ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・クロスステッチ第2部 <完>
18.罪 ~ 20.絆


クロスステッチ 第二部 19.謝 罪 02

2010.11.29  *Edit 

 皆が固唾を飲んで見守る中、理子は薄く目を開けて右手を上げると、
「先生……」と呟くような声で言った。
 理子の頭の位置に素子と宗次が立っていて、雅春はその隣の
足許に近い場所に立つしかなかった。反対側には医者と看護師が
立っている。
 理子の呼びかけに医者が答えようとしたが、それを博子が
素早く止めた。
「息子を呼んでるんです。息子は教師なので」
 と、小声で博子が言うと、医者は黙って頷いた。
 雅春は理子の呼びかけに答えようとしたが、それより早く、
素子が理子の手を取った。
「理子?聞こえる?お母さんよ?大丈夫?」
 声の大きい素子に、医者が「シーッ!」と口に人差し指を当てた。
「大きな声は出さないで下さい」
 医者に注意されて、素子は小さい声で理子に呼びかけた。
だが理子は母の呼びかけには返事をしなかった。
「せ、先生は…?先生…」
 理子はそう言うと、母の手を振り払った。こんな状態でありながら、
思いきり手を振り払われて素子は唖然として娘の顔を見た。
 そんな素子の肩を宗次が抱き寄せて、脇へと寄った。
雅春に場所を譲る為だ。
 雅春は唇を震わせながら理子の前へ移動すると、
その手をそっと取り、「理子…」と呼びかけた。
 理子はその手をギュッと握りしめ、目を開いたのだった。
「先生……、やっと…逢えた……」
 理子のその言葉に、雅春の目から涙が溢れて来た。ポタポタと
床の上に音を立てて零れ落ちる。
「先生…泣いてる…」
「嬉しいんだよ…、俺も…君に、やっと逢えて……」
 雅春はそう言うと、床に跪き、理子の手を握り締めながら
激しく泣き出した。
 様々な感情がひとつの固まりとなって、体の底から
突き上げてくるのを雅春は感じた。それをどうにも止められない。
「先生…、泣かないで……?」
 理子の言葉に雅春は激しく首を振る。
「理子…、良かった……」
 そう言いながら声を上げて泣いている雅春を、
理子は済まなそうに見つめた。
「理子さん。気分の方はどうですか?」
 医者が静かに理子に尋ねた。
 理子は目をそちらへ向けると、「ここは、病院ですか?」と答えた。
「そうです。事件の事を覚えてますか?あなたは頬を何度も
打たれて脳震盪を起こして、ここへ運ばれて来たのです。
検査の結果、脳の異常は見られませんでしたが、暫くは絶対安静が
必要です。今の気分はどうですか?気持ち悪かったり、
頭が痛かったりとか、意識が少し朦朧とするとか、何かありますか?」
 理子が首を振ろうとしたのを見た看護師が、素早くそれを止めた。
「危険ですので、首を振ったりしないで下さい」
 看護師の言葉に、理子は驚いた顔をした。
「今週一杯は、絶対安静です。特に頭はなるべく動かさないように
注意してください。動かす時は、ゆっくりと」
「わかりました。…気持ち悪さは、無いです。頭も打たれた後は
痛かったんですけど、今は痛くありません…。意識も、はっきり
しています。ただ、頬と口の中と、それから鳩尾当たりが少し
痛いです。あと…、少し熱っぽい感じがします」
 理子の言葉に医者は軽く微笑んだ。
「わかりました。あなたが監禁された部屋は暖房が効いて
無かったので、少し風邪をひかれて熱があるのですが、
大した事はないので心配いりませんよ。……ちょっと、失礼」
 医者はそう言うと白衣のポケットからペンライトを出して、
理子の目の動きをチェックした。
 雅春は泣きながらその様子を観察した。誰もが黙って
同じように見ていた。
 医者はペンライトを仕舞うと、皆に向かって頷いた。
そして理子に言った。
「では、少し質問させて下さい。あなたの目の前にいる、
手を握っている男性は誰ですか?名前と続柄を教えて下さい」
 医者の言葉に、理子は雅春を見た。その目はとても澄んでいて、
そして愛しい者を見る優しい感情を浮かべていた。
その瞳に雅春の心は締め付けられた。
「増山…雅春先生…。私の…夫です」
 そう言って恥ずかしそうに微笑んだ理子に、雅春は微笑み返す。
 この、はにかむような理子の笑顔に遭遇する度、雅春の胸は
やるせなさで一杯になる。全てを捧げて全てを欲してしまう。
求めずにはいられない。
 この笑顔を再び見る事ができて、雅春は神に感謝した。
「では……」
 と言って医者は目で素子の方へ視線をやった。
「ご主人の隣に立って下さい」
 素子はそう言われて雅春の隣に立って理子の顔を覗いた。
「この人の名前と続柄を教えて下さい」
 理子は素子を見上げた。優しかった瞳の色が僅かに翳った。
「吉住素子…、母です。…お母さん、心配かけてごめんなさい。
それから、先生を責めないで。先生は何も悪くないの。
お願いだから……」
 縋るような目でそういう理子に、母は頷いた。
 雅春はこんな目に遭いながら、自分を庇う理子の愛に胸が
詰まる思いだった。
 素子と交代に宗次が立ち、次に優子が立った。そして博子が立つ。
「増山、博子さん。先生のお母さんで、私にとっても大切な
お母さん……」
「理子ちゃん…。心配したわよ。でも、良かった。本当に……」
 博子は溢れる涙を押さえながらそう言った。
「ごめんなさい、心配かけて。また入院する事になっちゃったみたい。
今度は、ずっと傍にいてくれますよね?」
 理子の言葉に、一同が驚いた。
 博子はチラっと素子の方へ視線をやってから、戸惑い気味に言った。
「でも、だって、いいの?私で……」
「だって先生は仕事があるし、母は妹の受験があるから…。
師走だから、おかあさんも忙しいのかな……?それとも、いやですか?」
 理子は少し寂しげな顔をした。そんな彼女の感情を
吹き飛ばすように博子は首を振った。
「馬鹿ねぇ。嫌なわけが無いじゃないの。忙しかろうが何だろうが、
あなたと比べたら全部取るに足らない事よ。ずっと、
傍にいてあげる。だから安心して早く良くなるのよ。
あなたがいなかったら、みんな困るのよ?みんな心配して、
どれだけ沢山、泣いた事か。だから、早く良くならないとね?」
 理子は軽く微笑むと、「はい」と素直に返事をした。そして、
「吉住のお母さん」と、素子を呼んだ。
 『吉住のお母さん』、その呼び方に違和感を感じる。
母が二人いるからだろうが、自分の親を呼ぶ時の呼び方としては、
いささか首を捻る。
 理子に呼ばれて、素子と博子は入れ替わった。
「お母さんは、優ちゃんの世話をしっかりしてあげて下さい。
私の事は大丈夫だから」
 理子の口調は淡々としていた。
「でも理子……」
 素子は納得できないような顔で娘の名を呼んだ。
「ここ、遠いんでしょ?優ちゃんがいるんだから大変じゃない。
優ちゃんは受験生よ?だから、私の事は博子おかあさんに任せて
大丈夫だから。でも、時々、来てくれたら嬉しいかな……。
前の入院の時には、あれきり来てくれ無かったよね。
お母さんはやっぱり、私の事が…嫌いなのかな。憎いのかな……」
 理子の瞳が虚ろになってきた。
「ば、馬鹿な事を言わないの。そんな訳が無いじゃないの。
それならどうして、こんなに心配するの。どうして、ここにいるの」
「でも私…親不孝者でしょ?私はお母さんの思うようには
生きれないから。期待に答えてあげられないし……。
私は自分の思うように生きたいの。先生のそばで」
 理子はずっと雅春の手を握ったままだった。
 そんな娘の訴えに、素子は力なく返事した。
「理子は本当に親不孝者だね。親に逆らって、親に心配ばかりかけて。
それでもね。娘である事に変わりないの。親子の縁は簡単には
切れないの。だから、もうこれ以上心配かけるんじゃない。いいね?」
 素子はそう言うと、博子に向かって「娘をよろしくお願いします」
と言って頭を下げたのだった。
 そんな二人のやりとりを安堵して見ていたら、理子がいきなり
「志水君」と言った。雅春は驚いて振り返ると、ドアの近くに
志水は立っていた。理子からは大分離れているのに、
何故気づいたのだろう。
 志水も驚愕の目を向けていた。理子の頭は天井を向いている。
まさか自分の存在に気付いているとは志水も思って無かったのだろう。
「志水君、こっちに来てくれる?」
 志水は怯えるように、理子の枕元へとやってきた。
 理子は志水の顔を見ると、にっこりと笑った。
「志水君は何も悪くないから。だから責任を感じないでね?
不可抗力だったのよ。こんな事になっても、今度は一緒にトイレに
付き添って貰おうなんて思って無いんだから」
「理子…、ごめんよ、本当に…」
 志水の顔も涙で汚れていた。自分のせいじゃないと言われても、
それでも彼は自分を責めずにはいられないのだろう。
「ねぇ。本当に、自分を責めないで?そんな志水君を見るのは
胸が痛い。ずっと傍にいてくれて、感謝してるのよ?」
「理子…。僕は君にそう言われる方が辛いよ。責めて貰った方が、
どんなに楽か……」
「志水君。あなたを責める理由なんて、一つも無い。なのに、
何をどう責めろって言うの?私は、こうして無事だったんだから、
尚更じゃない。あとそれから、林君にお礼を言っておいて?
見舞いに来てくれた時に私からも伝えるけど…。林君があの時に
来てくれ無かったら、どうなってたか分からない。彼は恩人よ」
「志水君。俺からも感謝していると、取り敢えず伝えておいて
くれないか?いずれ、改めてお礼はするが。本当に彼のお陰だよ」
 志水は二人の言葉に頷いた。
 志水自身も、林に感謝していた。
 彼がいなかったら、本当に理子は大変な事になっていた。
脳挫傷を起こして、その状態で二人の男にレイプされていたかも
しれない。そして肺炎まで起こして、命にかかわったかも
しれないのだった。
 もしそうなっていたら、自分も雅春も復讐の鬼と化して、
理子の後を追っていただろう。そう思うと、彼は3人の命と
人生を救ってくれたと言える。
「こんな時に申し訳無いんだが、理子さんの意識もしっかり
しているようだし、事件の過程を聞かせて貰えますかね?」
 刑事の申し出に、みんなが彼を睨みつけた。
「いや、申し訳ない。職務なものですから……」
 そう言いながらも、少しも申し訳なさそうには見えない。
「刑事さん。今日はもう時間的にも遅いですし、意識がはっきり
しているとは言え、精神的ショックも大きいでしょうから
事件の事で興奮しても良くありません。ですからここは、
一晩ゆっくり休ませてあげて、明日の午後にでもして貰えませんか」
 医者の言葉に、丸山は溜息を一つ洩らすと、
「わかりました。では明日の午後と言う事で」と言って、
部屋を出て行った。
 そして、雅春と博子の二人だけが病室に残り、
他の人間は帰っていった。


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。