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小説・クロスステッチ第2部 <完>
21.ふたつの鼓動 ~ 22.美しき花、あとがき


クロスステッチ 第二部 21.ふたつの鼓動 01

2010.12.07  *Edit 

 家族との、暖かくて楽しい正月旅行を終え、
二人は自宅に戻って来た。
 帰宅途中、みんなで吉住家に寄って挨拶をした。
 吉住の両親は、この正月を理子が増山の家族と共に
旅行に行く事は承知していたようで、土産を持って
やってきた家族をとても暖かく迎えたのだった。
「楽しかった?」
 と、優しい顔で母に訊ねられて、理子は戸惑いながら頷いた。
「顔色もいいし、元気そうで安心した」
 明るい母の言葉が、理子の心にゆっくりと沁みてくる。
 優しい顔をしている。
 いつも、いつまでも見ていたいと理子が願ってきた顔だった。
「お母さん…」
「なぁに?」
 優しい表情を前にして、理子は胸が詰まり涙が込み上げて
くるのを感じた。それを必死に堪えながら、理子は言った。
「色々、心配かけてごめんなさい…。それから、…生意気な
事ばっかり言って、ごめんなさい」
 堪えていた涙が目尻からこぼれてきた。肩が震える。
 そんな理子の頭を、素子はそっと撫でたのだった。
 母のその行為に驚いて顔を上げた。
「理子…。お母さんの方こそ、ごめんね。ずっと辛く
当たってきて。憎いわけじゃないんだけど、自分の娘だからこそ
憎らしいと思う事も多かった」
 成長が思わしく無い優子と違って、早くから言葉が達者で
しっかりしている娘だったから、あまり構わないできた。
だが、しっかりしているとは言っても子供ではあるから、
心配で何かと口を出す。それに対して歯向かってくる
娘の心情は理解しがたかった。
 自分も長女でしっかり者だったが、親に反抗した事は
一度も無かった。それなのに、何故理子は反抗するのか。
 成長が遅く呑み込みの悪い優子に手が掛っている親の苦労を、
どうしてこの娘は汲もうとせずに歯向かってくるのか。
 どんなに力で押さえつけても懲りない。ここまでされれば、
頭のいい人間ならしない筈だ。自分なら、しない。
腹の中で呆れて笑っても、歯向かえば損をする。だからしない。
 しっかり者で頭のいい娘と思っていたのに、
そうではなさそうだと失望した。
 そして、歯向かってくるだけの激しさを持ちながら、
飄々として何を考えているのかわからない部分もあり、
掴みどころの無い娘でもあった。
 妹の優子は、内面に自分と共通する激しさを持ちながらも、
全体的に温厚で素直だった。単純でもあり、
わかりやすく扱いやすい。
 だが理子は、複雑でわかりにくい。
 自分の娘でありながら、得体が知れない。その上に
初めての子供でもあるから、尚更、どう育て、どう扱ったら
良いのかわからず、思うようにならない事で自分の感情を爆
発させていた。
 その娘が、担任の教師と結婚と聞いて、素子はそれまで
抱えて来たあらゆる感情が爆発したのだった。
 雅春自身が、どうと言うわけでは無かった。
 ずっと、どう育てたら良いのかわからぬまま、自問自答を
繰り返してきた自分の子育てを、全て否定されたような
思いがしたのだった。
 そもそも理子自身に、成長の過程で悉く自分の価値観や
信念をゆるがされてきたのである。それを自身で常に
立てなおしながら、やってきた。それなのに、娘は在学中に
担任教師と深い仲になった上に、まだ学生でありながら
結婚すると言う。
 一体、今まで自分がしてきた事は何だったのか?
 子供の為と思ってやってきた全てが無に帰した思いだった。
 それでも、冷静になって考えて、許した。にもかかわらず、
その後のトラブルには、娘に裏切られた思いが一層強くなった。
愛しているからこそ、許せなかった。
 娘を可哀想に思いながらも、辛く当たらずにはいられない。
何故なら、親の意向を無視したが為の結果だと言うのに、
娘は懲りずに親の言葉に従おうとしないからだ。
 今度の事件で、素子はつくづく娘の存在の大きさを知った。
 脳に障害を負うかもしれないと聞いた時、矢張り自分は
正しかったのだと思った。
 娘が間違っていたんだ。
 今度こそ、何がなんでも離婚させよう。
 そう思っていたのに、戻って来た娘に拒否されて、
打ちのめされた。
 理子がひたすらに求めているのは雅春だった。
 こんな目に遭ってまで、まだ雅春を求めている。そして、
看病を姑である博子に頼んだ。実の母である自分では無く。
 翌日の取り調べに同席して、素子は自分が理子を
追い込んでいた事を実感させられた。理子が自分に歯向かい、
自分に対して心を閉ざすようになったのは、自分が
そうさせてきたからだったんだと悟った。
 自分が産んだ娘であるにも関わらず、無条件で愛する事が
できずにいた。自分とは違う、理解し難い娘を理解しようとは
せず、自分に従わせ、自分の思う通りの娘に育てようと
していたのだ。そして、そうならない事に腹を立て、
その感情をストレートにぶつけていたのだった。
 素子は今でも、理子の事が理解できない。量り難い。
 ただ、理子を誰よりも分かり、愛している雅春の存在を
認めざるを得なかった。
 そして理子が退院する日、博子とじっくり話してみて、
素子は理子がこの義母を慕う理由が分かった気がした。
そして、これからは余計な口出しはせずに、暖かく見守って
行こうと思ったのだった。
「お母さんね。子供は自分の分身みたいなものだと勘違いしてた。
親子であっても、別の人間なんだよね。考え方も感じ方も
生き方も違って当たり前なんだって、つくづく思った。
だから、これからは口出ししないようにするから、
自分の生きたいように生きなさい」
 優しい顔でそう言う母の言葉に、理子は有難いと思う一方で
不安も湧いた。ずっと干渉し、指図され続けてきただけに、
なんだかいきなり見放されたような気がしないでもないのだった。
 ずっと、この母から解放されたいと願いながら、
いざ解放されるとなると不安を覚えるのも不思議だった。
「お母さん…。私、まだお母さんの子供だよね?」
 不安げに訊ねる娘を見て、母は笑った。
「当たり前でしょうに。だから、なるべく心配かけないで
ちょうだい。もう、子供の事であれやこれやとヤキモキ
させられるのは、ごめんだからね」
 理子はホッとして頷いた。
 矢張り親子なんだ。辛い仕打ちを受け、何かと干渉されて、
自由になりたいと強く願いながらも、母の存在を
切り離す事ができない。
「子供は幾つになっても、親にとっては子供なの。
だからついつい余計な口出しもしたくなるんだけど、
なるべく言わないように我慢する。それでも、完璧には
無理だろうから、その時は聞き流してくれもいいから」
 笑顔でそう言う素子を理子は嬉しく思った。
この母がそう言うのだから、その内面ではかなりの葛藤が
あったに違いない。自分の信念に従って突き進んできた母である。
絶対にゆずらない頑固さを、理子も理解していた。だから、
この言葉は母が理子に歩み寄ってくれた証しだ。
「お母さん、ありがとう。私、生意気だったよね。
親に対して言ってはいけない言葉をたくさん言ってきた。
本当に、ごめんなさい」
 理子は、心の奥底から色んな思いが込み上げてくるのを感じた。
本当は、もっと子供の時に、こうして歩み寄りたかった。
そして、思いきり甘えさせて欲しかった。こうして二人
歩み寄れても、もう幼子のように甘える事はできない。
どうしても、弱い自分を見せれない。
 きっと私は、これから先も一生、この人の前では虚勢を
張って生きて行くのだろう。
 だが、それでも構わない。
「理子が幸せなら、それでいいから」
 と、素子は言った。
「私は幸せよ。先生のそばにいれるだけで」
 そう。
 先生のそばにいる時が一番の幸せだ。
 なんの虚勢を張る事もなく、自分の全てをさらけ出せる。
 そこにしか、自分の幸せは無い。
 澄んだ瞳でそう言う娘を、素子はそっと抱き寄せた。
「お母さん……」
 暖かくて柔らかい母の懐に包まれて、理子は硬く
凍っていた心が一挙に溶けて行くのを感じた。幼いころ、
愛されていた記憶が蘇る。そして、その後の辛い日々が
一切なくなり、幼いころから一足飛びに今へ到達したような
思いになるのだった。
「怖い目に遭って、大変だったね。よく頑張った。
理子が戻ってきてくれて、お母さんどんなに嬉しかったか。
あの時、それまで辛く当たった事を後悔した。子供の痛みは、
親にとっては一番辛い事なんだって実感した。…だから、
許してちょうだいね。もうお母さんは、理子が元気でいてくれる
だけでいいんだから…」
 素子の声は震えていた。
 お母さんが泣いている…。
 気丈なお母さんが……。
 母の思いは、旅行中に博子から聞いていた。その時理子は
初めて母の心の内を知った気がしたが、こうして今、
母と触れあって、その思いを実感するのだった。
 本当は誰よりも愛情深い人である事は分かっていた。
 分かってはいても、理子は子供だ。大人の思いの全てを
受け止める事など無理だった。こうして今、自分が少しは
大人になって、やっとその幾らかは受け止められるように
なってきたような気がする。
 私はずっと愛されてきたんだ。そして、この先も
愛され続けて行く。
 柔らかい胸に頭をもたせると、心臓の音が聞こえて来た。
 この世に生を受けた時から一人歩きするようになるまで、
ずっと聞いていた音だ。
 心地良い音…。
 理子は、旅立ちの時を感じた。
 私はやっと、親元から独り立ちするんだ。
 ずっと自分を縛り付けていた物から解放されるのを
実感するのだった。


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