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小説・クロスステッチ第2部 <完>
18.罪 ~ 20.絆


クロスステッチ 第二部 20.絆 03

2010.12.05  *Edit 

「ごめんなさい……。大丈夫です」
 震えた声でそう言う理子は、少しも大丈夫のようには見えない。
「理子。さっきも言ったけど、俺に遠慮する事は無いんだ。
俺は君に無理強いするつもりは無い。怖い思いをしたんだ。
それが尾を引くのも当然だと思ってる。俺に悪いと、
思う必要もない」
 雅春は、今度の事件でつくづく自分の未熟さを思い知った。
 結婚してからと言うもの、あまりにも自身の感情に
支配され過ぎていたと思う。二人のトラブルの原因は、
どれもみんな雅春の我がままな感情だ。
 愛する理子の足を引っ張るような存在にはなりたくなかった。
だから、東大を目指す彼女を全力でサポートしてきたと言うのに、
その目的を果たし、念願叶って結婚できたせいで、
一挙に気が緩んだと言える。
 それまで我慢していた様々な感情がどっと溢れて、自身でも
制御できなかった。そして、別居し再び元に戻った事で、
それまでよりも更に、彼女を離したくない感情が強くなり、
とうとう理子に「大学を止めて専業主婦になる」なんて事を
言わせてしまった。
 その時点で自分の愚かさに気付いたものの、それでも強い感情を
抑えきれない自分がいた。
 ただ、大学院への方向転換は二人の関係にとっても大きな
ターニングポイントだと思う。大学院受験に焦点を合わせてから、
少し自分の気持ちが落ち着いてきた。
 春からは、もっと二人の時間を持てる。
 そう思うと、今目の前にある課題を全力でやり遂げようとの
思いが強くなった。
 そんな時に、今度の事件が起きた。
 雅春は、心臓が潰れそうな程の苦痛を味わった。
 かけがえのない人を失うかもしれない苦痛。
 かけがえのない人の人生が台無しにされる苦痛。
 そして、来し方を振り返る。
 自分がしてきた事を振り返り、愕然とする。
 初めから、奪うばかりだった事に。
 愛ゆえとは言え、自分の欲望の為に、ずっと奪い続けてきた。
 大人であり、教師である自分が、十代の少女を無理やりここまで
連れて来てしまった。途中で何度も反省しながらも、
同じ事を繰り返してきた自分。
 最悪の結果を目の前に示されて、初めて心の底から自身を悔いた。
 理子が目を覚まして最初に雅春の名を呼び、求めてくれた事に、
雅春は感動した。これ程までに自分を求めてくれている理子に、
深い感謝と懺悔の思いが湧いてきた。
 この上なく大事な存在なのに傷つけて来た自分を悔い改め、
これからは何よりも大事にしようと自身に誓った。
 雅春は理子が安心するように、優しく頭を撫でた。彼女が頭を
撫でられるのが好きな事は既によく知っている。
 理子はその手を取って、再び「ごめんなさい…」と言った。
「謝る事なんて、無いよ。俺は君の事を大事に思ってる。
だからこれからは急がない事にしたんだ。俺達、ちょっと
急ぎ過ぎたと思わないか?」
「わ、私…、先生に愛されたい。愛されたいのに……」
 理子の瞳に涙が滲んできた。そんな理子に、雅春は微笑む。
「愛してるじゃないか。俺は君を愛してる。とっても」
 理子はジッと雅春の顔を見つめた。まるで心の底を
覗こうとしているように。
 雅春は自分の手を取ったままの理子の手を、自分の口許へ運んで
軽く口づけた。その瞬間、理子の頬が朱に染まった。
「愛してるよ……」
 そう言いながら、何度も口づけた。
「先生…、私も…」
 やるせなさそうな理子の声に、雅春は衝動を感じる。本当は
理子の中に入りたい。少しぐらい強引に進めても良いのではないか、
との思いもある。けれども、もう同じ過ちを繰り返すまいとの思いが、
自分の衝動を抑えつける。
 彼女の心がほぐれるまで、恐怖心が薄まるまで、
焦らずに時間をかけようと雅春は決めていた。
 雅春は理子の手を解放すると、彼女の体を起こして抱きしめた。
「理子。重ねて言うけど、君は自分が甘えたい時に、
好きなように甘えていいよ。俺は君を愛してるから、
君を拒絶する事は絶対に無い。安心して、心を開いていいんだ。
子供みたいに、ベタベタしてきても構わない」
「…本当に?」
「本当だ。その方が、俺も愛されてる実感が湧くから嬉しいし」
「先生…、ありがとう。私、嬉しい。凄く……」
 理子はそう言うと、雅春を抱きしめる腕に力を込めた。
 雅春は理子の体温を感じながら、二人の未来へと思いを馳せた。
きっと更に幸せが待っているに違いない。互いの心が果てない
未来に向かって、延々と深く深く繋がってゆくのを感じるのだから。

 理子は退院した晩、やっと雅春の傍で眠れる事に心からの
安堵と喜びを感じた。
 あの事件の後、理子は様々な人達から愛されている事を知った。
 みんなが心の底から理子を心配してくれていた。
 一番求めて止まなかった母の愛も感じる事ができた。
 だが何より、理子は雅春の想いを深く感じた。
 目が覚めた時、誰よりも雅春に逢いたかった。
そのぬくもりを感じたかった。
 出会って愛し合うようになってから、全ての人間の存在を
越えた人になったと思う。
 雅春を呼んだ時、自分の手を握り、声を掛けて来たのが
母の素子だと言う事はすぐに分かった。あんなに求めていた
母の手が自分の手を強く握りしめてくれていると言うのに、
理子はその手を振り払ったのだった。
 何故なら、自分が誰よりも求めているのは雅春だったからだ。
 雅春が傍にいる事は、見なくても聞かなくても分かった。
存在を感じた。
 先生に逢いたい。
 先生じゃなきゃ、駄目なの…。
 先生がいるから、戻って来たの。頑張ったの。
 理子の手を握った雅春は泣いていた。
 先生が泣いてる……。
 涙を沢山こぼして…。
 その姿を見て、この人は本当に魂ごと愛してくれていると感じた。
そして自分も、同じように魂ごと愛している。
 深い絆を感じた。
 医者や周囲の話しから、自分の状況を知った。暴力を振るわれて
脳障害を負うかもしれないと言う際どい状態から回避されたのは
とても嬉しかったが、性的暴行を受けないで済んだ事に深く安堵した。
 気絶していたせいもあってか、最初の内は、既に遠い
出来ごとだったような気がした。渕田に襲われた時の方が、
恐怖は遥かに増していたように思えた。だが、時間の経過と共に
恐怖心に襲われるようになってきた。
 最初は夢に見てうなされた。
 そのうちに、昼間でも、ふとした瞬間に記憶が襲ってくるように
なった。だが傍に人がいる時には、極力それを押さえた。
意識がしっかりしている時には、何とか大丈夫だが、
気を抜くと襲ってくる。
 無機質な病室の中にいると、落ち着かない。
 博子がずっといてくれて良かった。そうでなかったら精神的
ストレスに押し潰されていたかもしれない。
 博子は本当の母親のように、かいがいしく理子の世話を
してくれた。優しくて、そして時に厳しい。それでも、
矢張り一番逢いたくて、一番傍にいて欲しいのは雅春だ。
だから夜、学校の帰りに来てくれるのが何より嬉しかった。
 早く家に帰りたい。そして、一緒に眠りたい。その思いが
強まる一方だった。
 そして、やっと退院した。
 みんなの退院祝いを受け、嬉しい気持ちのまま、雅春の
腕の中で眠りについた。翌日も、雅春に寄り添って眠った。
求めて止まない筈の雅春なのに、求めては来なかった。
理子を思いやっての事だと言う事は分かった。
 起きている間も、理子は雅春の傍を離れられないでいた。
自分から抱きつき、腕を絡め、寄り添い、頭を胸にもたせかけた。
 その存在を、温もりを、匂いを、全身で感じたかった。
ずっと確かめていたかった。
 そして、雅春が求めてきたら、応えたかった。
 退院して、雅春の腕の中で眠るようになってから悪夢を
見ていない。だからきっと大丈夫。そう思った。
 雅春の、薄くて柔らかい唇を受け、歓びを感じた。
 この唇だけが、私を夢の世界へと連れて行く事ができる。
 それなのに…。
 濃厚になっていくにつれ、胸の底から恐怖心が湧いてきた。
最初は小さなシミのようだったのが、次第に大きく広がって
行くのを感じ、最後は恐怖で体が震えて来た。
 どうしてなの?
 こんなにも、愛してるのに。
 先生の愛を全身で受け止めたいのに。
 相手は心の底から信頼している、最愛の人なのに。
 それなのに、何故、恐怖に襲われるの?
 申し訳無さで一杯になる。
 だが雅春は、とても優しい顔をしていた。全てを理解し、
全てを受け入れ、全てを赦してくれている。そう感じた。
「俺は君を愛してるから、君を拒絶する事は絶対に無い。
安心して、心を開いていいんだ」
 その言葉は、理子の心を大きく揺さぶった。
 母に甘えたいと思っても、いつも拒絶されていると感じていた。
心を開いて安心して任せたいと思っても、目の前の扉は閉じていた。
 それでも、機嫌の良い時の母は、とても優しい。
鬼のような時とは対極にある。右か左か、黒か白か、何でも
極端な母だから、機嫌も極端だ。だから、仏顔のような時には
ついつい期待してしまう。そしてその度に裏切られ拒絶されてきた。
 期待と絶望を繰り返しながら育ってきた。酷い目に遭っても、
結局は子供は母親を求めてしまう。
 早く家を出たい。早く自立したいと思っていたが、きっと心は
いつまでも自立できずに、母を追い求め続けていただろう。
 そこから連れ出してくれたのは雅春だ。
 何度も諍いはあった。だが、怒りはしても、拒絶された事は
一度も無い。それでも怖くて、なかなか自分の心を開ききれずにいた。
 軽蔑されるのではないか。嫌われるのではないか。
そんな不安がいつも理子の心を堰き止めていた。
 だが今は、安心して心を解放できると確信した。
 どんな甘えも、どんな我儘も、きっとこの人は許してくれる。
 何だか前よりも、大きくなったように思う。
ゆるぎない大きさを感じる。
 理子は雅春を力一杯抱きしめた。思いのたけを込めて。


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