、姉貴は友人と旅行。
だから俺一人」
 「先生もお友達とどこかへ行かれればいいのに」
 「あー、生憎、みんな其々予定があるようだ」
 「じゃぁ、寂しいですね」
 「そうだな。お前の家が外泊OKだったら、友達と旅行と嘘を
つかせて、うちでプチ同棲でもするんだけどな」
 「まぁ・・・」
 理子は増山の言葉に半ば呆れた。教師の言葉とは思えない。
 「まぁ、それは冗談として、良ければうちへ遊びに来いよ」
 理子は増山の顔を見て逡巡した後、言った。
 「それと同じような言葉を、石坂先生から言われました」
 「何だって?どうして石坂先生が」
 増山は驚いた。
 増山はここ最近、理子と石坂の様子が気になって仕方なかった。
なんだか妙に親しげで打ち解けているように見えた。雰囲気も
怪しく感じられた。石坂の事は前から気にはなっていた。去年の
文化祭の時からだ。あの時、石坂は、自分と同じように、理子の
お手前に合わせて茶道部へ来ていたし、その前の合唱部のコンサート
にも姿を現していた。修学旅行の時の様子も心に引っかかっている。
 理子は、石坂に連休中は復習のみにして、先へは進まないように
言われた事を話した。
 「そうか。石坂先生も、理子の勉強具合を危惧したんだな。流石に
洞察力がある。だけど、それとどういう関係がある?」
 「連休中はリラックスして過ごしなさいって。遊び相手がいないなら、
うちに来るといいって」
 「遊び相手がいないなら?」
 妙な表現だ。わざと砕けた表現を使ったのか。
 「変ですよね。私が警戒してるのを悟られたのか、心配しなくても
妻もいるから大丈夫って。妻の留守中に呼ぶような事はしないとも
おっしゃいました」
 「何を考えてるんだ、あの先生は」
 「私にもわかりません」
 「それでお前は何て答えた?」
 「今回は遠慮しておきますって」
 「今回は、だと?」
 増山が目の色を変えた。
 「ごめんなさい」
 「何故謝る」
 「だって、先生、怒ったみたいだから」
 「俺が怒ったから謝るのか。それとも、自分の返事が本当に
悪かったと思うから謝るのか」
 増山は憮然と言い放った。理子は仕方が無いので正直に答える事にした。
 「先生が怒ったからです」
 「じゃぁ、反省しているわけじゃないって事だな」
 増山が鋭い目で理子を見た。その目を見て理子は怯(おび)えた。
だが、怯(ひる)まずに答えた。
 「反省しなければならない程の事とは思っていません。
今のところは、ですけど」
 「そうか。意外と軽率なヤツだったんだな、お前は」
 「先生、どうしてそんな言葉尻をいちいち気にするんですか。
私は角が立たないようにやんわり断っただけなのに」
 「やんわりか。だが、その言葉で、今回は駄目だが、またいずれ
機会があると受け取られていたらどうするんだ?」
 「その時はその時です。また断れば済む事です」
 「そうか。わかった」
 増山はそう言うと立ちあがった。手は繋がれたままなので、
理子もやむを得ず立った。何も言わずに歩き出す。歩調は少し
早かった。その様子から、どうやらもう帰るらしい。
 理子は何だか泣きたい気分に襲われた。どうしてこんな事で腹を
立てるのだろう。理子の曖昧な返答が気に入らなかったにせよ、この
態度にはついていけないと思うのだった。理子はお正月の時にも、
似たような雰囲気になった事を思い出した。あの時も、理子の態度が
気に入らなくて増山の方が一方的に怒り出して、理子は途方に
暮れたのだった。
 こういう事に馴れていない。と言うか、逆に慣れ過ぎていると
言った方が良いのかもしれない。家庭だ。いつ怒りだすかわからない
母を相手に、機嫌を窺うような生活を送っている。独占欲が強く勝気で
怒りっぽい所が母と先生は似ているように思えてくるのだった。
 母親に期待する事はとっくに諦めている。それでも、知らず知らずの
うちに愛情を求めてしまっている。増山に対しては、母よりも愛して
くれる分、多くを期待してしまっている。だから尚更、怒らせたくない、
怒られたくないという気持ちが強く働くのだった。
 そういう自分を嫌だと思う。卑屈だと思う。完全に自立する為には、
矢張り一人で生きて行く覚悟をしないとならないのだろうか。結婚
なんて夢見てはいけないのだと、思わずにはいられない。その一方で、
こんな面倒くさい人よりも、石坂先生のような、全てを受け入れて
くれそうな男性の庇護を受けて楽になりたいと思ったりもして、更に
自己嫌悪するのだった。
 増山は理子の手を引っ張るようにぐいぐいと進んで行く。進めば
進む程、理子は悲しくなった。勝手な人だと思う気持ちが強くなる。
どうして最後まで幸せな気持ちでいられないんだろう。折角の
デートだったのに。でも、石坂の事を持ち出したのは理子の方だ。
増山が嫉妬深い事はとうに知っているのに。
 薔薇の香りが充満している中で、幸せとは違う息苦しさを覚える理
子だった。

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