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小説・クロスステッチ第2部 <完>
21.ふたつの鼓動 ~ 22.美しき花、あとがき


クロスステッチ 第二部 21.ふたつの鼓動 03

2010.12.08  *Edit 

 登校日初日。
 一カ月ぶりに行く学校に、微かに不安を覚える。
 早い時間に登校するので生徒の数は少なめだ。
 教室に入ると、人はまばらになる。
 冬の陽射しが窓から斜めに教室内に差し込み、
キラキラと輝いてきた。
 チョークと教室特有の埃の匂いを感じながら、
理子はいつもの席について窓の外をぼんやりと眺めた。
 冬の朝が好きだ。
 澄んだ冷たい空気が身も心も引き締めてくれるような
気がするからだ。
 理子は緊張しながらも、冬で良かったなどと思いながら
登校し、懐かしい教室の匂いを感じながら外の景色を
満喫していた。
 額縁の中に、葉を落とした落葉樹の美しい枝ぶりが、
刷毛で刷いたような微かな白を残した青い空に影を映して
いるようで美しかった。理子は、この裸木の造形美が
好きだった。飾る物を全て剥ぎ落して、樹そのものが
持っている生命の美しさをそこに感じる。青々と茂る
生命の躍動感とは別の、命本来の美とでも言えようか。
 春に向けて一生懸命力を蓄えている。
守るべき葉もなく裸のまま…。
 今の自分はどうだろう?
 理子の中にふと、そんな疑問が湧いてきた。
「おはよう…」
 不意に声を掛けられて、振り向くと志水だった。
「明けましておめでとう。今年もよろしく」
 志水は理子にいつもの謎の微笑を向けていた。
「あけましておめでとうございます。こちらこそ、
今年もよろしくね」
 理子は笑顔でそう答えた。
 そんな理子を志水は暫く黙ったまま見つめてから、
理子の隣に着席した。
「どうかした?」
 疑問に思って問いかける。
「うん。元気そうだと思って、ほっとした」
 志水の言葉に、理子は微笑みを返した。
 元気そう、か。
 確かに元気と言えば元気だ。
 あれから頭痛や体調不良を起こす事も無く、平安に
過ごせている。心の闇を除いては。
 精神に傷を負い、癒えぬままだ。少しずつ回復しているのを
感じてはいる。雅春や家族の暖かさに包まれて、これまで
生きて来た中で最も愛情に満ちた時間を過ごせている。
これまでずっと感じ続けて来て、埋め切れないでいた
孤独の穴が埋まってきている。それにも関わらず、
傷は未だ癒えずにいるのだった。
 悪夢は3日に一度くらいの頻度で登場する。ただ、帰宅して
最初に見た時ほどの恐怖は感じない。堪えられない程の
恐怖では無いが、非常に不快だ。
 旅行中は母と姉の2人と同じ寝室に寝たが、帰宅後は
再び雅春の腕の中にくるまるようにして眠っている。
彼の力強い心臓の鼓動が、理子に安らぎをもたしてくれる。
規則正しく脈打つ鼓動に、確かな存在を実感し、深い想いを
感ぜずにはいられない。
 それでも恐怖は無くならない。
「レポートの方は、どう?随分と出されたみたいだけど」
「うん。それは大丈夫よ。バッチリだから」
 時間ギリギリが苦手な理子は、旅行へ行く前までの短い期間で、
全ての課題を終わらせていた。そうしておかないと、
旅行中も気が急いて落ち着かない。それが嫌だった。
 そんな理子の話しを聞いて、志水は目を剥いた。
「気持ちは分かるけど、それにしても早技だよね」
「そうでしょう?実は我ながら感心してるんだ」
「自画自賛してるね。それで、旅行は楽しかったの?」
「勿論よ。お天気にも恵まれたし、景色も素晴らしかったし、
凄く楽しかった」
「あそこ、役小角(えんのおづぬ)の銅像があったよね、確か」
「あら、よく知ってるのね?」
 理子は行くまで知らなかった。だが雅春は知っていた。
 役小角は飛鳥時代から奈良時代にかけての呪術者で、
修験道の開祖とも言われている。『続日本紀』によると、
弟子の韓国連広足(からくにのむらじひろたり)の讒言により、
伊豆に遠流になったと記載されている。
 現在に伝わる役小角の人物像は平安時代初期に書かれた
『日本現報善悪霊異記』を原型としている。荒唐無稽な
仏法説話集だが、作者の完全創作ではなくて、当時
流布していた話しを元に作られている。
 その実像は不明だが、呪術によって有名になった事だけは
確かなようである。
「志水君は石廊崎へ行った事あるの?」
 理子は役小角が伊豆へ流刑になった事は知っていたが、
石廊崎がゆかりの地だとは知らなかった。役小角は
賀茂氏から出た氏族である。そのゆかりの地だからなのだろう。
石廊崎のある場所は「賀茂郡」だ。それを雅春から指摘されて、
改めて納得したのだった。
「行った事は無いけど、ネット上で誰かの旅行記か何かで
銅像の事を知ったんだ」
 志水も、石廊崎が役小角のゆかりの地である事は知って
いたと言う。ただ、そこに銅像がある事までは、ネットで
初めて知ったらしい。
「志水君は中世だけでなくて、そんな事まで知ってるんだね」
 理子が感心したように言うと、「たまたまだよ。たまたま」
と言って、志水は笑った。
「当然の事だろうけど、君の先生もよくご存じだったんだろう?」
 志水の言葉に理子は大きく頷いた。
 石廊崎には2つの神社があるのだが、雅春はそれらの
創建由来や祭神まで詳しく把握していた。そして、
それらの神社や役小角の話しを聞いていて、理子は初めて
雅春が奈良周辺の時代を特に深く研究している事を
知ったのだった。
 雅春の歴史に関する知識は古代から近代までの多岐に
渡っている。しかも、どの時代に関しても非常に詳しい。
本人も、歴史そのものを追及していて、特に深く追求している
時代は無いような口ぶりだった為、理子も深くそれについて
考えた事が無かった。
 それに雅春は、理子から聞きだすばかりで自分の事は
あまり多く語らないのだった。
 歴史に関しては、どんな事でも質問すれば答えを
返してくれる。それ以外の事でも勉学に関しては頼もしい先生だ。
 そんな話をしていたら、富樫と林が登校してきた。
「よぉ~!大丈夫なのか?」
 年始の挨拶もそこそこに、富樫が心配そうに問いかけて来た。
その隣で、林が矢張り心配そうな顔をしている。
「うん。大丈夫。色々と心配をかけて、ごめんね」
「何言ってんだよ、ば~か。お前のせいじゃないんだから、
謝る必要ないだろう?」
 つっけんどんな物言いだが、優しさを感じる。
「そうだね。ありがとう」
 理子は感謝の気持ちを込めて、富樫と林に笑顔を向けた。
それを受けて林は僅かに顔を赤くさせた。そして鞄の中から
小さな包みを取り出して理子の前に差し出した。
「これ、田舎のお土産。きび団子なんだ」
 照れくさそうに差し出された箱を見て、
理子は喜んで受け取った。
「ありがとう…」
「きび団子と言ったら、桃太郎だよね。力を付けて
貰いたいと思ってさ」
 林の言葉に、「俺達、まるで桃太郎の家来みたいだな」
と富樫が言ったので、思わず大笑いした。
「桃太郎の由来、知ってる?」
 林の問いに理子はニンマリと笑う。
「勿論、知ってるわよ。『吉備津神社社記』でしょ?」
「さすが、増山さんだね」と驚く林に、
「一応、僕も知っている」と志水が言った。
それに続いて富樫も「俺だって一応は知ってるよ。
『温羅退治(うらたいじ)』だろ?」と、不機嫌そうに答えた。
 歴史志望とあって、さすがにみんなよく知ってるな、
と理子は感心した。
 当時、鬼と恐れられた百済の王子・温羅(うら)は
備中国新山(現在の総社市)に居城「鬼ノ城」を構え、
船を襲うなど、吉備国(岡山)で暴れ回っていた。
人々がその乱暴ぶりを朝廷に訴えたところ、吉備津彦命が
大軍とともに派遣され、見事、鬼を征伐。その鬼と
戦っている最中、老漁夫が命(みこと)に「きびだんご」を
献上し、それを命は大変喜んで食べたと書かれている事が、
桃太郎の原型となっている。
「吉備国と大和朝廷の争いを暗示している記事でもあるわよね」
「そうなんだ。とても興味深い話しだよ」
 岡山には、古墳が多い。政治の中心は大和朝廷だったが、
地方にはまだまだ有力な豪族が多くあり、吉備国とも
激しい抗争があった。
 日本の昔話には、そういう歴史事情が隠されている物が
多々ある。
「林君は古代史好きだものね」
「うん。古墳が多かったりとか、そういう環境も
影響されてるんだよね」
 矢張り、古代史の事となると目を輝かせている。
 理子にとっても楽しいひと時だ。
 歴研の仲間でも、ここまで話せる人間はいなかった。
中学の時から歴史好きだった枝本ですら、
そこまで詳しくは無い。
 話しは『古事記』の神武東征にまで及び、吉備国の
地理的、政治的な重要性などを議論しているうちに、
教師が入ってきて中断した。
 いつもの日常が戻って来た。
 年明け最初の登校日ではあるが、成人の日の連休と繋がって、
今年の登校日は11日だ。すでにお正月気分も抜けていて、
新年らしい雰囲気はあまり感じられない。久しぶりに会う
仲間たちと多少興奮を交えてお喋りしながらも、
日常のひとこまの延長に過ぎなかった。
 2時限目では愛理や美香とも再会し、一層賑やかな空気に
包まれた。
 だが、それを破ったのは、昼休みだった。


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