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小説・クロスステッチ第2部 <完>
18.罪 ~ 20.絆


クロスステッチ 第二部 19.謝 罪 07

2010.12.03  *Edit 

 雅春は激怒していた。
 理子が入院してから1週間ほど過ぎた日曜日、神山美鈴と共に、
父親が病院へやってきたのだった。
 病室へ入って来た美鈴を見て、理子の顔は凍りついた。
「この度は、申し訳ありませんでした」
 と言って、二人は深々と頭を下げた。
「理子さん…、こんな事になってしまって、…本当にごめんなさい…」
 美鈴の顔は土気色で憔悴していた。彼女自身も苦しんだのだろう。
だが、雅春はそんな彼女を見ても胸が痛む事は無かった。
自分の曖昧な態度が彼女を追い詰めてしまったのかもしれないと
思いながらも、彼女を思いやる気持ちは湧いて来なかった。
「…弟さんは…、どうして…あんな事を?」
 理子が凍りついたままの表情で、呟くようにそう言った。
「ごめんなさい…。私が先生との事を、弟にこぼしたから…。
弟は私の話しを聞いて、しきりに怒ってた。でも、だからって、
まさかこんな事になるなんて…。ごめんなさい…。許して下さい……」
 美鈴は泣きながら床にひれ伏した。
 そんな彼女を理子は顔色も変えずに見ていた。
「増山さん……」
 父親の声に、理子はビクッとした。
 恰幅の良い、いかにも土建屋と言った感じの男だ。
「今回の件、本当に申し訳ないと思っています。ですが幸い、
理子さんも大事には至らなかったようですし、どうでしょう。
告訴を取り下げるように警察にお願いして頂けないでしょうか」
「何だって?」
 雅春は相手の言葉に仰天した。
「あなたは、何を言ってるんです。妻をこんな目に遭わせておいて、
告訴を取り下げろですって?」
「図々しいお願いだと言う事は、重々承知しています。ですが、
息子は既に就職も決まっていて、これからなんですよ。このまま
起訴されたら、情状酌量になったとしても、将来に傷が付く事は
必須です。ですから…、ですから、どうか……」
 父親は土下座した。
 なんて父親だ。
 確かに親としては息子の将来が心配なのも仕方が無い。だが、
息子のした事を考えたら、そんな虫のいい話しは無いだろう。
 病院に駆け付けた時、やり場のない怒りに、どうにも堪えるのが
辛かったが、その怒りが再燃してくるのを感じる。
「僕は、あなたの息子を許せない。殴り殺してやりたいくらい
憎いんだ。幸い、妻はこうして無事だったが、あと少しで脳障害に
なる所だったんだ!おまけに、レイプまでされる所だった。
寒い部屋に拘束されて、肺炎まで起こし掛けていたんだぞ。
それに今だって、後遺症の心配があるんだ。危険な状態だから、
こうして入院を強いられてる。お陰で大学を2週間も休むことに
なって、本人も困ってるんだ。あなたが親として息子の将来を
心配するのは分かるが、自業自得じゃないかっ!いくら姉思いと
言ったって、こんな事をして許される訳がないじゃないかっ」
 いつも冷静な雅春だったが、この時ばかりは酷く興奮した。
 自分の命よりも大切に思っている彼女をこんな目に遭わされて、
許せる筈が無い。
 犯人の男を殴れない分、目の前にいる父親を殴ってやろうかと
拳を握りしめていたら、食事に出ていた両親が戻って来た。
 二人は目の前の光景に驚いて目を見張った。
「おい、雅春。一体、何なんだ?」
 雅人の言葉に、神山の父が慌てて立ち上がって、懐から名刺を
出して挨拶した。
「この度は、申し訳ありませんでした。息子がとんだ不祥事を
起こしまして……」
 雅人の前でヘコヘコしている父親を見て、雅人は単に侘びと
見舞いに来たのだと思ったが、息子の言葉に仰天した。
「この人は、警察への告訴を取り下げて欲しいと頼みに来たんだよ」
「何ですって?」
 驚く雅人の前で、父親は再び土下座した。その隣に美鈴も
同じように土下座した。
「本当に申し訳ありません。ですが、どうか、息子の将来の為に……」
 雅人は暫く唖然としていたが、同じように驚いている妻の方を見た。
博子はその視線を受け止めると黙って頷き、そっと病室を出て行った。
「神山さん。幾らなんでもそれは虫が良すぎるでしょう。
単に2,3発打たれただけじゃないんだ。これでもか、と言う程に
打たれて危うく大事に至る所だった。本来ならそうなっていても
おかしく無い程だったんですよ。助かったのは奇跡に近いんです。
それに手足を縛って抵抗できないようにして、レイプするつもり
だったんですよ?そんな悪辣な人間を許せる筈が無いじゃないですか」
 流石に雅人は、息子よりも冷静な口調だった。だが、
その底には怒りを感じる。
「そちらのお怒りはご尤もです。ご尤もですが、そこを曲げて
お願いしているんです。佑介は本当は優しい青年なんです。
だからこそ、姉の苦悩を見てこんな事をしでかしてしまったんです…」
 父親は必死になって訴えた。
「姉を思っての事とは言っても、やっていい事と悪い事が
あるじゃないですか。大学を卒業して社会人になると言う
大人の男のする事ですか」
 雅人の言葉に、父親は拳を握りしめると涙を流した顔で
雅春の方を睨みつけた。
「確かに息子は軽率な事をしたと思ってますよ。ですが、元はと
言えばそちらが悪いんじゃないですか。そちらが先に、うちの娘を
弄んだんだ。だから、弟の佑介はあんな行動に出たんだ。
そうさせたのは、そっちじゃないか」
 雅春はその言葉に怯んだ。だが、雅人は冷静だった。
「息子はお宅のお嬢さんを弄んでなんていませんよ。何度か一緒に
食事をしたり、展覧会を見に行ったりはしましたが、それだけじゃ
ないですか。そういう事は、既婚未婚に限らずよくある事です。
好きだと言った事も一度も無い。同じ日本史の教師としての
交際範囲を超えてはいなかった筈ですよ」
 父親は目を怒らせて怒鳴るように言った。
「お宅の息子は、うちの娘を抱こうとしたそうじゃないですかっ!
既婚者だから、いけないと思っていたのに。だから娘は、
その気になったんだ」
「でも、抱いてはいませんよ?誘ったのは、そちらじゃないですか。
女の1人住まいに男を上げて、不倫でも構わないと言って
誘ったのはお嬢さんでしょう。その誘いに、うっかり乗ろうとした
息子は軽率でしたが、結局我に返って拒否した。当たり前の事です。
息子には愛する妻がいるんですから。それなのに、そちらの
お嬢さんはその後もしつこく息子や嫁に纏わり付き、愛人にしろの
何のと言って来ている。はっきりと断っているにも関わらずです。
被害を受けてるのはこちらなんですよ。それを逆恨みして、
今度の事件です。告訴を取り下げるだなんて、ちゃんちゃら可笑しい」
 雅人の言葉に、父親は全身を震わせていた。
「あ、あんた達は…、人非人なのか…。娘がどれだけ傷ついたと……。
息子の人生だって……」
 父親の言葉に、雅春は怒りが滾るのを感じた。
「何が人非人だ。あんたの息子こそ、人非人だろう。妻の人生が
台無しにされる所だったんだっ!告訴を取り下げろなんて、
よく言えたもんだ。厚顔無恥も甚だしい。逮捕された事こそ、
幸運に思えっ。そうで無かったら俺が殴り殺してる所だぞ!
あんたの娘も妻と同じ目に遭わせてたさ。そうなったらあんたはど
うするんだ。俺が彼女に靡かなかった事くらいで人非人呼ばわりする
あんたは、平気でいられるのかっ!告訴を取り下げろと言われて、
わかりましたと言えるのかっ!」
 今にも掴みかからんばかりの勢いの雅春を、雅人は宥めた。
息子の気持ちは痛い程わかるが、ここで感情的になっても
しょうがない。
「ごめんなさい…、許して下さい…」
 変わらず土下座のままでいた美鈴が、泣きながらそう言った。
 雅人はその姿を見て哀れに思った。
「美鈴、お前が謝る事なんて、無いんだ」
 そばにいる父親が娘にそう言ったが、娘は激しく首を振った。
「いいえ……、私が…悪かったんです……。佑介に、
…言わなければ良かった…。辛くても、早く忘れるように…
努力すべきだったんです……。でも私…、こんな事になっても……、
まだ増山先生の事が……」
 雅春はそんな美鈴を鼻で笑った。
「まだ俺が好きだって言うのか。君は俺を誤解している。
俺は君が思うような人間じゃない。冷酷な人間さ。自分が愛する
人間以外には、どこまでも冷酷だ。だから、君がどんなに傷ついても、
俺は平気だ。何の痛みも感じない。むしろ今では、理子の受けた
痛みを何倍にもして君にお返ししたいくらいさ。そうした所で、
俺は君を許せないけどな」
「先生、やめて。もうそれ以上、美鈴さんを責めないで」
 突然の理子の言葉に、全員が驚いて彼女を見た。
 理子は眉間に皺を寄せて、厳しい表情をしていた。
「理子、何を言ってるんだ。責められて当然じゃないか」
「先生、それは違う。やったのは弟さんであって、美鈴さんじゃ
ないでしょ?」
「そうだ。それは君の言う通りだ。だが、この人達は告訴を
取り下げろと言って来てるんだぞ?謝罪に来たなら兎も角も、
あまりに酷い話しじゃないか」
 理子は哀しそうな顔をした。
「美鈴さん……。先生が酷い事を言ってごめんなさい」
 雅春は驚いて理子の傍に寄って理子の手を取った。
「理子、謝るんじゃない。君が謝る事なんて無いんだ。
悪いのは向こうなのに、何故謝るんだ」
 雅春は思わず強い口調でそう言った。
「だって…。どうして先生は美鈴さんを責めるの?美鈴さんだって、
傷ついてるのに。先生を諦めきれなくて、その思いをついつい
身内にこぼしたからって、それは美鈴さんの罪じゃないでしょう?
自分1人では抱えきれなくて、兄弟や友達に話す事は誰だって
あるじゃない。だから、美鈴さんは何も悪く無いのよ。それに
私が美鈴さんだったら、やっぱり同じように話したと思うし、
その事でこんな事件が起きたら、辛くて苦しいと思うの。だから……」
 理子は泣いていた。
 雅春は溜息をついた。理子は優し過ぎる。と言うよりは、
こんな状況でも冷静だ。理子の言う事も尤もだと思う。冷静に考
えれば、美鈴は悪く無い。だが何より腹が立つのは、告訴を
取り下げろと頼みに来た事だ。そんな事が無ければ、ここまで
彼女に冷たい気持ちを抱く事も無かった。
 事件の晩は、事情もよく呑み込めなかったし、絶望的な気持ちで
いたから彼女を責めたが、落ち着いて見れば彼女を責めても
しょうがないと思ったのだった。理子が言う通り、自分の辛い
気持ちを身内に吐露する事はよくある事だ。
 だから、単に謝罪に来ただけだったのなら、雅春はここまで
言わなかったろう。父の雅人だって、あそこまでは言わなかった
筈だ。雅春自身に全く非が無いとは言えないからだ。
 その時、ノックがして扉が開いた。
 現れたのは丸山刑事だった。


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